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姜伯約の北伐政策  作者: はくりなのい
第二章 ジエジンの復活戦術
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結晶の囚人~彼女の罪~


 寒い。じんわりと伝わってくる冷気。己の身体を溶かしてしまいそうな凍え。喉の奥が貼り付く、胸が、肺が氷のように凍らされているようだ。吐き出した息は白く、天井――いや、空は鈍色、曇天のような色をしている。冬季のような空だ。姜維はふとゆっくり右腕に視線を向ける。戟のような槍が握られている右手は激痛が走るが動かせないほどではない。午前、核――ジエジンと戦って傷付けられた腕は、この寒さで痛みが鈍っているようだった。周囲を見回せば見知らぬ場所。床は氷によって形成されており雪が幽かに積もっていた。霧が掛かり、雪が静かに降り注ぐ。目尻に落ちた雪は体温によって溶け、涙のように滴り落ちた。息を吐けば白くひんやりとした熱が吐き出される。

 此処は成都ではない。成都はこんなに寒くはない。姜維は頭を覚醒させ、どんな状況か、何があったのかを整理する。

「……確か、核の、ジエジンの心臓を貫いて――」

 そして意識が落ちた。気付いたらこの場所だ。となると此処は、核の能力、それで生み出された何かだろうか。姜維はゆっくりと身体を起こし立ち上がる。すれば足音が耳に入る。一つは軽い足取り、女性だ。もう一つは武官の靴を履いたような音。男だ。元姫と劉備だろうか。姜維は見えた影に視線を向けた。

「姜維殿ッ!」

 霞の中から現れたのは元姫と劉備だった。二人もこの世界にやって来ていたようだ。姜維の元までやって来た二人を見て、姜維は一先ず一人ではなかった事に安堵した。二人は姜維の顔を見て異常がない事を理解すれば胸を撫で下ろす。

「よかった、無事だったのね。こっちは劉備殿も私も異常なしよ」

「それはよかった。それで……元姫殿、此処は?」

「……此処は、結晶化劇場。ジエジンの世界とでも言うべきかしら」

 元姫は一瞬だけ俯き声を絞り出した。まるで申し訳ないとでも言うように。彼女の声からは後悔が見て取れる。

「とりあえず状況について話さなくてはならないわね。……あの時、私達の策は完璧だった。姜維殿が考えた火計も、劉備殿が身を削って行ってくれた囮、劉備殿の囮を生かすための私の対話。何もかもが完璧だった。……けど失敗した。私は、ジエジンの力を甘く見ていたの」

 ごめんなさい。そう告げ元姫は頭を下げた。その肩は震えていた。寒さなんかじゃない、彼女は自責の念で頭を下げる。姜維は劉備と視線を合わせた後、何とも言えない気持ちになった。別に彼女を擁護している訳じゃない。そもそも己は巻き込まれている身だ。だから、彼女が可哀想などと思うつもりもない。だが姜維は国を、皇后を守ると主君の前で誓った。ならばそれを遂行するのが姜維の役目である。

「元姫殿、顔を上げてくれ」

 劉備は元姫の肩に手を乗せて微笑を漂わせた。元姫は下げていた頭をゆっくりと上げ、今にも雫がこぼれそうな瞳で彼を見上げる。

「私も姜維も何故あなたに手を貸そうと思う? 魏の将兵である司馬昭の妻のあなたに。蜀の人間はあなたを受け入れているが、手を貸してと言われれば断るだろう。あなたが魏の人間であるからだ。しかし、そんな中、私も姜維もあなたに手を貸した。何故かわかるか」

「……私が、頼んだからですか」

「そうだな、それもある。だが根本的な理由としては違うな」

 劉備は元姫の肩から手を下ろし言葉を紡いでいく。彼の声は脳を、何もかもを、受け入れる。そんな声だ。こういう声を何と言うのだったか忘れてしまったが。

「あなたが、純粋で、真面目で、何者にも動じず我々に手を差し伸べてくれるからだ。だから劉禅はあなたを姜維の補佐にしたのだろうし、姜維もまたあなたのために動き、劉禅はあなたに助けて欲しいと願った」

 全て元姫殿、あなたがやって来た事の行いなのだ。

 そう告げられ元姫は黒い瞳を雫で輝かせる。彼女は瞳の雫を手で拭い、再び劉備に頭を下げた。そして。

「姜維殿……ありがとう。私、あなたに出会ってよかったわ。怪我をさせてごめんなさい、でも、私は……あなたがいないとダメなの」

「わかっている。皇后陛下も、国も、私が救う。だから安心しろ、元姫殿。――ジエジンは私が止める」

「ええ、ありがとう」

 元姫の憑き物も落ち、話もキリがついたところで「じゃあ、本題に」と元姫が口を開いた時だった。劉備が爆弾のような言葉を落とす。

「しかし、あれだな、こうして見ると美男美女の夫婦みたいだな! 元姫殿の夫には悪いが」

 場を和ませようとしてくれたのだろう。だが、それは逆効果だ。その発言で姜維も元姫も頬を紅潮させた。

「な、なな、何を仰っているのですか、劉備様! 私と元姫殿はそういう関係じゃありません! おふざけも大概にしてください!」

「そ、そうですよ、劉備殿! 私と姜維殿はただ、その、腐れ縁という奴です。だから別にそういう訳じゃありません!」

「いや……すまぬ。そういう初心な反応をされると思っていなかったのだ。ただ、冗談で言っただけなのだ、すまぬ。本当に」

 予想外だったらしく劉備も困り果てたように苦笑を漂わせた。だが彼のお陰で空気が少し和らいだのは確かだ。気を取り直し、話を本題に戻す。

「……此処はジエチルの世界、結晶化劇場。私達神器はシージエと呼んでいます。このシージエは核であれば誰もが持つ世界。主に力を蓄えたり、神が神器に力を与える際の儀式の場所として使われたりします。……ですが、敵対した時に使われる場合は理由が違う」

 元姫は一度目を伏せ、再び強く覚悟を決めた瞳を向けた。

「――必ず、敵を痛めつける、または殺すという意志。その時に使われる。……彼は最後の力を振り絞ってこの世界へ逃げ、私達を取り込んだ」

「力を蓄えるため……という事だな」

 口元に手を添え発言した姜維に元姫は頷く。

「ええ、その通りよ、姜維殿。……私達の策でジエジンは弱っていました。正直、この世界――シージエにこもれる力もなかったはず。だから私は伝えませんでした。シージエにこもる可能性は十パーセントも……、殆どなかったから」

「だけどジエジンはこもった。そして恐らく、私の予想だが、しばらくは出て来ないだろう。力がないのなら力が溜まるまで私達の前に現れない。……と、なると私達にも策を考える時間が出来る。こっちにも、相手にも好都合という訳だな」

 劉備の言葉に姜維も納得するが、ジエジンがそう許してくれるとも思えなかった。例え許したとしても何か策がある気がする。

「……ええ、一応はその通りなのですが、この世界はジエジンの世界。私達は不利な状況で戦わなければなりません。ジエジンは燃え盛る火を武器に、私達は簡単に燃える藁を武器に……力関係を例えるなら正にそれですね」

「此処は相手のシージエ。つまり、何をしようとジエジンに悟られる。そして相手は此処で何でも可能――そう考えても良さそうだな、元姫殿」

「ええ。姜維殿、その通りよ。ジエジンは所謂指揮官で、私達は追い詰められた敵。撤退への道も閉ざされ、降伏すらも許されない。私達に残されたのは死あるのみ。……敵中突破なんて無策で突っ込めば殺される。かといって撤退すら出来ない。私達は策を考え、突破するしかないの」

「そのための策はあるのか?」

「そのためには私の情報を全て伝えるわ。劉備殿と、あなた、そして私でこの世界を突破出来る情報を……。策は、あなたと、劉備殿の見せ所ね」

 兵を率いて戦場を駆け回っていた劉備殿、そして北伐を行っている姜維殿の力を合わせれば出来ない事はないわ――と、元姫は自信を持ち、右胸に手を沿えて告げる。確かに、その通り。負ける気はしないしそのつもりもない。


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