結晶の囚人~偽りの存在~
「き、さま……ッ!」
「旦那が来るかもしれないわね。旦那か、義兄上殿か、義父上様か……ああ、それか一家総出かもしれないわ」
妖艶に、怪しく嗤う。元姫は三叉の戟から手を離しただジエジンを見上げた。ジエジンは憎らしげに、元姫を見下ろした。
「は、来れるものか! 司馬家には貴様のような神器も異能を持つ者もいない」
「あら、そうかしら。もし、私が――義父上様や夫、義兄上殿に力を与えていたら? 不可能な話ではないわね」
じっと、ジエジンは元姫をじっと見つめていた。彼から汗が滴り、元姫の頬に落ちる。焦っているのは確実なようだ。
だがこれもただの嘘。半分は嘘だ。
外に協力者はいるが、司馬家ではない。そもそも司馬一族から追われている時点で助けに来るはずがないのだ。その追われている理由も妙な力を持っているからなのだが。
――この嘘に何処まで騙されてくれるかしら。
それが元姫の、一つの、賭けだった。もう一つの賭けは――。
「ッ……!」
首を掴む手に力を込められる。バレたか、いや、自棄か。元姫は僅かに顔を歪め、咳き込んだ。血が再び吐き出された。
「は、嘘だろう? なら何故最初からしない? 姜維や劉備がやられる前に行ってもおかしくはない。以前から協力関係を結んでいるのなら尚更だ」
なら考えられる事は一つ。ジエジンは嗤い顔を息がかかる距離まで元姫に近づける。
「嘘か、手間取っているかどちらかだ」
再び首に力が込められる。元姫は抜け出そうとジエジンの手を掴む。が、力が入らない。苦しさに悶え、体内の血を結集させていく。
「だが司馬家なら手間取るなんて事考えにくい――となると、嘘、だな。時間稼ぎでもするつもりか? 姜維達が目覚めるのを待つつもりだったか。だが、無駄だな。貴様の時間稼ぎも無駄だ。目覚める事はない」
「いいえ、彼らは、勝つ」
「往生際が悪い。諦めさせてやる――ッ!」
瞬間、大きな音が響いた。何かが割れる音。ガラスが割れる音に近い。だがこのシージエにそんなものはない。ならば、これは、恐らく。
上空を見上げれば空が見えた。青い空、雲一つない空。この空は蜀漢の空だ。遠方に成都城が僅かに見える。ああ、彼らが、法正達が介入してくれたのか。元姫は小さく笑みを漂わせ、隙を突いてはジエジンを蹴り飛ばすと身体を起こしては後退し己の腹部に刺さる氷の剣を引き抜いた。
「な、なん……っ」
「嘘なんて誰が、言ったかしら」
血を流しながら、笑みを見せる。今度はこちらが優位に立つ番だ。しかしジエジンも負けているままではいない。大きな音を立てて壁に亀裂が入る。ジエジンはそれを防ぐように壁へ生み出した剣を飛ばし、亀裂を修復しようとしていた。
「き、さま……ッ!」
「何のために、姜維殿と私、そして劉備殿が別れたと思うの? ただ私達は小細工をしていたとでも思ったのかしら。それとも、あなたにとって取るに足らないと思った?」
悔しそうに哀姫の顔を歪めつつ、ジエジンは左右に手を伸ばす。そうでもしなければ、法正達の介入によりこの世界が壊れるからだ。
「でも、そう思ってくれたお陰で姜維殿は死ぬ気であなたを引きつけられたし、私と劉備殿は外の仲間に協力を仰ぐ事が出来た」
「力を、分け与えたとでも言うのか!」
「いいえ、違うわ。私はただ示しただけ。後は外の仲間がやってくれる、そう思ったから。時間はかかるだろうと思っていたから、私達はあなたの気を引く必要があった。あなたは、疑いもせず姜維殿に、私達に引っ掛かってくれたけれど」
だが万能ではない。法正達の介入が成功し続く今、哀姫を助けなければならない。そして、行ったという事はリスクが生まれる。
ジエジンが元姫を殺害する可能性が上がったという事だ。
法正達の介入は、元姫と同じく異能の力を持った者が居る事で成功する。法正と元姫、彼は神器ではないが法正が居るから介入が出来ている。どちらかが斃れれば終わる。だから姜維や劉備は元姫を守ろうとしてくれていたのだ。ただ女だからという事も理由だろうが。
だがこの状況、満足に戦えない。法正達の介入に期待するしかない。
元姫は右手を前に突き出しては戟を作り出――。
「が、ッ」
何だ、全身が痛む。痛い、苦しい、意識が朦朧とする。何が起こったのか理解出来なかった。腹から、脚から、胸から、細く長い氷柱が何本も突き出ている。血が出ている。身体に力が入らないのに、何故か地面から浮いている。ああ、そうか、後ろから刺されたのかと気付いたのは痛みを自覚してからだ。
目の前には剣を握るジエジンが立っていた。シージエに亀裂は入るも壊すにはまだ、力が足りない。まだ時間が足りない。耐えなくてはと元姫は氷柱の一本に手を触れる。しかし、力が入らない。意識が朦朧として、力を発動する事が出来なかった。
――ダメ、私が耐えなければ。
意識も朦朧として、ただ痛みに身を預けるだけとなっていた。痛い、苦しく、辛い。脳裏に蘇るのは王元姫としての記憶。蘇るように記憶の波は意識を取り込もうとする。ああ、このまま諦めてしまえば――。
「そんな、事、っ」
するわけないでしょう。
元姫は己で叱咤する。そんな事出来る訳がない。命を賭して守ってくれた姜維に、関係ないのに手を貸してくれて守ってくれた劉備に、介入してくれている法正達に、申し訳がない。ならばこの命、燃え尽きるまで――ッ。




