epilogue ─彼と出会った、私の物語─
これは、「彼」ではない、「私」が主人公の、お話。
私は、平凡的な家庭に生まれた。
普通の両親の元、健やかに育てられた。
凡そ平穏に、凡そ平均的な16年を過ごした。
至って普通の、異端な人間。
超能力、とでも言えばいいのだろうか。
私には尋常でない事が出来た。
それは、実によくある話で────私には、人の心が読めたのだ。
自分で言うのも変な話だけど、多分私は聡い子だった。
「それ」に気付いたのは、十二の頃。
声を、感じたのだ。音ではなく、頭に直接響く感覚。
全く違う声がステレオで聞こえる、酷い違和感。
否が応でも響く、聞きたくも無い声。
それでも私は、何も聞こえていないよう振る舞った。
それでも矢張り、限界はある。
聞きたくも無い声を無視するのも、知りたくも無かった本性を知るのは、苦痛だ。
高校に入学して新しい人間と出会って、私の精神は擦り切れていった。
疲れ切った私は、自ら命を絶つ事にした。
然し、死ぬにしてもそれなりの覚悟がいる。
新しい事や、未知の物に挑戦する時、人は緊張するのだ。
ロープで輪を作ったけど首を通せなかったり、ナイフを買ったけどそのまま持ってるだけだったり。
そんな愚図愚図していた日、転機は訪れた。
「心の声が聞こえる」と言う事は、周りの目が自分の目になっている。とも言える。
かっこ良く言えば、危機察知能力に優れてる。って感じ。
まあ、外なんかは五月蝿過ぎて、あまり効果は無いけれど。
それでも、役に立つ時はあった。
簡潔に言えば、私はトラックに轢かれた。
正確には、轢かれかけた、だけど。
子供がボールを追って車に轢かれる。なんてのは良くある話だ。
それを庇った方が、重傷で死ぬ、なんてのも、良くある話。
つまりは、私がそうなった。
それは、学校からの帰り道。
頭の中に響く、大勢の「危ない」の声。
見れば、車道に出ている子供。近づいて来る、トラック。
私の身体は勝手に動いていた。
それが良心か、正義感か、自殺願望か、どれから来たのかは分からない。
それでも私の身体は前に出て、子供を助けていたのだ。
同時に思った。これで、死ねると。
神が見兼ねた故か、それとも悪魔が見兼ねた故か。
トラックに轢かれる寸前、私の身体は変な魔法陣に包まれているのに気づいた。
訳の分からないまま、そこで私の世界は暗転した。
次に目が覚めた時、なんだか良く分からない場所と、「彼」がいた。
状況が不明だったので人がいたのは有り難かった。少し安心した。
それと同時。そうか、私は死に損なったのか。と、酷く落胆したのを覚えてる。
「彼」は、なんだか不思議な人だった。
興奮してるようで、高揚してるようで、でも達観してるようで、此の世全てを憎んでいるようで──
なんだか、可哀想な人だな。と感じた。
「彼」は、抜け目がないのか冷静なのか、落ち着いて状況の整理をしてた。
私と話してる間も、状況を精査してる感じだった。ある程度の察しはついてたみたいだけど。
私もこの時は、既に死ぬ気分ではなくなっていた。
昔読んだネット小説みたいで、少し浮かれてたのかもしれない。
少しして、何人か人が入って来た。
声がまるで聞こえなかったから、逆に違和感があった。
「彼」の声は聞こえるから、もしかしたらここの人達は違うのかもしれない。と、少し期待した。
現実は違った。心の声は、当たり前のように聞こえた。
それと同時に、知ってしまった。
もう、この城にはあの騎士の男しか、生存者がいない事を。
その肝心の男も、残り僅かな命な事を。
「彼」が抱く復讐心も、晴らすべき思いも、虚しいだけという事を。
だから私は、一度捨てたこの命を、「彼」の為に使おうと決めた。
そして私は、エリーシアと言う別の『私』を作り上げた。
ある日、「彼」が聞いてきた。お前は、此処を出たいか。と。
別に私はどうでも良かった。でも、「彼」が味方でいる事を望んでいたから。
『私』は、彼の味方でいようと決めた。
「彼」は、とても用心深かった。
会話は、分からないよう基本的に自分の世界の言葉での筆談。
場所は、魔法か何かで監視されている場合を考えて、「彼」のベットの上。
息が当たる程近い距離。でも、そこには甘い雰囲気も、感情も無かった。
やがて、明日決める。と、「彼」は言った。
計画の内容も、知らされた。
多分、殆どが無意味だろうなと、私は思った。
「彼」が、初めて人を殺した。
何も知らない人間が見れば、酷く冷酷で自分勝手な人間だと、評価するだろう。
何故なら、「彼」のその眼は正しく、視線だけで人を殺せそうな、凍えた瞳だったから。
だけど「彼」は自覚してた。自分が身勝手である事を。
「彼」は知っていた。この復讐が虚しいだけな事を。
「彼」は理解してた。既に自分が、最早戻れぬ事を。
だから『私』はこの時、「彼」が狂ってしまわぬよう、傍に居続けると誓った。
「彼」は、勇者であり続けることを決めた。
『私』はそれの、手助け。
二人で始めた旅は、過酷で厳しい物だった。
でも、「彼」が折れる事は無かった。
剣を振るい続けて悪を滅すその姿は、本当の勇者の様だった。
そして「彼」の剣は、魔王に届いた。
お伽話のように、魔王を倒し世界を救ったのだ。
名実共に、勇者と成った瞬間だった。
けど、心は完全に、壊れていた。
終わらぬ復讐、対象の無い憎悪、蘇る罪悪感、存在し得ない逃げ道。
だから『私』は…………いや、私は、「彼」を救おうと決めた。
そして、「彼」は魔王になった。
「彼」が魔王になって、大体一年が経った。
この世界の大部分を掌握した、と配下の魔人が報告して来た。
「ねえ、これからどうするの?」
「そうだな、多分、連中は勇者でも召喚するんじゃないか?」
何でもない事のように彼は言った。
実際、否定は出来なかった。もうこの世界に、「彼」を超える人間はいなかった。
英傑も、英雄も、全てを返り討ちにした。
世界を救った勇者は、世界を滅ぼす魔王になっていた。
その夜、「彼」は自室で星を眺めていた。
「……月が、綺麗だな」
この世界には、月も太陽も、変わらず存在した。
「それって、愛の告白?」
「いいや?」
もしここで「彼」が私を求めていたなら、多分私はそれに応えただろう。
でもそこにはきっと、愛は無かったとも思う。私達は、そういう運命では無かったから。
「…………俺はね、この世界が大嫌いなんだよ」
こちらを見ずに、「彼」は語った。これまでの話を。自分の心を。
私はそれを聞いて、一言「知ってる」と、答えた。
この遣り取りも、今日が初めてという訳じゃない。「彼」が迷った時や悩んだ時、苦しんでる時、決まってこの話をするのだ。
「この世界に復讐すれば、何か変わると思った。罪悪感も、消えると思った。でも違った。虚しいだけだった」
笑いながら悲しい顔をこちらに向けて、「彼」は言った。
「彼」が何を求めているか、私はもう、気付いていた。いや、聞こえていた。
「そっか」と一言、私は「彼」に歩み寄った。
隣に並ぶ。あの日と、同じように。
「覚えてる?私が、貴方の傍にいる。って言ったの」
返事は無くとも、構わず続ける。
「本当はね、止めて欲しかったのは知ってた。でも、私は君を救いたかった。君が壊れてしまうのが、見ていられなかった」
懐を探る。終ぞ、使う事の無かった物。
「だけどね、もういいんだよ。もういいの。……君の本当の気持ちは、最初から分かってたから」
私は、「彼」を抱きしめるように腕を回し────心臓を、ナイフで貫いた。
「彼」は抵抗しなかった。その凶器が見えていても、動じなかった。
「……せめて、お前の手は汚さないように、気を遣ってたんだけどなあ」
「彼」は笑って言った。事実この三年間、私は人を殺めた事は無かった。
「知ってたよ。君のそういう気遣い、嫌いじゃなかった」
「そこは好きって愛の告白とかが入るもんじゃないのか?」
「それは無いよ、だって、この物語はラブコメじゃないんだから」
それもそうか。と、笑う二人。
「ねえ」
「何?」
残された時間は、僅か。
「君の本当の名前。聞きたいな?」
そう言えば、確かに名前聞いてなかったな。と、「彼」が言う。
「俺は…………刀夜。そう。有栖川刀夜だ」
思い出したかの様に言う。実際、三年間も使わなかったのだから、忘れていても仕方ない。
「お前は?どうせ、そっちも本名じゃないんだろ?」
「私はね、江里詩音。……よろしくね、刀夜君」
「今更、って感じだけどな……よろしく、詩音」
手を出し、初対面かのように握手を交わす。
「……ああ、なんだか眠くなってきたな」
「きっと、疲れたんだよ。子守歌でも歌ってあげようか?」
「いらないよ。この歳になって……ああ、ていうか俺、もう二十歳か……」
「あ、そうだったんだ?じゃあ、私の一個上だね」
それは初耳だ。まあ、今更年を気にしても仕方ない。
「先輩の胸にナイフを突き刺すとか、酷い後輩だな?もっと先輩を敬えよ」
「でも刀夜君、そんな感じしなかったじゃん?ていうか、愛想悪いし」
えっマジ?と驚いた様子の彼。自覚無しだったのか。
「そろそろ限界かな。視界がボヤけて来た」
「……そっか」
終わりが、近付く。
「…………そう言えば最期に一つ、やり残した事があった」
何?と尋ねると、耳貸せ。と、手招きで返される。
もう声も出ないのかと、不安になる気持ちを殺しながら顔を寄せる。
「あの、さ…………」
「なに、っ────!?」
逃げられぬよう頬を掴まれ、塞がれる唇。
ファーストキスは、血の味がした。
「……はは、ファーストキス。この歳で未経験とか、恥ずかしいだろ?」
悪びれる様子も無く彼は言った。
「…………ああ、もう限界かな…………じゃあ、な。詩音。……来世で、会ったら……よろし、く……」
捨て台詞を残して、彼は、眠った。
「……この、セクハラ男。私も、初めてだっての」
私の瞳からは、自然と涙が零れていた。
泣いているのか、私は。
それに気付いた時、私は声を挙げながら泣いていた。
多分私は、彼に惹かれていたのだろう。
その矛盾さに。その脆さに。その切なさに。
だけど、私と彼は交わる運命にはなかったのだ。
私は私自身の人生での主人公で、彼は彼自身の人生の主人公なのだから。
そこには、ヒロインも、ヒーローも、無かった。
その結論に辿り着いた私は、一層強く、泣いた。
それでも私は、きっと、心の底から、彼を愛していたのだ────
後に残ったのは、冷たくなった勇者が二人。
互いを抱きしめるよう、眠っているよう、死んでいた。




