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無関心少女の生存計画  作者: 彩霞
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後編

「エレノア=アン=デルヴァール!! 貴様の数々の蛮行の数々は目に余る。王太子妃としてふさわしくないどころか、将来、妃として国を任せるわけにはいかない。よって、貴様との婚約を破棄することを、ここに宣言する!」


 足首を骨折してから三ヶ月。学園の卒業式の日に、その馬鹿げた事態は起こった。

 険しい顔つきで私をにらんでいるのは、一応いやだけど認めたくないけど婚約者。いや、破棄を宣言したということは、元婚約者か。

 狙っていたのはあるが、ここまで思い通りにことが進むとは思ってもいなかった。


「そして、侮辱罪や不敬罪をはじめとした法に触れる悪行は、本来ならば処刑を言い渡されてもおかしくない。――しかし、被害者である少女はお前を許せと言う。その心根に免じて、本日の日付をもって国外追放を言い渡す。今後、この国に足を踏み入れることは許さない」


 国外追放? え、まじで?

 やったね、条件満たしたどころか、合法的に出て行けるじゃないか。


「あら、そうですの。何のことかさっぱりわかりませんが、一応仮にも認めたくはありませんけれど、婚約者であった私の行動を把握することもできないうえ、このような公衆の前で、しかもおめでたい日に婚約破棄という大それたことをやらかし、あまつさえこの婚約の意味を全く理解もしていなかった愚か者に何を言っても無駄ですね。くだらない茶番に付き合わされるのも、これで終わりと思うと、せいせいしますわ、第一王子」

「貴様……っ、最後の最後まで…! 衛兵! つまみ出せ!」


 イヴァンの声に、私に近寄る気配がした。

 前に回ってきた二人のうち、片方は私を蔑む目をしていて、もう片方は申し訳なさそうな顔をしている。


「イヴァン王太子の命令だ。こい」


 伸ばされる腕をたたき落とそうとするより早く、後ろから伸びてきた手がたたき落とした。

振り返れば、不機嫌を隠そうともしないフェルがいた。黒目黒髪にその場が恐慌に包まれる。


「なんですの、フェル。いいところなのに邪魔しないでくださいませ」


 背後で、息をのむ音がした。

 何がおかしいのだ。興味はないが、認識くらいはしている。


「――今回ばかりは断る。監視がいる上に条件がわからなかったから今までできなかったが、主を解放する絶好の機会なのだ」

「は?」


 思わず素で聞き返したのもつかの間、ぱりん、と何かが割れた音がした。


 エレノアは、さかんに目を瞬かせると、こてん、と首をかしげた。

 取り付けられたあわないネジがとれ、正常に戻ったかのように、思考はまわる。


 おかしい。いや、自分はおかしかった。彼らに従うと決めたあのときから。

 考えられることはただ一つ。


「――あぁ、そういうこと」


 全部、グルだったのか。父も、王も、――ラーラでさえも。

 心ある者は等しく信じてないし興味ないが、ラーラとフェルのどちらか一方を選べと言われたら、迷いなく私は後者を選ぶ。


 くそ重い契約をしてくれやがったうえに、契約を通じて思考や感情のほとんどをダイレクトに流してきてやがる。それは、意図した感情を、あたかも自然のことの様に流しているのではないと、この身に、いや魂に刻まれた印が教えてくれる。自分の感覚が鈍らされているのであれば話は別だが、今のところ信じることにしている。

 そんな、あれに利益も全くなさげなものを迷わず行使して、今なおその心が変わっていないのだから、信じるかどうかはともかく、そういう事実があると認めてはいる。いまのところ。


 そういう訳だから、フェルの言を今は信じてみることにすると、周りの人間が私をはめたという結論に至らないわけがない。監視されていたとフェルは言った。

 自分で考えているようで、思考を誘導されていた。そういう魔法がかけられていた。今ならそれがわかる。その術が解かれないようにみはっていた、あるいは継続的に術をかけていた、それがラーラなのだろう。


 エゴを隠さないから、付き合ってやる? 残念ながら、そんな殊勝な心を、私は持ち合わせていない。あぁ、人間は醜いね。それで終わり。付き合ってやる義理はない。

 徹底的に突き落とすために、いろいろ策を張り巡らせる? 残念ながら、それで抵抗するほど、自愛の心は持ち合わせていない。生きると決めたからあのときは抗ったが、それ以降は別にすべてがどうでもいい。死んだら死んだで、その時はその時だ。基本的に欲望に忠実に生きているから、後悔の文字は辞書にはない。


 ――あれ、前世とあまり変わってない…? …………まぁいいか。


「悪魔に魂を売ったか、外道が……!」


 嫌悪感を隠そうともせず、吐き捨てた王子。周りも同じような表情をしている。


「我が、悪魔だと……?」


 あぁ、こいつ知らないんだっけ。まぁ、今まで人前には姿を見せなかったから仕方がないっちゃないのか。でも、どんだけ世間知らずなの、この自称・精霊。そういう思想はここ千年くらい当たり前の話らしいが。


 きん、と金属音がぶつかるような音が鳴る。そのほかにも、風が強く吹くような、地鳴りのような、いいとはいえない音が響く。

 後ろから抱きしめるフェルの腕に力がこもった。


 憤懣やるかたない、という感情が伝わってくるが、この状況はいただけない。

 エレノアは憮然と目を細める。


「何も知らない愚か者どもが……ぐっ!?」


 卒業式パーティーと言うことで履いていたヒールで、彼の足を踏んづけてやった。

 声を押し殺してもだえる情けない姿に、流し目をして鼻で笑ってやった。


 気まずそうに視線をさまよわせるフェルに溜飲を下げ、王子に向き直る。


 黒目や黒髪が悪魔の象徴として暗黙の了解が広がっているからこそ、下手に言えないことがある。

 国を担う人材として、極秘ではあるが、そういう教育があった。それなのに、悪魔と罵るその事実。それすなわち、まともに勉強してない、あるいはできない馬鹿だということ。

 あぁよかった。頭の悪い馬鹿が婚約者で。王や父が私をはめたのは、十中八九その事実のため。


 楽しいね、愉しいね。

 国のための王の企みを、その子どもである王子が潰す。


 おかしさに、滅多に動かない表情筋が動く。

 忘れがちではあるが、一応エレノアは美少女である。

 滅多に笑わない美少女が笑えば、その破壊力は抜群。


 案の定、見惚れた様子の王子に、さらににっこりと微笑みかけた。


「王族の命、確かに承りましたわ。これ以降、私はこの土地には一歩たりとも入りませんわ。御前を失礼しますわね」


 そのまま笑顔を浮かべたまま野次馬たちを振り返った。


「このようなはれの舞台に、お目汚しをいたしましたことを深くお詫び申し上げます。皆様のご多幸を、遠くからお祈りしておりますわ」


 滅多に動かさない表情筋を最大限活用して、会場を後にした。

 扉をくぐるや否や、浮かべていた表情を書きけして、迷いなく廊下を進む。


 ちょっとした休憩室としてあてがわれている部屋に入り、誰もいないことを確かめて鍵を閉めた。

 後ろから着いてきていた男に、正面から向き直る。


「フェル」

「…………」


 目を見開いて固まるので、顔をしかめると、靴の先で足を踏んでやった。

 痛みに我に返ったのか、やや慌てた様子でなんだ、と返してくる。


 何を言われるのかと、緊張しているのが伝わってくる。

 怒られるのかとか、いらないとか言われないかとか、くだらないことで憂えているのがまったくもって馬鹿らしい。


 この契約は魂が存在し続ける限り永劫にありつづけると宣ったのはどこのどいつだ。その契約を利用して、仕えるために、離れないために主従関係を強制執行したのはどこのどいつだ。解除する方法もわからない以上、ほかの連中よりはしっかりと認識せざるを得ないというのに、くだらない。いや、違うな。くだらないと言うよりこれは、こう、馬鹿じゃねーの阿呆じゃねーの的な……そう、面倒くさい。


「お前たちは確か、力を使ってもわかりにくいって言ってたよな」

「……は? え、あ、いや…そうだが……覚えて……」

「属性が空ってことは、想像が正しければ、ここの地点と私の部屋とをつなげることができるよな」

「確かにできるが……馬車があるだろう」

「国王や父に捕まる前にさっさと出て行く。馬車は父の息がかかってるから、信用ならない。お前の方がまだましだ」

「は………」


 フェルは呆然と、自分を見上げる主を見つめた。

 呼びかけにも答えず、呼ばれることもなかった。どうでもいいと言っていたから、自分のことなど全く認識していないものだと思っていた。

 それを恨みに思ったことはない。悲しかっただけで。

 呼ばれるとは思ってなかった。一日に、しかも二度も呼ばれる日が来るとは思わなかった。


 それに加えて、そこらの人間よりは、まだましというその言葉。少なくとも、そう思ってもらえる程度の信頼というか信用というかはあるということ。


 その事実に、じわじわとこみ上げる思いがある。


「何を取ってくればいい?」

「クローゼットの奥の鞄一式。隠蔽魔法かけてある」

「御意」


 うれしそうに姿を消した様子を眺めながら、私は方をすくめた。

 利用できるものを利用するために、そういう態度を取ったのであって、なにを勘違いしているのだろうか。


 ――うわー、ゲスいー、妹ゲスいー、こえぇし。


 唐突に、脳裏をよぎった言葉。

 笑いながらそう言ったのは、前世の兄。酔った勢いで電話してきて、くだらない話をしたのを覚えている。

 怖いもの見たさにお互いの結婚式みてみたいとか、それ以前に恋人はどうした恋人は、と突っ込み合って。


「持ってきたぞ、主」


 その声に、我に返った。

 なぜ唐突に思い出したのだろうか。前世に特に未練もなく、今まで忘れ去っていたというのに。

 懐かしく思う心でもあるのだろうか。まぁ、仲が悪いということはなかったから、あり得ない話ではない。


「ん、ども」


 バッグを受け取って、中を見る。うん、しっかり入ってる。

 目的の物を確認すると、長い髪を片手でわしづかむ。護身用に持っていた短刀を引き抜くと、ためらいなく髪を切り落とした。


「なっ!? あるじ、一体何を……!?」


 慌てふためくフェルを黙認し、髪を地面に置いた。


 髪は女の命と言われている。貴族の中で、髪の短い女性ははしたない以上に、女を捨てたと嘲笑されるほど、大事にされている。

 が、私にとってはただ重いだけの邪魔な物体。それに、欺くためには必要なことだ。


 家に寄ることなく出て行く。だが、このまま出て行っては、すぐに追手が来るだろう。思考誘導をかけて手中に収めようとするくらいだから、追手は多くなる可能性がある。

 そうなれば、振り切れる自信はない。

 だから、時間を稼ぐ。王都を出て、国境を越えられるまでの時間を。


 魔法を駆使して、髪と魔力を対価に自分とそっくりな人形を作り上げた。

 髪の長さも切る前と同じ、ドレスも写し取ったために同じ。


「――よし。馬車に乗って邸へ。部屋にこもって誰にも会おうとするな。魔力がつきるその時まで、欺き続けろ」


 人形は優雅に一例する。バッグの中から、下町の人が着るような服を取りだして着替ええ、ドレスは収納魔法でぽいっと無造作に亜空間に投げた。


 バッグも同様に隠し持っていればよかったのだが、力のほとんどは伏せているため、ばれないよう使わなかった。使っていれば、なおさら面倒なことになっていたに違いない。


 バッグも収納魔法でしまい、身一つになると、自分に隠蔽魔法をかけた。

 部屋の窓に手をかけ、ひらりと外へ出る。

 ちらっと後ろを振り向くと、しばらくして窓に寄ったもう一人の私は、ぼんやりと外を眺めている。

 我ながら、賢い人形を作ったものだ。


 そして、私は二度と後ろを振り向くことなく、駆け出した。

 遠くに、少しでも遠くに、誰の手も届かないところへ行くために。




◇◇◇




 婚約破棄を受け入れ、国を脱走した後、エレノア改めリョウと名乗り隣国で冒険者となった。勇者とあがめられたと思えば一転、無慈悲の権現として恐れられ、ただ過ごす場所を求めて災厄が眠る森へと移り住んだ。


 そこで、自堕落かつ悠々自適に過ごす。災厄が目覚めたり、なつかれたり襲われそうになったり、取り合いになったりいろいろあるのだが、全く意に介さず我が道を突き進むのは、遠くない未来の話。




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