結晶の囚人~歪められた日々~
「……見たわね、今」
「え、あ、ああ、まあ」
「じゃあ、私を手伝ってくれるかしら? くれるわよね」
子犬を木の根元に優しく置いて青年の手を握り締める女性。何だか厄介な事に巻き込まれたような気がする。青年は、もちろん、断った。こんな厄介ごとに巻き込まれるなど冗談ではない。
「悪いが断る。私はこれでも忙しい」
「あら、そう。じゃあ私は、主公にあなたの事を伝えてもいいのよ?」
「それをしたら困るのはあなただろう。……あなたは先ほど、周りの人間に気付かれてしまった、と言ったな。なら、あなたの主公は、アレは、あなたを放っておくような人間ではない。追跡部隊でも放って居るのではないのか?」
「ご名答。私は彼らに捕まる訳にはいかないし、あなたも捕まる訳にはいかない。……世界に力を解放した私はある程度の平和を経た。でも、世界は乱世を極めた。――私の力、核が取り憑いて悪さをしているから」
その気になれば人だって殺せる、戦だって起こせる。夷陵の悲劇だって、何だって起こせる。世界を滅ぼす事だって。
「それを使ってあなたは世界を滅ぼすつもりか」
「逆よ。私は核を回収したいの。そして天へ返す。そのためにあなたの力が必要なの。もちろん、核と生身で戦えって言っているのではないわ。私も出来る限りの支援はします」
「それでも断る。私はあなたに時間を割いているほど暇ではない。そちらの国のように我が国は豊かではないのでな。……まあ、そちらが我が国に媚びへつらうのならまた別だが」
「――そう、それなら仕方ないわね」
女性は伏し目がちにそう呟いた。まるで、この方法は使いたくなかったけれど仕方がないとでも言うように。何処か既視感がある。ああ、先ほど彼女が言った言葉だ。すると先ほどまで夢の世界に訪れていた愛馬が目を開き、立ち上がれば少し興奮気味で青年に擦り寄ってきた。どうしたと言うのだろうか。
「どうした、何を焦って――」
瞬間、蹄鉄の音が耳に届いた。それも十やそこらじゃない。百、いやそれ以上の騎馬隊だ。青年は目の前の小柄な女性を睨み付ける。
「貴様ッ」
「さあ、どうするの? あなたに残された選択肢は二つよ。捕まって主公に殺されるか、私に協力するか」
蹄鉄の音。この国の軍だ。近くの見廻りがこちらに気付いた――いや、女性によって気付かされたのだろう。青年の存在に気付かされたのだ。捕まれば公に処断される。青年は元々この国の人間であったから。ならば、残された道は一つしかないのだ。
「ッ……いいだろう、あなたに協力しよう。だが協力する暁には、私の願いも叶えて貰う。いいな――王元姫」
これくらいは許されるはずだ。近くなる騎馬の音を聞きながら青年は女性を睨み付ける。
「ええ、もちろんよ。――姜維殿」
そうして蜀漢の一将兵である姜維は曹魏の女性、王元姫に協力する事になった。
かくして姜維の奇しくも悲劇的な日々が再び始まる。