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姜伯約の北伐政策  作者: はくりなのい
第三章 王元姫の奪還戦線
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結晶の囚人~その名は、罪~

「しばし任せる、元姫殿」

 そして二人は氷の雨に飲み込まれた。

 氷の床を滑って頭を強打した元姫。額から血を流し、意識が落ちそうになるのを耐え、立ち上がった。氷の雨が霧散して消え、四方八方に繋げられた無数の氷糸が姜維と劉備の身体を拘束していた。痛ましく、腹部や脚、腕を貫き、その場に繋ぎ止めている。二人は意識を失っているようだった。心臓には及んでいない事が奇跡か。

「姜維殿、劉備殿ッ!」

「――これが核に逆らった末路だぜ、元姫」

 空間を裂いて現れたジエジン。彼は哀姫の顔で、舌なめずりをしては嫌らしく微笑む。

「貴様は言ったな、生きたいのならば契約しろと。我を生かすと。だが核は神器の中に入ってしまえば意志も、何もかも消え失せる。例外もあるが、貴様はその例外を適用できまい」

 例外、それは神器を超えた神器。神器を一人の個として存在させる事。それを元姫は出来ない。核を放った己には些細な力しか残されていないからだ。

「さあ、元姫。契約しようじゃないか。我とて鬼ではないのでな。二人を助けたくば手を引け。さすればこの世界から解放してやろう」

 つまり哀姫は助からないという事。聡い元姫はすぐに理解した。一時間ほど前に元姫が告げた言葉と同じような言葉を告げるジエジン。元姫は左手の拳に力を込める。

「哀姫を助けたければ、その根暗か人神の身体を渡すがいい。もちろん、この世界から解放してやる。選択肢は二つに一つだ。ああ、時間はゆっくり与えてやるから考えるがいい」

 姜維か劉備の身体を渡せ。つまり、哀姫を助けて、どちらかを渡しても同じ事。姜維を渡しても、劉備を渡しても、蜀は揺れる。魏の冷徹皇帝代理が聞けば歓喜しそうな事だが、元姫は喜べない。

 どうする、こういう時はどうする。

 こんな時のために頭が働かなくてはどうする。元姫は「男なりせば」と父から言われた頭を回転させる。

 そう、己は王元姫。司馬昭の妻であり、姜維の護衛であり、世界を憂う者。それが核という存在に負けてたまるか。勝てる、勝てる、必ず勝てる――。元姫は覚悟を宿した。

「そうね……私の答えは一つよ、ジエジン」

 元姫は先ほど放り捨てた短刀を拾っては力を込め、厭らしい笑みを漂わせているジエジンに向ける。その瞳に鋭利な刃を宿らせて。

「答えは、否。――あなたの従う理由も、媚びへつらう義理もないわ。さっさと三人を返して貰う。……神器でも、神の代行者でもなく、ただの王元姫として三人を返して貰う」

「いいぜ、やってみろ。我に勝てるのならなっ!」

 元姫は瞬時に短刀をジエジンに放り投げ、胸の前で両手を合わせる。短刀を分裂させ、様々な武器に変化させると自在にジエジンを攻撃させた。だがジエジンに届く前にそれは氷によって固められる。諦めず元姫は武器を生み出し続ける。

 一人では哀姫を救えない。だから、時間を稼ぐ。一分、二分、それだけでいい。そうすれば恐らく、法正達がそろそろこのシージエ(世界)に介入するはずだ。そうすれば、負ける事もない。哀姫を助ければ、後は彼を殴るだけだ。

「うぐ、ッ」

 背後からの奇襲、気がつけなかった。元姫は左の脇腹を氷の剣で貫かれ斬り捨てられる。床に転がるも瞬時に立ち上がり、己の力で傷を防ぐ。癒した訳ではないため、痛みは続く。

「忘れてないか? 此処は我の世界。我の力で、自由自在なんだぞ」

「ええ、そうだったわね。でも、あなたも、気がつかないの?」

「何をだ」

 何も言わなかった。元姫は貫かれた脇腹を押さえ汗を滲ませながら含んだ笑いを見せる。ジエジンはそれが気に入らなかったのだろう、哀姫の顔で眉間に皺を刻ませながら人相の悪い顔へと変えていく。哀姫の美しく高貴な顔が歪むのが酷く不愉快だった。

「何をだと言っている」

「あら、わからないのならいいのよ。凡庸な、頭じゃわからないのは仕方ないもの」

 ――そう、わからないのは、こっちも同じ。

 ただの引っかけである。時間稼ぎの引っかけだ。気がつかないのではなく、言う事は何もないのである。言えるとしたら、法正達の事くらいか。まあ、言うつもりもないが。

「……昔から貴様はそうだ。自分勝手で、自分の事ばかり。我が儘で、核を解放した事だって自分が自由になりたいだけだッ! それを今更回収する? ふざけるなッ!」

「ええ、そうよ、私は我が儘。自分のために動いたわ、王元姫として生を得る時もただ自分の幸せを願い、核を手放す時も自分のために手放した」

 そう、いつだって元姫は己のために動いてきた。人間となったからには人間として生を終えるつもりだったからだ。夫を守り、家族を守る、それが今世で元姫の請け負った使命。

元姫は軽く俯き、氷の糸に拘束されている二人を視界に収めてはジエジンに視線を戻す。

「だけど、世界を、人を傷付けたいなんて思っていないし、思った事もない。わかるかしら、私があなた達を此処まで追う理由。――人にとって、世界にとって脅威だからよ」

「……我らが悪さをしなければ放置しておくとでも?」

「そうね、その辺りはカミサマ次第かしら」

 元姫は神の代行者。核を手放してしまったことを報告し、元姫に回収を命じたのもカミサマである。だから全ての決定権はカミサマにある。

「――だから、もう一度言いましょう、ジエジン。私と再契約しなさい。カミサマにも取り次いであげる。私の核に戻れば、一つの個として残してあげる」


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