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姜伯約の北伐政策  作者: はくりなのい
第一章 劉玄徳の防衛戦線
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結晶の囚人~神の如き、いや、神様~

「む、姜維に元姫殿。どうしたのだ、こんなところで」

 劉玄徳――職の人間にとってはカミサマそのもの。蜀という国をたった農民の出から打ち立てたお方。やって来た劉備に、姜維は左手で右拳を包み跪いて礼をし、劉備は軽く手を出してそれを制止した。

「主公をお待ちなのです。劉備様はどちらに?」

「私か? 私は西の料理屋の娘のところで饅頭を作って来たのだ。彼女の父が病で倒れたと聞いてな。趙雲と法正と共に行ってきた。大繁盛だったぞ!」

 あ、これがその時に頂いた饅頭だ。二人とも疲れているだろう、食べなさい。劉備が持っていた小さな包みから一つずつ饅頭を貰い、姜維と元姫は礼を告げる。

「劉備様、またそのような事をなされて……。あなたは帝位を退いたとはいえ、先帝なのですから自覚を持って頂かないと」

「姜維……おぬしは困っている人が居れば助けるだろう? 私も彼女を助けたに過ぎん。それに先帝と言っても私はもうただの民だ」

「民全員に崇められている民はいません、劉備様」

「皆私を神格化し過ぎだと思うのだが。なあ、元姫殿」

 いや、元姫殿は相変わらず別嬪だな。うん、今日も美しい。劉備はそう告げては彼女を抱き締める。元姫も流石に断れないのか劉備に抱き締められ、少し頬を紅潮させていた。恥ずかしいのだろう。これがもし、ただの中年男なら姜維はその男を弾き飛ばしているが、絵面的にも美男美女の絵面だ。そもそも基本的に接触の激しいお方である。疑問は持たない。

「ほら、そんな別嬪な元姫殿には私が何でも言う事を聞いてあげよう。禅へ特別取りなしてやってもいいのだぞ」

 劉備の言葉を聞き、姜維は改めて劉玄徳という人間を認識した。先帝と言えど、一度帝位を退けば皇帝を補佐する立場でしかない。そのため親でも息子である皇帝には逆らえないし、謁見も難しくなる。皇帝の代理をする事もあるが、基本的には皇帝がするまでもない雑務をこなすのが皇帝代理、先帝の役目だ。彼が皇帝の頃は、彼が初代であったためそういうものはなかったが。

 そうつまり、劉備は己らの事を案じて来てくれたのだ。元姫は劉備から解放されると、姜維と視線を合わせて頷き、核の事を一字一句漏れずに説明する。劉備は、昔からこういう信じられない出来事に遭遇してきたため、核の事を隠す必要はなかった。法正曰く「昔から不可思議な事に導かれる王の器」だとか何とか。

 全てを元姫は劉備へ話し、彼は口元に手を添えて目を伏せる。こういう姿が絵になるのは眉目秀麗な人間の特権だなと思った。

「なるほど。元姫殿は人間ではなく神の代行者で、その元姫殿が放ってしまった核を回収しないと蜀どころかこの中国大陸が滅びる可能性があると」

「はい、それで陛下に謁見し、いざという時のためにも兵を動かす許可を頂きたいのです」

「……わかった。二人とも、少し着いて参れ」

 劉備は踵を変えて歩き出し、姜維は疑問で脳内を占め劉備の後を元姫と共に着いて行く。途中で兵士に教育中の関羽と張飛に会い、挨拶し、彼らに見送られ城内へ入る。広大な城内を歩き、やって来たのは男子禁制の後宮だ。異常事態の時以外は男子が入る事は許されない。そして辿り着いたのは絢爛豪華な一室。室内の前には武装した女官が四人立っていた。此処は劉禅の妻である哀姫の寝室。女官達は劉備を見ると、すぐに扉を開ける。

「うっ」

 瞬間、身体の奥底まで冷やすほどの冷気が溢れてきた。息も目に見えてわかるほど白い。劉備が歩み出したため、姜維は元姫と共に室内へ入る。そして、有り得ない光景を目にした。

「な……ッこれは……」

 部屋は驚くほど寒かった。平服ならともかく、武官の服を纏い何重にも重ね着をしている姜維でさえ底知れぬ寒さを感じる。劉禅が哀姫のために用意した絢爛豪華な室内は、調度品を含めて見事に凍り付いていた。倭国の邪馬台国から取り寄せたという床の絨毯も、邪馬台国の女王から頂いた貢ぎ物も、何もかもが凍り付いている。戦で行った事があるが、涼州の寒さとそっくり、いや、それ以上かもしれない。何より寒さが痛い。

 寝台には綺麗な女性、哀姫が眠っていた。その横には劉禅が不安げに見つめている。劉備は劉禅へ声をかけると劉禅は力なく笑った。

「おお、父上。姜維達と一緒なのですね」

「うむ、お前に会いたがっていたから連れて来たのだ」

「ああ、すみません。哀姫を見ていたら忘れていました」

 友人との宴会はただの口実か。姜維はすぐにそれを理解し、劉禅と目が合えばすぐに右拳を左手で包み一礼をした。

「主公、これは……」

「……私もわからんのだ。突然、哀姫が死体のように冷たくなってしまってな。部屋もこのようになってしまった。そのため父上に町で情報を集めて貰っていたのだ。父上はこういう、非現実的な事には詳しいゆえ」

「じゃあ宴会というのは……」

「ただの嘘だ。すまぬ、姜維」

 核だ。すぐにわかった。劉禅は寝台の傍から離れ、軽く息を吐いた。姜維は自分の服の帯紐と帯を緩め、上衣を一枚脱ぐと劉禅の肩へかける。長くこの部屋に居たのだろう、耳が赤い。姜維は服を正し、寝台の傍に膝をついた。

「核ね」と元姫は腕を組んで淡々と発した。核に取り憑かれている、核の力の源となっていると。それを部屋に入る前、いや、城に向かっている時に言わなかったのはわからなかったかららしい。核が元姫から哀姫を隠していたのだ。

「どうして皇后に?」

「核は総じて地位の高い人間に取り憑く傾向がある。もちろん、農民や平民に取り憑く事もあるわ。でも位の高い人間に取り憑いた方が楽なのよ、核からしたら」

「何故?」

「影響力がある。取り憑くだけで国を乱せる。国家を傾ける事さえ可能よ。……だから最初は劉備殿に取り憑こうとしたのだと思います」

 疑問を抱く劉備に元姫は「だけど核は出来なかった。劉備殿に取り憑けなかった」と話す。

「劉備殿は神と崇められている存在。蜀漢では仙人達よりも徳が高く、劉備殿が存在するだけで民や将兵は命を捨てようとする。――そして核は神に仕える神器から生まれた存在。神器は神の代行者であり、仕える存在でもある」

 姜維は数秒脳内を巡らせすぐに理解する。

「劉備様が神に等しきお方だから、神と同等だから取り憑けなかったという事か」

「その通り」と元姫は小さく頷き白い息を吐き出した。己の主と同等の存在に取り憑く事は神に反逆する行為。それを核は望んでいない。

「元姫殿、なら何故劉禅に取り憑かなかったのだ?」

「劉備殿、それはですね、皇帝陛下だからです。皇帝に取り憑けば国は回らなくなる。滅亡をしてしまう可能性もある。核は滅亡させたい訳じゃなくて、ただ国を傾けて遊びたいだけ――そういう性格をしているの、核は」

 静かに、怜悧に、元姫は呟いた。己の感情が出てしまった事に元姫は謝罪し、瞳の中の冷たさをひた隠した。

「ふむ。よくわからないが……哀姫はこのままだとどうなるのだろうか?」

 劉禅は間延びした、緊張感のない声で哀姫を見つめる。姜維は哀姫に軽く右手を伸ばせば、手が指先から鎖骨まで凍り付いた。劉備に手を引かれ、心臓まで凍り付く事は回避する。

「触れようとすれば姜維殿の腕のように凍ります。つまり、皇后はこのままでは核の温床になり、死に至るでしょう」

 元姫は姜維の右腕を掴む。すると熱が伝わり氷は全て溶け落ちた。元姫の言葉を聞いた劉禅は笑みを消し、不安げに崩れ、その場に座り込んだ。

「だが核を捕まえれば皇后は助かる、そうだな、元姫殿」

「ええ、だけど残された時間は少ないでしょうね。……あなたを襲った氷使いの核――人を温床としているのなら、心臓に達する前に回収しなければ皇后陛下は死に至る」

「そうか」と姜維は寝台の横から立ち上がり、崩れ落ちている劉禅の前に膝をつけば彼の手を握り締めた。十以上も離れた皇帝の手を。

「劉禅様、ご安心を。この姜維、必ずや皇后をお救い致します。皇后陛下はこの国の宝、亡くすなんて事あってはいけません」

「姜維……出来るのか?」

「核を知り尽くしている元姫殿、そして武官の私が居ます。必ずお救い致します。……私が嘘を吐いた事ありますか?」

 そう告げると劉禅は小さく微笑みを漏らす。流石親子、笑った顔は劉備そのものだった。

「そうだな、そなたはいつも有言実行だ。必ず戦にも勝って、どんなことがあろうと自分を曲げない。……ありがとう、姜維」

 姜維は劉禅を立たせると、彼の手を離す。


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