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姜伯約の北伐政策  作者: はくりなのい
第三章 王元姫の奪還戦線
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結晶の囚人~作戦決行~

 ――同時刻、成都城。

 趙雲は苛立っていた。何を、とまで言うつもりはない。法正の事である。趙雲は法正が嫌いで嫌いで嫌いで以下略くらいには嫌いだった。そもそも法正を気に入っている人間など居るのかというくらいである。いや、劉備は例外だ。劉備は法正を信頼して信用し、また法正も劉備を信じている。劉備が各地を放浪している時に彼に仕えた趙雲としては、法正が劉備に不躾な言、行為その他諸々を行うのは許しがたき事。この槍で彼の肋を二百回くらい折ってしまいたいほどだった。

 だが今は劉備――というよりは、劉禅の妻である哀姫の危機。それに姜維や姜維の護衛でもある王元姫、そして劉備が別世界、シージエという場所に囚われている。詳しく聞いた限りでは国家の危機でもある。法正は嫌いだが協力しない訳にはいくまい。

 趙雲は室内を見回す。成都城にあっては簡素な部屋。劉備が城の離れに建てた小さな離宮の一室だ。よく軍略を練るのに数十年前は将兵達が行き来した場所である。ちなみにこの部屋で、劉備と法正が取っ組み合いの喧嘩をした事は懐かしい事である。

 いや、冷静に考えれば君主と臣下が取っ組み合いの喧嘩なんて有り得ないが。法正だから許された事なのだろう。

 室内には趙雲の他に月英、法正、劉禅に楊儀が集まっていた。劉禅の傍には彼に仕える黄皓が控えている。まあ、黄皓は数に入れなくていいだろう。ただのお付きだ。

「月英殿、諸葛亮殿は?」

「孔明は体調が優れないとの事で、法正殿に一任されるとの事です」

 法正の問いに淡々と答えた月英だが諸葛亮の性格を熟知している趙雲は嘘だとすぐに理解した。法正と一緒に仕事したくないから月英に任せたのだろう。劉備の危機ではないため諸葛亮も動くほどではないという事か。

「……まあ、いいでしょう。一先ず皆さんは俺に従って頂きますよ。特に趙雲殿と楊儀が要だ。しっかり頼みます」

「ああ、わかっている。法正殿、策を」

 法正は机に広げられている貴重で大きな紙の上に筆を走らせた。その紙何処から持ってきたんだという事は聞かない事にした。紙の上には二つの円が一本の線に繋がれている。その線の下には「路径」――通り道と書かれていた。

「まず、シージエに外から介入するには隙を突かなければなりません。バレたら恐らく、シージエ内に居る劉備様達が死ぬと思ってもいい」

「何故死ぬのだ?」

「今、我々の策から目を背けているのは囮の劉備様達です。バレれば、目の前に居る劉備様達は殺される。戦を経験していなくても普通に考えればわかる事ですよ、劉禅殿」

 そういうものなのか。

 法正に煽るような言い方をされる劉禅だが、気にしていないようだった。彼の付き人である黄皓は少し顔を歪ませたが。劉備と正反対――彼が赤子同然の頃、趙雲が助けた劉禅は父とは真反対の性格をしていた。

「まあ、質問は最後にしてください。とりあえず説明を続けます。……で、こっちが俺達の世界、こっちがシージエだとします。二つの世界は繋げられていて、劉備様達はこの線、通り道を使って向こうへ移動させられました」

 法正は線に指を乗せシージエと書かれた円へ移動させる。

「ですが、この通り道を使ってはバレます。ので、俺達は裏側から介入します」

 シージエと記された円の上部と「蜀(現世)」と書かれた円が点線で繋げられる。

「繋げるためにはこっちと向こうを繋げるための中継地点が必要ですが、それは元姫殿が居るから問題はありません。彼女を使います。……で、ここからが問題です」

 法正は筆を置き、趙雲に視線を向ける。何だか嫌な予感がした。そういう男だ。何だか嫌な事を頼まれる気がする。数十年前もそうだった。喧嘩をした後で、戦の前に「じゃあ趙雲殿は此処で」と敵中に配置されたのを覚えている。まあ、問題はなかったが。

「介入するのは壁を破る行為と同じです。が、そのためには準備が必要です。まず、劉禅殿、月英殿は俺と共に祈祷をし、成都内に俺の力を分散させます。楊儀は部下を纏めて、成都に祈祷道具を配置していってくれ。後で渡す。そして趙雲殿」

 嫌なくらいの笑み、気持ち悪いほどの笑みを向けられる。ああ、この笑み知っているぞ。確か定軍山で戦う前に「じゃあ、趙雲殿は魏軍の陣前で、囮でお願いしますね」と言われた時の顔だ。思い出したら腹が立ってきた。もう数十年も昔の話だが。

「趙雲殿は成都を一周、駆け巡ってください。馬で」

「駆け巡る」

「そう。駆け巡る。祈祷の準備として陣を描かなきゃいけないんで」

 それ一番体力を使うものじゃないか。こいつわざとだなと思うが、今は時間が惜しい。哀姫に残された時間も少ない。それに、この中でそれを実行出来るのは楊儀と趙雲だけである。逆らう理由もない。劉備達のためだ。趙雲は頷き、了承した。

「まあ、しんどくない方法もあるんですけどこっちの方が手っ取り早いし、趙雲殿を苦しめたいんで。あと個人的な私怨です」

「ぶっ殺してやろうか、貴様」

 本当にこのクソの穀潰しみたいな性格をした法正を今すぐ葬り去りたい。長江に沈めてやろうか、こいつ。

 各々やるべき事が決まったところで法正は祈祷道具を楊儀に渡す。時間がないならすぐに陣を描いた方がいいだろうと趙雲は部屋を出ては、馬を一頭借りた。己の愛馬は邸宅だが戻るには時間が惜しい。

「趙雲殿」

 城から出ようと馬に乗る前、月英がやって来た。彼女に竹簡を渡される。そこには陣が文字で説明されていた。八卦の陣らしい。学がない訳ではないので、すぐに理解出来た。月英に竹簡を手渡し、馬へ乗る。

「すまない、月英殿」

「いえ、ああ、それと……法正殿から伝言です。――“これは趙雲殿が要です、趙雲殿が陣を描き終わらなければこちらの準備が整っても出来ないので最速でお願いしますよ”との事です」

「……煽られているのはよくわかった」

 ええ、その通りですと月英は言葉を漏らす。全く、あの軍師――いや、もう軍師ではないけれど趙雲達劉備組からしたら軍師だ。兵士から己の槍を受け取り、馬の手綱を握る。

「では、月英殿、お互い奮闘しよう」

「はい、お気を付けて行ってらっしゃいませ」

 趙雲は月英の一礼を見てから馬を走らせる。相変わらず出来た良妻だなと思った。月英のような知識美兼ね備えた妻を貰った諸葛亮は幸せ者だろう。そんな考えをすぐに捨て趙雲はただ前を見て走る。走る、走る。かつての戦場を思い出しながら。


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