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姜伯約の北伐政策  作者: はくりなのい
第三章 王元姫の奪還戦線
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結晶の囚人~氷の冷徹~

「は、ンな事知ってる――っての!」

 氷の床からジエジンを中心として現れる氷の刃。弧を描いたような刃は最速で姜維へと向かう。だが先ほども受けた攻撃だ。地面を蹴って飛び上がり避ける。それを見越したように地面から巨大な氷柱が姜維を襲う。何度も何度も地面から生え、貫こうと試みる。が、数十分戦って相手の手がわからぬほど馬鹿ではない。姜維は足で氷柱を蹴り、空中を舞って移動する。

 空中の不利とは、避けるのが難しい事。だが慣れてしまえば後は簡単。接近戦、地上での攻撃、ある程度封殺出来る。姜維は昔から空中戦が得意だ。姜維の槍は空中でこそ光る。

「相変わらず、猫みたいな奴だ」

「褒め言葉として受け取っておこう」

 ジエジンが右腕を振り、氷の刃が多数生み出され姜維へ向かう。それを姜維は槍で僅かだけを叩き落とし、刃を足場としてジエジンへ向かっていく。

「かかったな、姜維ッ!」

 細長い氷が至るところから一斉に射出される。四方八方塞がれ、細長い氷は姜維の身体をも貫いた。脚、傷口、腹部、頬――だがわかっていた事である。空中で縫い止められるように止まった姜維。

「――掛かったのは貴様だ、ジエジン」

「二度も掛かってくれてありがとう、感謝するわ」

 後方の元姫は劉備が垂らした血溜まりの中に手を突っ込んではジエジンを見据え、劉備は血溜まりに双剣を打ち立てた。血溜まりには雷が走り、火が燃え上がる。

 瞬間、特大火力がジエジンを襲う。地獄の業火が彼を包み込む。炎の熱で溶かされ、解放された姜維は燃え盛るジエジンを見つめていた。

「あ、ああ、アアアアアッ! なんで、だぁあああああ!!」

「私は行ったはずだ。一の力は一でしかないと。しかしそれに二を賭ければ二となり、増えれば力が増す。――個に複数をかければ、増やせば、私達はいつでも強くなる」

 血は熱を持っている。つまり、その熱から元姫は炎を生み出した。彼女達が居る場所には姜維の血もある。そして彼女が流した血もある。火が生み出せない訳がなかった。これは囮である姜維が居たからこそ成功した策。相談もなしに実行出来たのは、元姫の機転と、劉備の経験だろう。

「ああ、アアアッ、あづいぃあああああッ!!!!」

「貴様が国に仇なす存在なら私は討たねばならない。だが貴様が元姫殿の下へ戻ると言うのなら――」

「も、ど、誰が、ッ戻る、かあああああッ」

 断末魔のような叫びと、肉の焼けるにおい。唇の下に脂が乗り、人が焼けていくのを姜維は感じていた。焼死体は戦で何度も見て来たし、作って来た。人の死に今更後悔などはない。

 だが、恐らく、外で戦った時のように何かをしてくるに違いない。姜維は視線を後方の元姫と劉備へ向ける。彼女達も理解しているようだ。

 焼ける、焼けていく。それでも響く、ジエジンの叫び声。阿鼻叫喚、断末魔から高らかな笑い声に変わる。嫌な予感がした。姜維は槍を握る手に力を込める。炎が揺れ、巨大な腕となれば姜維の右腕が掴まれる。

「姜維ッ!」

 すぐに跳んでやって来た劉備によって炎の腕は切断された。斬られた炎の腕は消えていくが、ジエジンを燃やす炎は止まる事を知らない。

「すみません、劉備様」

「構わぬ、おぬしは警戒を強めよ」

「はっ」

 劉備は元姫の元へ戻り、再び彼女の支援に入る。三分、五分、十分。これだけ焼いても、焼いても、ジエジンの笑い越えは途切れない。恐ろしかった。床の氷も、この世界の氷も溶ける事を知らないようだ。それが嫌なほど目についた。

 まるで、弱る事を知らないように――。

 そこで、姜維は気付いた。この炎など意味を成していないという事に。

「は、はは――あ、ははははッ!!」

「ッ――!?」

 声が変わった。先ほどまでの低いバリトンボイスではない。これは、この声は、聞いた事のある声。よく知っている声だ。知らないはずがなかった。

 彼を燃やしていた炎が凍り、凜とした声が響く。聞きたくなかった声だ。その可能性は考えていなかったからだ。

「――ありがとう、やっと、この身体で出られる」

 そこに立っていたのは黒髪の美女。綺麗で高貴な服を纏った――哀姫だった。いや、厳密には哀姫ではない。哀姫の身体に入ったジエジンというところだ。滅多に表情を変えない姜維だがこの時は驚きを隠せなかった。

「我ら核が入れ物を使うには時間が必要だった。そしてもう一つ必要なものがある」

「……必要な、もの、ですって?」

 元姫はジエジンを鋭い瞳で睨み付けながら問う。

「犠牲だ。ああ、人の死の方がいいが、そうでなくともいい。命に近いものさえあれば、我はいつだってこの身体を使える。――そう、例えば、大量の血液、とかな」

 ジエジンは両手を突き出し、二の腕までだけを先ほどの姿の白い腕に変えた。その手には血がべっとりと嫌なほどこびりついている。

「姜維の多量の血液、神のごとき聖人――劉備の血液、そして元姫、貴様の少量の血液。これで我は人の身を得た訳だ。そして最後に、人肉」

 ジエジンの右手に乗った小さな肉の塊。姜維は眉間に皺を寄せる。

「我が姜維の腹部ばかりを狙っていたのはこれを得るためだった。これで、我は哀姫の身体と、貴様達の戦闘能力を自らに投影し、貴様ら以上の力を手に入れたという訳だ」

 嫌な予感が的中した。そしてよくわかっている。哀姫に乗り移られれば姜維も、劉備も、誰も攻撃は出来ない。

「汚い手を……ッ!」

「汚い? 劉備、貴様がそれを言うか。貴様の方が汚い事をしてきただろうに。同族を攻め、何度裏切りをした? 貴様は。それを乱世だからと言い訳にするのもまた違うだろう」

「確かに、私は汚い事をたくさんしてきた。戦でたくさん人を殺した。……だが、ジエジンよ、我が蜀の民を傷付けるならば容赦はせぬ」

「はっそうかい。だがな、ナメてもらっては困るぜ。我は貴様らを殺す。徹底的にな!」

 杖を右手に出現させるジエジン。後方で控えていた元姫の姜維を呼ぶ声が聞こえる。だが、遅い。間に合わない、姜維はわかっていた。


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