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姜伯約の北伐政策  作者: はくりなのい
第三章 王元姫の奪還戦線
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結晶の囚人~もう、迷わない~

「――さあ、耐えてみせろよ」

 一瞬の出来事だった。喉から、頭から、つま先まで凍る。一瞬で凍らされた。銅像のように凍り身動きすら出来ない。呼吸は可能だ、苦しくもない。だが動く事が出来なかった。身体にはひんやりと冷たさが訪れる。

 ジエジンが杖を氷の床に打ち付ける。静寂が訪れ――時が止まった。氷柱が四方八方から生え、姜維達を覆い尽くす。

「我に、勝ってみせろ。取り戻してみせろッ!」

 ああ、取り戻してみせよう。必ず、哀姫を助けると。そう劉禅の前で誓ったのだから。

 右手に力を込める。込めて、込めて、込めて――すると世界が割れたように、床の氷も、己の氷も、氷柱も砕け散った。元姫と劉備の氷も砕け散ったようだ。

 姜維は瞬時にジエジンへ斬りかかった。もう迷いはしない、迷った分だけ哀姫も、誰も救えなくなる。迷って、迷って、その果てに己は何を亡くした。母を亡くしたのではなかったか。それを思い出せ。

 杖で受け止められ、鍔迫り合いのような行為が続く。乾いた傷口が開いては血が滴り落ちる。

「は、やっぱり、そう来ると思った! 姜維、テメェは相手が誰であろうと関係ない! 一度決めた事は曲げない奴だ!」

「そうだ、私は頑固者らしいからなッ! だから何度でも言おう。――貴様を討つ!」

 世界が再び氷に満たされていく。床も空も、何もかもが氷で形成されていく。頭上には氷の巨大な塊が出現する。だが退く必要はない。元姫と劉備が居る。避ける必要などなかった。

 氷が落ちてくる。姜維の頭上だ。こちらへ駆けて来た劉備が斬り裂き、元姫が力を使って雪へと変える。

「姜維殿、支援は任せて」

「おぬしは目の前の事だけを、倒す事だけを集中しろ。哀姫は私達が助けよう」

 心強い味方だ。姜維は軽く頷き、心中で笑みを見せる。

「終わりじゃねえぞッ!」

 雪が吹き荒れる。円を描くように、鎌鼬のように身体を斬り裂かれる。床から出現した氷柱を左に身体を反らして避け、再び姿を現そうとしている氷柱を劉備と元姫が壊していく。姜維は力を込め、そのままジエジンの氷杖を真っ二つに折り、哀姫の身体を右肩から斬り裂いた。赤い鮮血が舞い、飛沫が顔に付着する。

「な、き、さま……ッ!」

「斬れぬと思ったか。そのお方を誰と心得る」

 傷口を押さえ、冷や汗を滴らせ、顔を歪めるジエジンに一言。

「――そのお方は劉備様の義兄弟、張飛殿のご息女。文武両道を兼ね備えた敬哀皇后だぞ。その程度で倒れるような弱い女が皇帝の后になどなれるか」

 敬哀皇后――もとい哀姫。彼女は張飛の娘。彼に似て武を極めたお方。他の国はいざ知れず、弱い女など蜀漢の后となれるはずがない。

「っは、はは、いいだろう、ッ! だが教えておいてやる、姜維!」

 びし、と空気を切る音と共に血に汚れた右手の人差し指を姜維へ向け、ジエジンは嗤う。

「我を殺せば皇后も死ぬ! 我と皇后は一心同体――」

「ならば、死ぬ手前まで嬲ればいいだけだ。私がそんな事で躊躇するとでも?」

 やり過ぎると非難を食らうのは理解しているが、手を抜けるほどの余裕はない。全身に痛みが走り、喋るのも苦しく、立っているのさえ辛いのだ。手を抜ける余裕はない。この我慢があとどれくらい続くか――。

 吹雪が吹き荒れ、視界を悪くさせる。そんな中から杖を持って突っ込んでくるジエジン。姜維は振り下ろされた杖を受け止めるが、ジエジンの重くて身体が吹っ飛ばされる。だが、劉備に受け止められ、軽い衝撃だけで済む。

「ッ、すみません」

「気にするな」

 支援がある。それがどれだけ心強いか。姜維は劉備の元から駆け出し、吹雪の中を走ればジエジンへ向かう。氷の刃が吹雪の中から見える。地面から出ては俊足とも言える速さで姜維を狙う。だが避けず、そのままジエジンへ突っ込んで行く。姜維と刃の距離、僅か三センチほど。左からやって来た劉備が双剣で氷の刃を斬り落とし、劉備の右肩に脚をかけては飛び上がればジエジンの背後を取る。そして右脇腹を斬り裂いた。

「ッ、くそ!」

 もう、負けない。負けるはずがない。

 体勢を崩して後退するジエジン。視界が悪い中、氷の塊が何もない空間から現れる。一度受けた攻撃だ。そして氷の床からも氷柱が姜維を貫くように出現する。それを一度避け、再びジエジンの懐へ入った。足場の氷柱は劉備が、頭上の氷塊は元姫が力で粉砕する。槍を振り上げ――姜維は己の懐から匕首を取り出してジエジンの首を斬り裂いた。

「ッ、が……ッ」

 防御はやはり、しない。氷の防御が最初に破ってから現れなかった。

 ――いや、出来ない、か。

 推測でしかないが、氷の防御の分を攻撃に回している。最初に防御したのは姜維の力を見誤っていたからだろう。今、防御に力を回せば姜維と劉備にやられると理解しているのだ。

 だがこのままでは、膠着状態となる事はわかっていた。

 ジエジンの身体が哀姫である以上、姜維もとどめを刺せない。せいぜい瀕死程度がいいところだ。つまり、姜維達もジエジンも深くは入り込めない事を意味する。

 ジエジンは剣を右手に形成するとジエジンを中心として巨大な氷柱が姿を現す。後方へ僅かに後退すれば氷の刃が待ち構えていた。刺さる寸前で劉備が刃を切断する。四方向に現れたジエジンの分身、槍を模した氷を姜維達に向けて投げつける。だが元姫が生み出した突風によって槍は軌道を変更し、あちらこちらへと向かって行く。

「私を、忘れないで欲しいわね。氷から風を生み出す事くらい、簡単なのよ」


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