0日目(3)
大まかな話を聞き、遂に問われる。
「では勇者よ。名を聞こうではないか」
──それが世界を救う勇者に取る態度か?とは思ったものの、王という者は国の絶対的君臨者。勇者とはいえ、下手に遜る訳にはいかない。という事にしておこう──
「俺は──アリス・リーヴァ・レン。レン、と呼んでくれ」
少しの逡巡の後、同郷であれば明らかに偽名と分かる名を名乗った。
アリスは、そのまま。リーヴァは川。レンは今考えた。
意味は、無いかもしれない。俺の中の知識が、「魔法がある世界で本当の名を名乗るのは危険」と言っていただけだ。本名は真名と言い、知られると不都合がある。といったもの。だが、そもそも真名とは何だ?
いや、今はそんな事を考えてる場合ではない。隣の彼女に目を向ける。その時。
「私はエリーシア。エリーとお呼びください」
芯の有る声で、彼女はそう、名乗った。
ここで、俺は初めてエリーシアと名乗った彼女を──この世界に来て、初めて何かを──しっかりと、観察た。
偽名の証明と思しい、地毛であろう漆黒に染まった艶の有る髪。それは腰までかかる程長く伸ばされ、まるで仮面の如く顔をも隠す。けれど、髪の合間からでも分かる端正な顔立ち。学徒を意味する、正しく綺麗に着飾られている制服。服の上からでも分かる、細くも整えられた体躯。飾り気が無くとも、先程は微塵も感じられなかった凛とした雰囲気が、其処には在った。
気取られぬように、しかし視界の端では彼女を捉える。言い表せぬ不可思議さを彼女から感じ、俺はそれに魅入られていた。
その後の王や大臣の言は、話半分に聞き流した。…まあ、そうでなくてもあまり話は聞いていなかっただろうが。
そして、話は最終局面に入る。ここまでは、前座だ。
「選ばれし勇者よ。見事魔王を滅し、この地に平穏を取り戻してくれるか?」
ここで、ただの一般人は断る所だっただろうか。それとも、喜々として引き受ける所だっただろうか。若しくは、保留する所だっただろうか。だが、最初からその答えは決まっている。俺の選択に後悔は無い。俺は──
「分かった。あんた等がそこまで持ち上げるのなら──俺はこの手で今を脅かす絶望を滅ぼそう」
そう、答えた。
「私も、彼と一緒に征きましょう。来たる時には、この身を以て──」
彼女も、続いた。
これが、この世界に来てから最初のイベント。0日目の話だった。
この時の言葉に隠された本当の意味は、誰も知らない。
──それは、俺とて例外ではなかった。