794日目、日食
一刀振るえば一を断ち
二刀振るえば十の首が飛ぶ
三刀振るえば百の敵を灰燼に帰す
一騎当千のその姿はまるで、疾風迅雷が如く────
そんな力を身に着けて、俺は只管に戦いを続けていた。
次々と現れる障害を跳ね除け、また次の標的を滅ぼす。その繰り返しは、終わらない悪夢の様だった。
だが、物事に永遠は存在しない。何故なら、久遠の果てには、終焉が在るのだから。
「初めまして。かな?僕の名前はデモノック。知ってると思うけど、一応ね」
異様なまでの重圧を放つ男は、漆黒の外套を棚引かせながらそう名乗った。
百人に問えば、百人が同じ答えを出すだろう。
『この男こそが、魔王だ』と。
あれから俺は勇者として、その責務を果たそうとしていた。
数多の魔物を、滅ぼして。
立ちはだかる魔族を、殺して。
邪魔する国々を、滅ぼして。
時には人間を、殺して。
そうやって積み重なった屍の上を、俺は歩いていた。
これは、引けぬ戦い。
これは、奪った命に対する贖罪。
これは、遍く全てへの、救済。
だから。
「出会って早々で悪いが、お前には死んでもらう」
アズラエルの如く告げ、剣を抜く。
今まで滅ぼした様に。今まで殺した様に。
同じ様に、殺すのだ──
「残念。久し振りに人間に会えたんだから、もう少し話していたかったんだけどね」
肩を竦める魔王。その右腕は、邪悪に満ちた気を纏っていた。
構えたまま、一挙一動を見据える。
勝負は、一瞬で片が付く。
長引けば死ぬのは、経験からの話。故に、刹那に全てを灯すのだ。
一触即発、嵐の前の静けさ。
どちらからともなく、動く。タイミングは全くの同時だった。
爆発のような2つの衝撃音が響き渡る。
弾丸の如く飛び出し、互いの初期位置の中間点で激突する。
激突の余波で、突風と衝撃波が巻き起こる。ここがただの平地であれば、クレーターが出来ていたであろう威力。
煙が晴れ、二人の姿が現世に映る。
──その刃は、魔王の心の臓を貫いていて。
──その腕は、紙一重で虚空を穿っていて。
勝敗は、誰の目から見ても明らかだった。
「…………強いんだね、君」
心臓を穿たれた魔王に、最早抗う力は無く。血を吐きながらも、眼前の死に戸惑う事無く語りかけてきた。
「お前を殺す為に呼ばれたんだ。だから殺しに来た。お前くらい、訳無いさ」
吐き捨てるように言い、剣を引き抜く。矢張り刃は、朱く血に塗れていた。
「そうかい」
魔王は笑って言った。
「最後に一つだけ、聞いていいかい?」
友人を相手するかのような、気安い雰囲気がそこにはあった。
強者故の余裕か、人柄の成せる技か。だが、それは些末な事だろう。
「答えられる範囲なら、何でも」
核は完全に砕いた。虫の息たる魔王に不意討ちは出来まい。慢心でも油断でも無く、事実からの余裕だった。
最早、この男は驚異の対象では無い、俺に刃は届かない、と。
然し、後に続いたその言葉は──
「それで、君は満足か?」
──勇者一人を殺すには、十二分だった。
「……!」
俺の反応を見た悪魔は最期に、口元を歪めて、確かに嗤っていた。
魔王はそのまま勝ち誇った顔で、魂ごと肉体と共に塵となり、消滅した。
後には、証拠品の如く魔王の着けていた外套だけが残されていた。
「終わった、ね」
一連の戦いをずっと見守っていたエリーシアが話し掛けてくる。
「ああ、そう、だな……」
静寂が場を支配した。
その場を動けないのは、満身創痍故では無く。
言葉が出なかったのは、勝利の余韻故では無く。
俺は、魔王の最期の言葉を反芻していた。
それで満足しているのか。と。
思い当たるのは、これまでの決意。
勇者としての責務?
違う。
引けぬ戦い?
──違う。
奪った命への贖罪?
────違う。
魔王を殺す為?
──────違う。
これは、そう。
俺の、自己満足だ────
責任感なんて無い。
────ただ逃げたかっただけ。
引けなかったんじゃない。
────後ろを向くのが怖かっただけ。
生命への贖罪?救済?
────綺麗事で飾りたかっただけ。
魔王を殺す為じゃない。
────これは、腹癒せ。子供の八つ当たり。
そう。矢張り俺の戦う理由は最初から──勝手に呼び出された事への憤慨という理由から──何一つ、進歩していなかった。
俺はただ、それを隠すように耳障りの良い言葉を並べ立てて、自己の正当化をしていただけだったのだ────
だって、そうじゃないか。でないと、俺が惨めで、哀れで、愚かで、滑稽だから。
本当は、あの日からずっと分かってた。
俺は、悲劇の主人公でいたかった。そうじゃないと、自分の愚かさに狂ってしまいそうだったから。
そして、大義名分を失ってしまった今。
自らの手で大義名分を消した、今。
思考が迷走に走り、自己の喪失に陥るのは、当然の結果と言えよう。
どうすればいい?
これから何を成せばいい?
どうすれば、自分を正当化出来る?
終わらぬ、自問自答。問いは、尽きず。対する答えは、皆無。
不毛な自問自答を繰り返す内に、声が届く。
思い出せ、と。
其れは自分の作り出した幻聴か、悪魔の囁きか。
思い出せ、この世界に来てから最初に誓った事を。
思い出せ、この世界に来る前、最後に誓った事を。
思い出せ、自分が本当は、何を成したかったのか────
「なあ」
振り向かずに、背中越しの相棒に声を掛ける。
俺が狂わずにいられたのは、迷った時も、悩んだ時も、何時も、彼女に助けられて来たから。
「……どうしたの?」
何時もと変わらない、いや、平時よりも幾分か優しい声。
「お前はこの後、どうしたい?」
ある種の期待を持って、それと相反する気持ちを持って、俺は問うた。
「そうだね。まずは色んな景色を見たいかな。色んな所に行きたいし、異世界っぽい事を色々してみたいな。今度は一つ一つ、ゆっくりと」
そうだ、それでいい。頼むから、俺を────
「でも、それはいいの。私の一番はね…………貴方の傍に、いる事ですよ」
彼女はそう言うと、背中を合わせて俺に身体を預けてきた。
────止めて、欲しかった。
本当に、いいのか?と、俺は聞く。
うん。構わないよ。と、彼女は応える。
優しい手で、背中を押される感触。
そうか、なら──
落ちていた外套を拾い上げ、その身に纏う。それは汚れも損傷も無く、不自然な程に自分の身体に合っていた。
「──俺が、新しい魔王だ」
誰に聞かせるとも、自分に言い聞かせるとも無く、それは勝手に自分の口から零れ出た。
今日は、世界を絶望に染めんとしていた魔王が滅んだ日。
今日は、新たな魔王が生まれた日。この世界にとって、絶望の、第二幕。
794日目。今日の天気は────日食。
日記を書くのは、今日が、最後。
此れは、異世界へ呼び出された勇者の、魔王に至るまでが描かれた、一人の人間の手記である────
ぬわ疲。という訳で、「呼勇至魔記」は(次のエピローグで)完結です。いかがでしたでしょうか(様式美)
打ち切りエンドっぽい感じですけど、最初からこんな感じの予定でした。いや、長くなるし別に書かなくてもいいかなって…
元々内輪ノリで登録して短いの一本書こうって感じで始めたので、短編以上長編未満で終わらせようって魂胆だった訳です。
まあ、もし次があればこれの続き(?)か別の性癖投げつけるそこそこ長い奴になると思います。
という訳でここまで読んでくださった方、感想下さった方、ありがとうございました。単純な人間なので割と励みになりました。
暇つぶしくらいになれてたら良いなあ、って感じに思ってます。ではまた。
p.s.
余談だけど、この作品で一番書きたかったのエピローグです。雰囲気が大事なのでフライング完結後書きしました。許せ。




