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姜伯約の北伐政策  作者: はくりなのい
第二章 ジエジンの復活戦術
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結晶の囚人~氷結のハリボテ~

 ――ああ、そうか、もしかして。

 姜維はジエジンに右脇腹を貫かれ、決して少なくない血を吐きつつ、弾かれようと何度も何度もジエジンの身体に攻撃を加えていく。攻撃を回避するのも忘れずに。

 相手の名はジエジン。中国語で“結晶”を意味する。そして力は氷。氷もまた結晶だ。氷の弱点は火。結晶の弱点は――。

「物理か」

 そう口に出し、口元に滴る血を舐め取れば、左手を懐に入れて拳に「何か」を握り振り上げた。警戒したのだろう、ジエジンは左手に氷の長杖を表わせば、左から右へ振り一回転した。頭上に巨大な氷花が現れる。嫌な予感だ。姜維を中心とした数メートルの距離、氷の床は軋み亀裂を生み出す。

 何かをしてくる。だがこれは好機かもしれない。

 姜維は賭けた。低い可能性に、未来に。

 何が起こるかなんて気にせず、ただ「それ」に賭ける。姜維が左手を振り下ろすのと同時に周囲一帯に雹が混じった風が円を描く。頭上の氷花が砕け散り、氷の針となって姜維へ襲い掛かった。腕に頬、首に足――と様々な部分を貫いていく。

 だが、これは意味のあるものとなった。

 姜維は珍しく口角を釣り上げ、悪意のあるような笑みを見せる。少し病んだような笑みを。己の身体が氷の針で貫かれるのと同時に手を振り下ろし、右手に持った槍に力を込め再び彼の身体を右肩から斜めに、槍を叩きつけるかのように斬り裂いた。

「が――ッ」

 パキリと氷が割れるように、氷の欠片が砕け散り空中に舞う。目の前には大量に散っていく鮮血。ジエジンは口から血を滴らせ、その場に膝をついた。

「が、ッ、き、さま……ッ何をした!」

「何もしていない。ただ当たり前の事をしただけだ」

 姜維は握ったままの拳を突き出し、裏返してはジエジンに見せるよう掌を広げた。

「な……」

 そこには何もない。何も握られていなかった。姜維は何も握っていなかったのだ。ただ握っているふりをした。自分の知識と、経験に賭けたのだ。

「貴様の名前はジエジン。中国語で結晶という意味だな」

「……それがどうした」

 姜維はジエジンの煽りを気にせず淡々と説明していく。もちろん警戒は続けたままだ。血を垂れ流し、傷ついているのはお互い様である。

「貴様は火に弱い。氷だからな。ならば結晶は弱点の一つでもある物理で砕けるのではないかと考えた。賭けだった。だがもちろん、それだけじゃ突破出来ない事は知っていた。……私は貴様の目を引くためにわざと何かを持っているふりをし、あたかもそれが「突破する手段」のように見せた」

 だが貴様は引っ掛かった。何故かわかるか。

 そう問うもジエジンは黙秘を続け、眉間に皺を刻み姜維を悔しそうな目で見上げるばかりだ。悔しいだろう、その気持ちは痛いほどわかる。

「貴様は私達の火計に一度引っ掛かっている。火計で痛い思いをし、警戒を怠らなかった。また何かしてくるのではないかという恐怖があるからだ」

 姜維は氷の針を身体から抜きながらジエジンに語る。彼は一瞬だけ目を見開くも、すぐに表情を戻した。

「人は、感情を持つ生き物は、恐怖を一度植え付けられれば中々消えない。つまり、貴様は私と戦うにあたり、不利益を背負った。――“姜維”という恐怖を。そこからは、仮説を立てた。貴様が何かをしてくるのは想定内。もちろん、こんな大きな能力という事までは想定していなかったが」

 何か大きな力を使う。ジエジンが杖を持った時点で警戒した。けれど退く事も出来なかった。しなかった。此処で機会を逃すくらいなら、一矢報いて突破口を見つける。それくらいしなくては己を信じてくれている元姫や劉備、成都城で帰りを待つ劉禅に申し訳がない。

 だから、可能性を信じたのだ。

 ジエジンの攻撃と同時に攻撃すれば隙が生まれるのではないか――と。

「案の定貴様は弱点を晒してくれた。防御――氷の防御を形成しながら、大技を放つ事は出来ない。人間の力で砕け散ったのがその証拠だ」

 姜維は口を閉ざす。相手に全てを喋ったからと言って不利益を被る事はない。寧ろ、不利益なのはジエジンの方だ。彼は優しげに小さく笑みを広げた後、俯き肩を震わせた。やはり、彼に何処かおかしい。違和感を持った。

「……ふ、く、ふははははッ! いいだろう、姜維。我の負けだ」

 高らかに笑いジエジンは立ち上がる。だがこれで終わりじゃない、姜維はわかっていた。

「確かに、貴様に植え付けられた恐怖は直らない。だが――それで我が静まるとでも?」

「思っていない。だからこそ貴様は立ち上がったのだろう」

 姜維は槍を左から右へ一閃し血を振り払った。氷の床には斜めに血が貼り付く。ジエジンは地面を蹴り僅かに数センチ飛び上がり、その場で一回転し杖を高らかに掲げる。上空、床、左右――四方八方には無数の白い円が現れ、氷の剣が無数に円の中から空間を裂いて現れた。百、二百、千、一億――いや、それ以上の剣が姜維を殺すために刃を向ける。

「姜維、貴様には最大限の謝礼を施そう。――我が名の下に、貴様を殺す。貴様という蜀漢を此処で滅ぼしておいてやろう」

 逃げ場所はない。剣で囲まれたこの場所、戦うしか選択肢はない。

 姜維は僅かに唇を噛み締めジエジンを睨み付ける。垂れた冷や汗が傷口に染みて痛みが走る。汗と混ざり合った血は顎を滴り、落ちた。

 そして掲げられた長杖は振り下ろされる。

 無数の氷剣が、姜維の元へ雨のように降り注ぐ。


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