結晶の囚人~命を賭して守ると誓う~
「後は、法正達がこのシージエに介入してくれるのを待てばよいのだな」
「はい。その間、私達がする事はジエジンの目を引きつける事です。姜維殿の支援に回ります。……別れてから数十分。きっと姜維殿の方も限界かと」
次は己の番だ。元姫は覚悟を決めた。
劉備は外で戦い、姜維は今戦ってくれている。ならば己が次、戦う番。彼らに戦わせておいて自分は安全地帯で高みの見物、ただ情報と指示を出すだけ。君主でもあるまいし、そんな事をしていいものか。本来なら最初、元姫が戦わなければいけなかった。元姫は唇を噛み締め猛省する。
「元姫殿、おぬしの役目をしっかりと思い出すのだ」
「え?」
劉備の言葉に心を見透かされたのかと思った。隣を向けば劉備は柔和な微笑みを浮かべている。
「最初に姜維が言っただろう、おぬしがこの戦いの要だと。故におぬしは失ってはならないし、逆に自ら死地に飛び込んではならない。――作戦の要である者が危険な行為に出るなど、迷惑以上の何者でもないのだからな」
声に影を落として劉備は告げた。その理由を元姫はわからない訳はずなかった。彼もまた、己で失態を侵した戦をした事があるからだ。魏でもその戦は有名だった。己の義兄弟のために呉を討伐する戦を起こし、私憤に囚われ、大軍を動かしたものの負け、その戦が原因で劉備は病を進行させてしまい一線を退く事となった――。彼は、自分のようにさせまいと本来なら敵である元姫に忠告までしてくれている。お人好し、いや、ただ単に優しいだけだ。それを知らない元姫ではない。
「――はい。ありがとうございます、劉備殿」
「うむ、では覚悟を決めよ」
そう言って劉備は携えていた二双の剣を抜いた。目標はすぐ目の前。嫌な予感がしていた。ずっと、嫌な気しかしなかった。そして見てしまった。
姜維の身体が貫かれて、氷の人形に今にも潰されそうになっているところを。人形の振り上げた拳が振り下ろされそうになっている。
肝が冷えた。元姫が叫ぶより先に劉備が飛び出し、人形に背を向け姜維を右腕に抱え瞬時に戻って来る。間一髪だった。劉備は右肩に攻撃を受けたのか、痛みに顔を歪ませる。
「劉備ど――」
「元姫殿ッ!」
「ッ、はい」
意識がない。腹部には氷の刃が何十本も貫かれていた。元姫は手をかざしそれらを霧散させる。嫌だ、此処で失うなんて。治癒するにも此処はシージエ、己の力など大した治癒にならない。核を全て揃えていた元姫なら止血したりは出来ただろうが。
濃霧の中から姿を現すジエジン。血に塗れた剣を持っていた。それで姜維を傷付けたのか。怒りが帯びる。整えられた髪が逆立ちそうだった。傍に居た劉備は元姫へ背を向ける。
「――元姫殿、奴にこちらの作戦は」
「バレていません」
「なら、それまで私が気を引こう。おぬしは、姜維の回復に努めて欲しい」
「……わかりました」
ジエジンに向かって行く劉備。止める事なんて出来なかった。止めても同じ事。今劉備以上に戦える人間などいない。法正達が迅速に動いてくれれば、このシージエに亀裂が入る。元姫達はこの世界から抜け出し、外でジエジンを回収出来る。
そもそも、シージエで戦う事は不利益な場所で戦う事と同じ。権力をほしいままにする役人が跋扈する宮中で、一人真面目に腐敗した政治をどうにかしようとするくらいに無謀な事である。劉備がジエジンに向かい剣を振う中、元姫は血塗れの姜維を見下ろした。
「……姜維殿、あなたを死なせたりしない」
唇を噛み締め、元姫は姜維の胸に手をかざす。彼の右手は槍を握り締めたままだった。血がこびりついており、激戦を乗り越えてくれたのだと理解する。姜維の奮闘がなければ、法正達に連絡する事すら不可能だっただろう。
――今度は私が命を賭ける番。
姜維に元姫の力を僅かに送る。元姫の神器としての力は今些細なものでしかないが、最初に姜維へ見せたように、犬の死骸の肉を再生させたように、僅かに時間を戻す事は出来る。傷が治る訳じゃない、身体の時が戻る訳じゃない。ただ生命力をほんの僅かに与えるだけである。それで彼が起きるかは姜維次第だ。
元姫は目を閉ざしている姜維の瞼の上へ手をかざす。
彼に希望を託し、彼を信じ、彼を守る、そのために。




