結晶の囚人~彼女の策~
元姫は己の右手を差し出した。これは最後の交渉。元姫とて最初から核を回収するつもりはない。出来るだけ争いは避けたい。ならば、神に取り次ぐ事も考えているし、神の方もそれを許可している。
だが此処まで来てはもう、修復は出来なかった。
元姫とジエジンは決裂してしまった。そう、かつての劉備と曹操のように。
ジエジンは右手に氷弓を出現させるとすぐに弓を引いた。即座に元姫は体勢を低くしては避け、床に手をつけては氷の壁を生み出す。放たれた矢は氷の壁を砕き、元姫の右肩を射抜く。元姫は壁から生み出された氷の瓦礫に手をかざし、雹へ変化させる。拳くらいの大きさの雹へ変化させ、ジエジンへ投げつける。もちろん、姜維と劉備には当たらない。当たっても傷一つ生まない。仲間は傷付けないようになっている。
ジエジンは透過し姿を消す。だが気配までは消せない。神器の前ではそんなもの不毛。
元姫は肩から氷の矢を抜き取り、血を滴らせる。一歩、二歩、後退し刃を己の後方に生み出し浮かび上がらせた。炎を纏う刃を。
「そんなもので、我が倒せるとでも?」
姿を見せたジエジン。上空から落下しながら杖を持ち、元姫へ多量の刃を降り注いでいく。元姫は床を転がりながら回避し、己の血から生み出した炎を纏い防御とした。元姫へ降り注ぐ前に刃は炎によって溶かされていく。
だがこの抵抗も長くは続くまい。
元姫は核を失った事で持っている力は少ない。更には姜維に二度力を僅か与えている。使い続ければ力を失い、核の捜索が困難となる。つまり、この場所から逃げ出す事も、法正達が奮闘してくれている事も何もかも無駄になる。
――出来るだけ、自分の武力だけで……。
刃の雨が止めば元姫は炎の防御を解き地面に手をかざし、三叉の戟を生み出す。ジエジンは着地し杖を剣に変えれば元姫の懐へ入り、右の脇腹を貫いた。
「ぐ……ッ」
「貴様じゃ我には敵わん、元姫。家を守る女と外で戦う男の違いだから仕方ないがな」
「――ええ、わかって、いるわ。私は、劉備殿のように若い頃から戦って来た、訳ではないし、姜維殿のように、戦で、武功を立てた将軍でも、ない」
そう、敵わない。そんな事わかっていた。わかっているから、元姫は賭けた。
己の意味に、己の覚悟に、己の仲間に。
元姫は三叉の戟を振りジエジンの右胸を貫いた。心臓には達しない、わざと避けている。だが、弱かったらしい、ジエジンは左手で元姫の首を掴み、脇腹に刺さったままの刃を左へずらしては元姫の腹部を裂いていく。痛い、気持ち悪い、吐き気が止まらない。込み上げる吐き気は血を多量に口から放出した。こんな痛みを、姜維は、劉備は、耐えていたのか。
「よくやったよ、元姫。だが、もう、無理だ。諦めろ。貴様は我に勝てはしない。貴様が我に媚びへつらっていればまだ勝機はあっただろうがな」
氷の床に叩きつけられ、髪を纏めていた淡い水色の髪飾りが後頭部から取れ床を滑って行く。それは姜維の足下へ。後頭部が痛む、出血したらしい。
「ッ、それ、でも、私は――あなたに、勝つわ」
「は、どうやって。あの二人を使うとでも?」
「私の力は、あの二人だけじゃない。あなたこそ、気がつかないの?」
間が空いた。それは数秒だっただろう。だが長く感じられた。そしてジエジンは哀姫の端麗な顔を崩す。「まさか」と。
「貴様、まさか……ッ」
「私は神器。私が、核と戦うのに、何も、手を打たない訳がないでしょう? 魏に居た頃からずっと、核を探してきたのよ」
核を解放したのは十年も前だ。神器としてはそれなりの経験もあったけれど、王元姫としては、人間としては未熟の十一歳。正室――司馬昭と婚姻したのもその歳。飽き飽きしていたのなんて理由にならない。ただの傲りだった。何者かの声が聞こえて、それで、解放してしまった。今更言い訳するつもりもないが、諦めるつもりもない。
「――外に協力者がいない訳、ないでしょう?」




