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姜伯約の北伐政策  作者: はくりなのい
第四章 姜伯約の特攻戦略
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結晶の囚人~妄執の獣~

冷や汗と、痛み。叫び出したい痛みが止まらない。足がふらつく、おぼつかない動き。混ざり合う血と汗。全てを押し殺し、姜維は槍を握り締める。

「化け物、化け物でいい。蜀を守れるのなら化け物で構わない」

「国のために命を捨てると? そんなの間違っていると我は思うがね」

「国の礎となる。主公が、劉禅様が民を、国を守る。ならば私のような将兵はその刃となる」

「――妄執だな」

 ああ、妄執だろう。確かにそう言われてもおかしくはないかもしれない。諦めないこの頑固さは妄執と呼んでも相応しい。

姜維は再びジエジンへ向かっていく。ジエジンは腕を組んだまま動こうとはしない。何かするつもりだ。視界の端に入る地面が僅かに揺れる光景。何か来る。姜維は地面を蹴って飛び上がると同時に氷の地面が歪み、もり上がって氷の龍を形成する。氷の龍の頭に着地しその身体に槍を突き立て破壊する。瓦礫が重力に従い落下する中、姜維は瓦礫に隠れジエジンの近くまで移動。そして彼女の頭上に落ちていく瓦礫に隠れ姜維は時を待つ。ジエジンは瓦礫を剣で真っ二つに切断。それと同時に瓦礫の後ろから飛び出し、姜維は槍をジエジンの右胸を貫いた。

「ッ、こんな美女の胸を貫くなんて……ッ」

「知識美の欠片もない女なんて価値もない。美しいと言われて欲しいのなら、月英殿くらいの知識を持つ才女を連れて来るんだな」

 やはり防御をしなかった。さっきも、今回も。しなかった? いや、出来なかった?

 先ほどと今回、どっちも姜維の得意分野である空中戦だ。空中から襲い掛かっての攻撃。姜維は身軽であるためそっちの方が得意だ。そのため、空中で挑んだが――やはり、ジエジンは空中からの攻撃が不得意と考えてもいいのかもしれない。

 それならば、勝機はある。

 槍を彼女の胸から引き抜きこうとするも、右手で槍を掴まれ肩を握られる。凄まじい力に引き寄せられ動かす事すら出来ない。

「ああ、わかったぜ、姜維。貴様は何度も何度も何度もやって来る。貴様を止めるには、徹底的にやらなくてはならないって事を」

 四方の壁から現れる氷龍。巨大な龍は姜維とジエジンの真上までやって来る。なるほど、自らを餌に姜維を倒そうという算段らしい。だが、確かに、これを受けるのはよくない。姜維はジエジンに頭突きを食らわせ、彼女の手から槍を解放し引き抜いた。瞬間と同時に、龍の攻撃は襲い掛かる。四体の龍は姜維の頭上で渦巻き、そして。

「――――」

 声にもならない叫びを上げ、姜維の身体は斬り裂かれた。深く剣で斬り裂かれたような傷が生まれ、その場に膝を突く。限界はとうに超えている。それでも乗り越えなくてはならなかった。苦しい場面は戦で何度もあった。けれど、これ以上に苦しいのは、なかったかもしれない。ある程度、戦う仲間が居たからだ。

 それでもやっぱり、倒れられない。

 姜維は血を吐き捨て槍を杖代わりにし立ち上がる。そして血で曇った瞳でジエジンを見据えた。僅かに彼女は一歩後退。姜維に畏怖したような目を見せた。

「い、つまで、立ち上がる、貴様は……」

「言っただろう、何度でも、貴様が倒れるまでだ」

 諦めない、諦めはしない。姜維は血塗れになるのも、傷だらけになるのも気にせずただジエジンの元へ。彼女を倒さねば未来はない。

 氷龍が砕け瓦礫が降り注ぎ深い濃霧となる。都合がいい。姜維は瓦礫の上を飛び交い、濃霧の中をくぐり抜け、血のにおいを辿る。己の血以外の血――ジエジンしかいない。そして見えた人影。槍に力を込め、槍を突き出した――寸前で手を止めた。

「りゅ、劉備様!?」

「姜維!?」

 己の首筋には劉備の剣、同じく姜維の槍は劉備の首に。この濃霧で姿を隠したかと判断し双方武器を下ろした。

「姿を隠したようだな」

「はい。元姫殿の方は……」

「問いかけても、少し叩いても起きぬ。……待つしか、ないのだろうな」

「なら、それまで時間を稼ぐだけです」

 元姫は目を閉じて、地面に横たわっていた。彼女の身体には劉備の上着がかけられている。姜維は彼女の口元に手をかざす。息はしているようだった。

「元姫殿が目を醒ましたら、法正達に頼める事もあろうが……」

「そうですね。私達だけでは何も出来ません」

 姜維はせいぜい戦う事なら出来る。だが、力を使い、何かをするのは元姫がいないと出来ない。迂闊だった、一番狙われるのは彼女だったと言うのに。

「姜維、身体の方は大丈夫か」

「はい。問題ありません。痛みも何だか和らいで来ました」

「麻痺してきたのだな。……これを飲むが良い。気休めにしかならんが」

 そう言って劉備から手渡されたのは紙に包まれた丸薬だ。姜維は首を傾げる。

「私がいつも飲んでいる鎮痛剤だ。いざという時のために持っている。……ああ、まだ予備はあるから気にするな。それで、おぬしの身体が持てば良いが」

「ありがとうございます、劉備様。頂戴致します」

 丸薬を劉備から貰い即座に飲み干す。だが劉備は少し憂い顔だった。何だ、まだ何かあるのだろうかと思っていれば彼は「すまぬ」と一言謝罪する。

「私がおぬしと代わってやれればおぬしはこんなに背負う事などなかったのだろう。これほど、怪我をする事もなかった。……私は」

 ああ、やはりお優しい。こんな自分にも気にかけてくださる。民が劉備を神だと言う理由もわかる。いや、元々劉備は本当に神様なのではないかと思っているが。

「劉備様、あなたは先帝で、蜀にとって居なくてはならないお方です。主公は民を導き、民を守りますが、主公を導く者は家臣ではなく先帝たるあなたしかいないのです」

 先帝は皇帝代理――という名の皇帝だ。皇帝が執れない執務を行い、皇帝の仕事を半分担ったりする。皇帝が病で伏せったりすれば皇帝の仕事をしなくてはならない。そして、皇帝の相談役でもあったりする。元々は宦官であったが、漢室の失敗を鑑みて劉備は劉禅が就く際諸葛亮にこの案を一任したらしい。魏や呉はまた逆だったりするが。

「家臣は主公にあれこれ言ったりしますが、光を示せるのはあなたしか居ません。故に、あなたはこんなくだらない事で身を削る事はありません。それは、私の役目。主公の、劉備様の家臣である私の役目なのです」

 そう、だから劉備に前へ立たせられぬ。此処に他の誰が居ても同じ事を言うだろう。劉備の命と姜維の命は同じではない。劉備の方が何倍、何十倍も重いのだ。

「此処で死ぬのもまた――私の役目」


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