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姜伯約の北伐政策  作者: はくりなのい
序章 陰と陽 
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幻影の焔~争いの味~

■□■□


「いいか、戦場では誰も助けてくれぬ。仲間が、友が、親が死んでいく。一人で敵を殺さねばならない、一人で何十人と殺さなくてはならない――失いたくないなら強くなれ!」

 ハッ、セイ、ヤッ。

 成都城東の離宮前で多数の兵士が槍を振り回す。朝から始まった訓練はもう三時間以上経っていた。兵士の訓練を担うのは、先日やっと復帰した姜維だ。身体もなまっているという事で兵士の訓練を趙雲から担った。

 だがまだ完治した訳ではない。元姫の力があれど、傷の内部まで塞ぐのは自然治癒に任せるらしい。本来ならあの怪我であれば半年はせめて休まなきゃならないが、姜維は気合いで復帰した。元姫に痛みを和らげさせる力を己に使って貰って。

 まあ、そうしたら痛覚に鈍くなるので危ないと彼女は言っていたが。

「姜維殿」

「月英殿、お疲れ様です」

 ふんわりとした赤毛をなびかせ、白の満州服風の漢服を纏う女性――黄月英。姜維は彼女に珍しく小さく微笑むと彼女もまた微笑み返す。

 黄月英。諸葛亮の妻である。どんな人物よりも目立つ不美人――醜女であるが、知識美兼ね備えた女性であり、才知、武勇に優れている。そのため姜維や蜀の将兵達、それに劉備や劉禅からも絶大な信頼を置かれている。姜維が蜀へ降った時も優しく気にかけてくれたため、姜維は彼女を信用し、信頼している。元姫よりも正直信頼出来る。

「何かご用でしょうか?」

「お邪魔ならごめんなさいね。姜維殿が見えたので声をかけてしまいました」

「あ、そ、そうですか。それはありがとうございます、嬉しいです」

 女関係に疎いためか、月英からそう告げられ少し照れ臭くなり小さく笑みを零した。こういう時どういう反応をしたらいいのだろうか。姜維は少し目線を泳がせる。

「姜維殿?」

 ずい、と顔を近づけられ、姜維は頬を紅潮させつつ後退した。それに気付いたのか、月英は「不躾でしたね」と申し訳なさそうにする。

「い、いえ、すみません……その、私は女性に慣れていないもので」

「あら、でも元姫殿とはよく一緒に居るじゃない? 元姫殿は別嬪だから、私なんかよりも慣れるでしょう?」

 元姫殿の美しさは女の私でも見惚れるほどです。と月英は元姫に囚われたように、造形の悪い顔に赤を乗せる。

 月英は元姫に騙されている。あの悪魔を女と見れる方がどうかしている。姜維からしたら月英の方が女性として見れるし、好意を持てるのも月英の方だ。発明も出来て、聡明で、諸葛亮を支える賢妻。憧れる女性である。

「いや、元姫殿は別ですね。あの女は悪魔ですよ! 私は断じて、元姫殿を女と見ませんし、見れませんね!」

 そう、先日の一件以来姜維は元姫を敵と認識していた。氷の核――ジエジンを倒し、元姫が回収した後、姜維は元姫から全て姜維に核を探させるために仕組まれていた事なのだと知った。ジエジンを倒すのは蜀漢に脅威が迫ったから仕方ないとはいえ、それが仕組まれていたのだと思うと腹が立つものである。

「何かあったのですね。困った事があったら、いつでも相談してくださいね。私も、孔明もいつでもお待ちしておりますから」

「はい、月英殿、ありがとうございます」

 豆の出来た両手を握られ、姜維は少し顔を逸らした。だが部下の手前である。すぐに顔をいつもの表情へ戻す。月英の前であるためかなり柔らかではあるが。

「姜維殿は、しばらく成都に居るのですか?」

「そうですね。成都防衛を担って居ますから。しばらくは成都に居ると思います。主公――が人事を変更なさらなければですが」

 政治に口出しするのは黄皓だろう。費禕、蒋琬などもいるが彼らは引退した身。劉禅に助言する事はあれど、政治に口出しは出来ない。

 だが問題はその黄皓である。宦官風情が劉禅の邪魔をしている。あれをどうにか取り除けないものか。控えめに言って暗殺したいくらいだ。

「……劉禅殿はどうですか、姜維殿」

「そうですね……――」

 姜維は口元に手を添えて考える。非協力的、政治に積極的ではない。女と酒が好きで、女が好きなゆえに後宮を増築しようとしたり、自ら何かをしようとはしない。が、優しさ溢れる皇帝ではある。

 だが、優しいだけでは皇帝をやっていけない。

 劉備は優しいが、ああ見えて汚い事もやって来ている。邪魔な人間を排除してきたからこそ今の蜀があるのだ。

「お優しい方だとは思いますが――……もう少し積極性が欲しいと私は思います」

「私や孔明、古参の将兵は殿――劉備様が巴蜀の地を持っていない時から、彼に着いて来たので、どうしても劉禅殿を比較してしまいます。……だから、姜維、あなたは劉禅殿の味方で居てあげてくださいね」

 それは、月英達では味方になれないと言われているようだった。彼女達は劉禅に劉備を見る。それは姜維達でさえ変わらない。だがそれが蜀のため、劉禅のためになるのなら、それを誓おう。姜維は兵士の練習を横目で見つつ頷く。


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