0日目(2)
「んぅ…っ」
覚悟し、体を揺するなり軽く叩くなりして起こそうと手を伸ばしたその瞬間。漏れ出るような、ソプラノの声がフロア内に響く。
条件反射。戦闘機もかくやといった速度で手を引き戻す。さて、ここからどうするか──
目を覚ました眠り姫は、瞼を擦り目を開き、周囲を確認する。尚、この間俺は無音で数歩引いていた。
「ここは…」
呟きながらも自身の身柄と周囲をきょろきょろと目を移す。後に、目が合う。
さてこれがラブロマンスなら恋が芽生えても不思議ではない場面だが、事情が違う。彼女もどうやら自分に起きた事を把握してるのか、同じ不幸に見舞われた虜囚を見つけた喜びから──特に根拠は無いがそう推測した──その顔には心なしか安堵の表情が刻まれていた。
「一応聞くけど、君はこの状況を理解してる人?」
「いや、俺も何が何だか」
そう言って、自分が同士である事を主張する。仲間を増やす事は悪い事ではない。
「そっちも、魔法陣で?」
床の現物を軽く叩いて示しながら、尋ねる。
「うん、ていう事は君も?」
ああ。と、頷き首肯する。
そして、待ち望んだ情報交換。お互いの知ってる事。経緯。諸々の事を話す。
結果。彼女も同じ状況で、大体同じ経緯だったのが判明。突然魔法陣が表れ、此処に拉致。
結論。未だ答えを出すに能わず──なんせ、学生以外の共通点が見出せなかった──無作為抽出、という事にしておいた。
とりあえず、この不気味な部屋から出よう。そう提案する彼女。否定材料も無し、その案に乗っかろうと立ち上がった時。
ゴォン──と、何かの音。
音のした方向へ向くと、炎のような色の光を背負いながら何人かがこの部屋に入って来るのが目に入った。先程の音の正体は扉の開く音だったらしい。
人数は、八。ファンタジー物で見るような、神官然とした者をセンターに、兵士と思わしき武装した集団を引き連れていた。
察した。これで先程挙げた2のパターンなのはほぼ確定と言っていい。そして、この場所も恐らく王宮の類である可能性が高い。
理由は、中央の男の華美具合、兵士を連れている事、武装に国章らしき刻印がある─神に纏わるものの可能性は捨てきれないが─等。だが、あくまでもこちらの常識で考えた推測である為事実は違うかもしれない。
そんな考えをその集団がこちらへ来るまでの間巡らせていた。
あ、そういや名前聞くの忘れてたな。隣で連中を見据える彼女を横目にそんな事を思う。
集団の足が止まり、神官然の男が口を開く。
──貴殿等は、勇者選定の儀に選ばれた──
開口一番に、そう告げられた。
そして、詳しい話をするために場所を変えるのだと。俺たちはその場から連られ玉座の間へと通された。
これでもかと豪華に飾られた内装は、威圧感を放つ。煌びやかな玉座に座する王は、確かに威厳を放っているように見えた。
「よくぞ参った。勇者たちよ」
曰く、俺達2人は勇者として召喚された。
曰く、この世界は事実上魔王に支配されている。
曰く、理が異なる世界より来た俺達は祝福を授かっている。
曰く、その力でこの世界を照らす光と成れ────
異界の人間を拉致した暴虐な権力者の口から放たれた言葉は予想を裏切らず、想像通りで想像の及ばぬ、有り得ない程ありきたりなものだった。