幻影の焔~伏する女~
「ああ、そうそう、姜維殿。孫和派には気をつけた方がよろしいですわ。人を蹴落とし、父に家臣を処断させる。足を引っ張り合って、しまいには孫和に帝位を就かせる野心を抱かせた。――特に丞相の陸遜には気をつけてくださいまし」
「はい、わかりました。では、これで失礼致しますね」
太陽のような柔和な微笑みを携え、姜維は元姫と共に部屋を出る。外まで魯班が出て来ては見送られ、姜維達は劉禅の待つ城へ歩く。姜維は瞬時に表情を消し、いつもの根暗な無表情へ戻ると「嫌な女だな」と息を吐いた。
「孫魯班……何か隠しているな」
見えなくなった魯班の屋敷。姜維は一度振り返っては睨み付ける。
「あら、どうしてそう思ったの?」
「練師殿の話が出るまでは、そう思わなかったが……練師殿の話が出たところで、嘘を吐いた……ように思える。練師殿をまるで蹴落とそうとでもいうような言い方……」
あなただって気付かない訳じゃあるまい。姜維は隣の元姫に問いかける。元姫は「そうね」とだけ漏らした。彼女は多く語らない。
「そもそも、実の娘が母を蹴落とす理由とは何だ? 孫権の寵愛か?」
「そうね、考えられる事と言えば……寵愛を娘の自分に移したい――と考えたけれど、それなら練師殿を皇后にあげようなんて話はしないわね。それも嘘の可能性があるけれど」
「あなたの力で何とか出来ないのか?」
以前も言ったでしょ、と元姫は姜維の言葉を切り捨てた。
「私は神器とはいえ、力なんて殆どないのよ。そんな神のごとき真似出来ないわよ。それに、使えば周囲にバレる可能性があるわ」
王元姫は人間ではない。神のごとき力を備えた神の代行者・神器である。人間離れした力を使い、数ヶ月前は姜維の危機を何度も救った。
「……魯班の方も探ってみる必要があるか。元姫殿」
「監視くらいなら出来るわよ。私は一定の距離から動けなくなるけれど」
構わん。そう告げると元姫は己の右目に手をかざし、胸の前で拱手に似た姿勢を取る。手が反対だが、以前も同じ姿勢だったなと思い出した。
「これでよし、と。一応、一日彼女を見張るわ」
「バレはしないか」
「大丈夫よ。ただの人間にバレたりはしない。それが核ならまた別だけれど」
一先ず魯班の方は元姫に任せよう。となると、姜維は練師の方だ。彼女を調べれば何か出てくるだろうか。こういう時諸葛亮なら――いや、今此処に居るのは己である。己で何とかしなくては。姜維はそう考え、報告のために劉禅と趙雲の元へ向かった。




