結晶の囚人~業火よ、高く燃え上がれ~
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こんな風に戦うのは何年ぶりだろうか。此処に己の軍師である法正が居たならば止められるだろうなと思ったが、そもそも法正なら此処へ至る前に確実に止めてくる。今日は彼が不在で良かったと心底思った。戻ったら法正に遭遇するという事態にさえならなければ問題は無い。ああ、あと諸葛亮にもバレたくはないなあと思いつつ、劉備は二振りの剣を己の顔の前で十字にして核から繰り出される氷の猛攻を防いだ。鋭利に鋭くとんがった刃のように向かってくる攻撃を防ぎ、数歩後退する。
眼前には白い人物が立っていた。顔、瞳、髪――何から何まで真っ白。人間離れした存在がそこに居た。劉備もそれなりの不可思議に触れてきたが、こんな事は久し振りである。いや、初めてかもしれない。劉備の後ろに瞬時に回った核。触れられる前に振り返り、相手の右腕を斬り落とそうと剣を振り下ろすが肉が固く、刃が通らない。核の腕からは紫色の血が滴った。核は口を開き、喉の奥から刃を突き出す。射出されるも顔を左に逸らし脳天を貫かれるのは避けた。だが頬を掠り、血が滴る。相手の腕から剣を抜き劉備は距離を取った。パキパキパキ、と軋んだような音を立てて傷口が僅かに凍る。
瞬きの間で核は消える。いや、上だ。上を見上げれば無数の氷の剣。快晴の空を覆い尽くすように刃が溢れていた。
「これは、少々……無理があるだろ」
少し昔の口調が出るのを感じながら、頭上に刃の雨が降り注ぐ。二対の剣で氷の刃を弾き、折り、左右へいなし、攻撃を防いでいく。骨が千切れそう、肉が裂けそう、そんな気持ちになる。こんな気分は曹操に追い詰められた時以来か。剣の雨が止み、息を切らしては核を見据える。何百、何千、何億という刃が己の周囲に突き刺さり、散らばっていた。流石に無傷という訳にはいかなかったため、脇腹や脚、腕には刃が刺さる。それを手で引き抜いた。
「Kohsy」
聞き取れない単語、異国の言葉を発され、核は頭上に右手を伸ばす。敵が未知数な以上攻撃を仕掛ける事は不可能だ。それに、己は囮、無駄に体力を消耗する事はしたくない。
頭上には再び剣の空。先ほどより多いのがわかる。防がれるのなら防ぎきれない数を降らせばいいと思ったのだろう。確かにその通りだ。
しかし、核は人間をナメ過ぎている。劉備は静かに微笑み、剣を下ろした。
「核よ、我が息子の妻を解放してはくれないか。我が息子の妻、哀姫は……我が義弟の娘。私にとってもかけがえのない娘なのだ」
「――Nhet」
否。そう言っているのは感じ取れた。核は劉備の前に立ち、口を開く。
「mehy phantom lohe loeh loel」
核は一歩足を踏み出し、そして手を振り下ろした――。
瞬間、東から噴出した巨大な火柱によってそれは全て溶け、かき消されていく。火は周囲一帯を包み込み、劉備と核を閉じ込めた。
「――どうかしら、蒸し焼きされる気分は。まるでサウナでしょう? ……いえ、ジャンヌダルクの気分かしら」
後ろから現れた元姫は静かに、ゆっくりと劉備の横へやって来る。そして劉備を見上げては拱手し「遅れてすみません、準備に手間取りました」と謝罪を見せた。
「いや、構わぬ。よくやってくれた」
「お褒めに預かり光栄です、劉備殿。此処からは私の役目、必ず果たします」
元姫は二歩前へ出ては、地面に膝をついて汗を滴らせている核を見下ろした。核は苦しそうに顔を歪めている。
「Het」
「あなたの我が儘に答えるつもりはないの。……あなたを解き放ったのは私の我が儘。そして回収するのも私の我が儘。自分が酷い神器なのは百も承知。恨まれようと、蔑まれようと私は世界のためにあなたを回収するわ」
「Liyke」
「悪さはしない。そうね、あなた達核はそうやって神器を騙す。――あの子もそうだった。けれど、劉備殿を、姜維殿を傷付けたあなたを私はどう信じればいいのかしら。信憑性も、信頼も、信用もない」
あなたが信用に値する核なら私はあなたという存在を神に告げて、この世界で一つの生者として解放したでしょうね。元姫は淡々と、表情を変えず言葉を紡いだ。黒い瞳に炎を映し、彼女は表情を崩さない。その瞳には決められた意志があった。
「――我不会原谅你」
許さない。核はそう告げ、元姫の懐に入り手を伸ばす。劉備は瞬時に二対の剣で相手の伸ばされた右腕を斬り落とし、核の脇腹を右脚で蹴り身体を吹っ飛ばした。核は開拓地の外へと勢いに従い直線に宙を飛び、炎へ身体が向かって行くが己の背中に凍りの壁を作り勢いを殺しては、炎と僅か数センチのところで耐えた。足下の地面には亀裂が入っている。相当踏ん張ったようだ。こちらを見据える核に、劉備は元姫に背を向け敵意を向ける。そして、核は砂埃を起こし地面を抉るようにしてこちらへ吹っ飛んでくる。が、中央付近、劉備との距離僅か一メートルの地点で東と西から再び火柱が交差する。確実に核を殺すつもりなのだ。劉備は少し心が痛んだ。いや、甘い事を言っていられない、国の、大陸の、世界の存亡が掛かっているのだ。
「が、ァ……ッ」
完全に弱っている。これ以上はやる必要が無いのではと視線を元姫に向けるが、彼女は一歩も動かなかった。徹底的に叩き潰すつもりなのだ。これは戦に似ている。
火柱が消え、炎の中に居たはずの核も消えた。何処へ――と周囲を見回した矢先、眼前に突如姿を現した核の指が迫る。劉備は元姫に退かれ距離を取るも、核は不屈の精神で劉備へ迫る。これでは元姫が危ない。劉備は彼女を肘で軽く突き飛ばし、核の猛攻を待つ。きっと、そろそろやってくる。
再び火柱が核目がけて噴出されるも核はそれを避け、劉備へ左手を伸ばした。が、火の気配を感じ取ったのか後退する。それこそ罠だった。東西南北、この土地を火の壁が囲み、火は空へ燃え盛る。そしてその壁の中から、四つの火柱が彼を囲むように直線に噴き出す。
「灼熱の味はどう? 私が少し炎に力を加えたの。これであなたはそこから出られない」
「Dg tohrl dogma」
「“だが、捕らえる事も出来ない”って? ええ、そうね、そのままならね。だから、最後の交渉よ、氷の核――ジエジン」
外を知りたい、生を得たいのなら私と契約しなさい。人の平和と、世界の平和を守ると。そうしたら私はあなたを生かしましょう。私も鬼ではない、ただ人の世界を乱すあなた達を鎮めたいだけ。
元姫は眉一つ動かさず、怜悧な声色で淡々と炎の中の核、ジエジンに呼びかけた。だが彼から返ってきた言葉は。
「否」
「そう、ならそのまま朽ち果てて私に回収されなさ――」
瞬間、炎が揺れる。劉備達の方へ流れ、劉備は元姫の手を掴んでは後退した。元姫は眉間に皺を刻んでは顔を僅かに歪ませる。「炎には私の力が込められています。ジエジンはそれを干渉し、逃げ出すつもりなのです」と。ならば急がねばなるまい。
「でも、問題はないだろう」
「はい、問題はありません」
北から何かが駆け抜ける。火柱の中に何かが突っ込み、火柱はジエジンによって干渉され炎の大海へ変化する。その中で胸を背後から貫かれているジエジン。彼は己を貫いた原因へ目を向けた。
「私の存在を忘れてくれて感謝するぞ。核よ」
「う、うう、ッ、うううううッ」
核、ジエジンは茶髪の好青年――姜維を見ては酷く顔を歪ませた。そんな彼とは対照的に姜維は瞳の中に笑みを見せる。顔は相変わらず無表情のままだが。
「核――いや、ジエジン。貴様はこの私が討ち果たす。我が蜀漢の平和のために」




