幻影の焔~英雄の影、既に無く~
女官達は顔を青ざめさせればすぐに劉禅の元へ戻っていく。それを見て再びの溜め息を漏らせば懐に匕首をしまい込んだ。そして窓際に移動し、小声で趙雲に情報を伝える。
「なるほど……わかった。調査は一任する。私は劉禅殿の護衛で来ているのでな」
「本来なら引退したあなたが負うような仕事ではないのに、すみません。夏侯覇の馬鹿が兵士と遊んで怪我なんてしなければ……帰ったらシメておきます」
「はは、構わぬ。殿も諸葛亮殿も私が適任だと思ったのだろう。殿も尚香殿との祝宴で籠絡されそうになった事があるからな」
慣れているよ、人の良さそうな笑みを漂わせる趙雲に姜維は礼を告げる。
「ああ、そういえば孫権に挨拶を済ませたのだが……気をつけた方がいいだろう」
答えがよくわからず、姜維は元姫と目を合わせてから首を傾げた。
「暗殺を何度もされ続けているから疑心を抱いている。我らの腹を探るような言動、行動、それに周囲には彼に怯えた部下達……仁徳はないと私は判断した。元姫殿が見ればきっと、私以上の事を見つけられるだろう」
「……想像以上におかしいという事でしょうか、趙雲殿」
「そうだ。おかしい……いや、おかしいというよりは……まるで別人だな」
趙雲は元姫の質問に頷くような、疑問を醸し出すような、難しい表情を見せる。
「私は孫権と何度も会った事がある。劉備殿――いや、殿が巴蜀の地を得る前に色々連携していたからな。そこで見た彼は一国を纏める主に相応しい孫家の長だった」
「しかし、今はそれがないと?」
「そうだ。部下の処断、自ら争いの種を撒く行為。平和を主張する孫呉がこれでは……魏から攻められても文句は言えんな」
答えなどわかっていたが。返答された言葉に姜維は「魏も狙っていますしね」と返す。
魏と呉はここ数年で小競り合いが増した。数百程度の兵力同士の小競り合い。魏の天下統一を望んでいる魏にとって、平和など邪魔なものでしかない。今までは孫権の影響力もあり抑えられていたが、このままでは戦乱の時代に戻る事は確実だ。
「一先ず、今の情報は諸葛亮殿と殿に使者を出しておこう。お前達は情報の収集に努めよ」
「はい。今から城下で情報を収集しようかと思っております」
「ああ、それなら、姜維。変装して行くがいい。その服装では目立ってしまう」
武官としての服装だと役人だとバレるからな――と趙雲は、手を忙しなく動かしている女官に命じ服を二着持ってこさせた。平民の服だ。これならバレないだろうと手渡され、姜維と元姫はそれに着替える。姜維は長い髪を珍しく巾で纏める。
「姜維殿、何だかそうすると根暗さが出るわね」
「元姫殿今すぐ殴っていいか?」
根暗なのは元からだ、放っておけ。そう吐き捨て趙雲に劉禅を任せ、城を出ては民からの情報を収集するため元姫と町を歩く。だが何処で情報が得られるかもわからない。と、なると二手に分かれるか、いや、後々面倒だ。蜀でなら将軍という役職上、名を名乗ればすんなり情報を聞き出す事が出来るが。
「民の集まる場所なら聞き出せるか」
「そうね。近くに筵を売っている民が居るようだし、聞いてみるのもいいわね。では設定として蜀から旅行にやって来た姉弟でいきましょう」
「待て、私が弟か?」
「ええ。年齢からしてそうでしょう。私これでも二十代だもの。でも姜維殿、あなたは十代でしょう? それに姜維殿が喋ると何処か偉そうな感じがして失敗しそうで……」
本気で殴っていいだろうか、この女。苛立ちを募らせていれば「冗談よ」と元姫は端麗な顔に小さく微笑みを漂わせた。
「でも、基本は私が喋るわ。姜維殿は涼州の訛りが出ているから警戒されると面倒ね」
涼州は天水がある場所である。北東に位置する場所にあり、異民族も多い。涼州での訛りは未だ抜けなかった。
「わかった。では、頼む」
「ええ、任せて頂戴。なら早速、色々見て回りましょうか」
元姫に促され、町を歩く。首都であるため豊かな町。笑顔に溢れている。だが、やはり何処か、おかしい。
「姜維殿は、どう思う?」
「そうだな……私は孫権が耄碌したか――と思ったが、人間は老化しない生き物だ。耄碌するかと言われれば疑問が残る。他の生物ならまだしも、だ」
人は老けない。人それぞれだが、一定の年齢で成長が止まる。だから姜維は十代で成長が止まっているし、劉備は二十代後半で成長するのを止めている。基本的に二十代から三十代で成長が止まるのだが、稀に姜維のような十代で止まる人間や、四十代過ぎても成長する人間もいる。故に人は、数ヶ月前の姜維のように心臓を潰されない限り死なない。老化もしない。何もかも止まるからだ。
「いえ、そうではなくて」
「なら、何の話だ」
「核の話よ。核かもしれないって線も考えてもいいかもしれないわ」
核。その単語を聞いて姜維は目の色を変える。一ヶ月と少し前――姜維は成都でジエジンなる氷の核と争った。大乱闘の末、元姫に核が戻り、成都は平穏を取り戻した。が、核は一つではない。まだまだ世界に溢れているのだという。




