結晶の囚人~神と言うにはあまりにも畏れ多い~
「ッ……あ、なたは……」
ふらつく身体で女性を突き放すように離れ、青年は少し息を乱しながら彼女を見つめた。
「私は元々人間だったけど、死んで、神の器に選ばれた。信じられない、なんて今更言うつもりはないでしょう? あなたはもう知っているのだから」
神の器、神器。神から力を得て神の代行者となる。神の使いである神使とはまた別の存在。神の仕事を担い、神としてその力を振るう。
「だから厳密には神ではないわ。でも神と相違はない」
女性は淡々と事実だけを唇から紡いでいく。吹き付ける春風が、現実だと、恐ろしい事実だと告げているようだった。
「神器として過ごして何万年、何億、何十億――色んな世界を見てきた。私は、色んな世界を見て、色んな世界の滅びを見た。私は完全に神器で居る事に飽きていたの。いえ、怠慢だった。神器の役割を放棄していた」
そして願った。女性は願ってしまった。
――たのしく、しげきてき、ひげきもあって、あそべるせかい。
そんな世界を。
「……そうして私は再び人間として生を得た。そんな私は、神器としての力を失っていなかった。願えば何でも叶う、世界だって滅ぼす事が出来る、あなたの国も滅ぼす事だって」
「貴様ッ――」
「例えの話よ」
人の身を持ちながら神のごとき力を得ている。恐ろしかった。女性の選択肢はもう一つしかなかった。力を放棄する事。女性は、それを選び、毎日少しずつ力を捨て世界へ解放していった。悲劇など知らずに。
「そうして私は少し力を持つ程度の人間になった。今の私が出来る事は、人の傷を癒す事と、少しの神通力くらい。でも、それでも、人々は気付く。気付かせてしまった。……そんな時にあなたと出会った」
「……私?」
女性は静かに首を縦に振って頷いた。
「あなたは私の力を見た。そして全て知った。だからあなたは私に協力するしかない。何故なら、私と関わった事であなたはこの私と関係があると証明されてしまったのだから」
「……力?」
呼吸の乱れ、体調も元に戻ってきた青年は木から身体を離して女性を見据える。何の話をしているのかとでも言う風に。
「ええ。見たでしょう? 先ほど、私がそこにある白骨化した骨の時間を巻き戻して、肉を付けるのを」
「そんな事も出来るのか」
「えっ」
「え?」
女性は青年の顔を見つめたまま黙り込んでしまった。そして口元に手を添え僅かに顔を逸らし何かを思案する。数秒後、青年の愛馬の元まで歩き出し、やせ細った子犬の死骸を手に持てばそれを青年の前に突き出した。すれば瞬きをした間に一瞬のうちに子犬は小綺麗になり、まるで眠っているようだ。