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無関心少女の生存計画  作者: 彩霞
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中編

 デルヴァール侯爵家没落計画事件から10年ほどの時間が流れた。

 今、私はエレノア=アン=デルヴァール侯爵令嬢として、王立の学園に通っている。


 エレノアではないと宣言した以上、とんずらこくつもりだったが、ラーラとデルヴァール侯爵に引き留められた。

 表向きはいつもどおり過ごしていたつもりが、私が密かに身辺整理をしていたのをラーラに感づかれたためだ。


 そしてラーラに連れられた先、侯爵の書斎にて、エレノアへの罪悪感や貴族としての事情を聞かされた。

 エレノアへの認識については、二人とも潔く己の非を認め、その上でエレノアを追い詰めたことや守れなかったことへ報いたいと思う自分たちのために、残ってほしいと言われた。貴族の事情として、王家から王太子妃の打診が来ている旨を聞いた。

 貴族の事情はどうでもいいが、誰かのためにではなく、自分のために残ってほしいというそのエゴを見て、従う義理はないけれど、条件付きでなら付き合ってやることにした。


 条件を出されることは向こうも想定済みで、すでに受けてもらえる方向で動いていたらしく、図られた感はあるが、もとよりその可能性を考えながらも最終的に留まることを選択したのは私なので、そこに憤りも後悔もない。


 そうして私は、この国、オルダム王国の王太子の妃となった。王太子は、第一王子であるイヴァン=ダ=オルダムだ。イヴァンは側室の子で、現国王の第一子だ。第二子は正妃の子で、名をノエル=ド=オルダムという。


 オルダム王国の王位継承順位は出生順となっている。そのため、側室の子であっても、正妃の子より先に生まれていれば側室のこの方が継承順位が上とのこと。

 重要なのは王の血を残すことで、王妃や側室の血筋によらない、という文化だかららしい。だから、王の第一子が女児であれば、何事もなければその子が将来的に王位を継ぐこととなる。

 故に、自分の子に王位を継いでほしいと画策するもの同士の争いが水面下で行われているそうだ。


 デルヴァール侯爵家は中立の立場にある。それにならう貴族が多いため、デルヴァール侯爵を落とすことで、下に着いている貴族を取り込もうと画策した結果らしい。ちなみに、画策したのはイヴァン派だそうだ。

 計画は失敗に終わったものの、デルヴァール侯爵令嬢が第一王子の婚約者となるので、現在は、中立といえども第一王子派よりになっている。


 ちなみに、計画が失敗して私が正妃の座に着いた場合、デルヴァール侯爵家を継ぐものがいなくなるのではと思ったが、実はエレノアに弟がいたらしい。

 隠し子などではなく、同じ母から生まれたエレノアの弟。きな臭い匂いはしていたから、その存在を隠していたらしい。信頼できるものに預けて、この家の血筋が絶えないように。


 分家から養子をとるという手段もあったが、養子をとろうと思える人材がいなかったよう。分家からしたら、苦い思いを味わっただろう。

 たまに合う分家の人間は癇にさわるやつが多いので、いい気味だ。


 話を戻そう。


 王立学園に通うのは貴族の通過儀礼。そこで交友関係を築くことが目的だ。違う観点から見れば、婚約していない人にとっては、つながりをもつ格好の場だ。

 一応、学園には希望すれば平民も入学することは可能であるが、それをするのはごく一部である。しかも、平民と言っても商人の子どもなど比較的裕福な家の子どもが入るので、そうでない家の子どもが入るのは非常に珍しいことである。

 とどのつまり、平民も入ることはできるが、もっぱら貴族専用の学校なのだ。


 そこに今年、国の命令により5属性の魔法を使える平民の娘が入学してきた。しかも、とても図々しい娘。


「エレノアさん!」


 廊下で呼び止める声がするも、私は振り返ることもせず図書室へ歩みを進める。もう一度、先ほどよりは大きな声で名を呼ばれるが無視。


「エレノア=アン=デルヴァール」


 怒りを抑え込もうとして失敗した男の声が、廊下に響く。その声の主に、足を止めざるを得ず、エレノアは無表情で体ごと振り返った。


「なにかご用でしょうか。イヴァン殿下」

「ふん。名を呼ばれながら無視を決め込む者を、私が代わりに呼び止めただけだ」

「特にこれと言ったご用がないのでしたら、申し訳ありませんが、御前を失礼いたしたく」

「ならぬ。ユリアナが、貴様に話したいことがあるようだから、しかとして聞くがいい」

「……承りました。それで、そのユリアナという方はどの方です?」

「なっ……!? 貴様、そこまでユリアナを馬鹿にするか……!」


 意味不明。

 ユリアナという名の平民の少女。5つの属性をもつ彼女は、転入と同時に、イヴァン第一王子をはじめとした、第一王子が王子となった場合の有望株を誑し込んでいる娼婦。思春期の青年どもを虜にし、貢がせ、侍らせ、差別はよくないと階級制度を声高らかに述べて回る不穏分子。

 そういう噂は聞いてはいるが、まともに挨拶をした覚えはない。


 貴族のしきたりとか、個人的にはどうでもいいが、郷に入っては郷に従えという。故に私はしきたりに則って対応している。しきたりに乗らないユリアナを、しきたりに則って挨拶をしてきた者と同列に扱う理由はない。


「いいんです、イヴァン。私のなにかが、エレノアさんには気にくわないのでしょう。それでも私は折れません。…それに、支えてくれるのでしょう?」

「ユリアナ……君はなんて芯の強い女性なんだ…!」

「茶番ならばよそでしてくださいませ、殿下」


 二人の動きが止まった。イヴァンは憤怒の形相で睨めつけてくるし、小娘は小娘でイヴァンに見えないよう、やや後ろで不機嫌そうな顔をしている。

 付き合うのも馬鹿らしい。でもまぁ、このまま自滅してくれるのは私としてもありがたいことだから、表面上は、向こうから関わってきたときだけ諫言はしておかなければならない。


「ユリアナとか言う娘はおまえか? 疾く用件を述べなさい」

「エレノア、貴様……っ、調子に乗るな!」


 近寄ってきたかと思うと胸ぐらをつかまれた。見物を決め込んでいた周囲からどよめきの声が上がる。

 やっぱり、まっぴらごめんだわ、こいつとの結婚とか。つか、人間との結婚。わかり合えるとは思えない。絶対むりだな、うん。


「ユリアナを傷つける貴様を、俺は許さない。目にもの見せてやるからな…!」


 どん、と突き飛ばされた私は尻餅をついた。イヴァンはそんな私に目もくれず、ユリアナという小娘の元へ戻る。

 うろたえてみせるユリアナだが、私、負けませんから、と一方的に宣言して、イヴァンに伴われて去って行く。


 二人の姿が、一番近い曲がり角を曲がって見えなくなったのを確認して、私は盛大にため息をついた。びくりと、そのばから逃げ遅れた見物人が体を震わせる。

 立ち上がろうとして、びりっと右足に走った痛みに、口元に笑みを浮かべた。

 私に仇なすものは潰す。


 私の中で、第一王子を潰すことが決定した瞬間だった。


「――にしても、どうしてくれようか」


 足がかなり痛い。踏ん張ろうとて、足をくじいた。ヒールだったために、足首にかなり強い負荷がかかったらしい。そのうえ、変なねじり方をした気がする。下手をしたら、骨折しているかも知れない。


「あ、あのっ、た、大変失礼とは存じみゃすが……っ、……は、はちゅげんをお許しください!」


 目の前に躍り出て、廊下に自ら座り込んだその少女は、低頭した。ドレスを着ていると言うことは貴族である。それにもかかわらず、ドレスを汚れることも気にせず、しかも、遠巻きにされている自分に自ら首を突っ込んでくる珍獣にわずかに目を細めた。


「許す。何のようだ、アーリア=バッカス男爵令嬢」


 一応、貴族としてここにいるから、しきたりに則って挨拶した者は覚えている。もっとも、今必要だから覚えているのであって、必要がなくなったら忘れる些末な存在だが。


「お、お見受けしましたところ、酷いお怪我をされている様子。わ、私は少しですが治癒魔法が使えます。差し出がましいと存じますが、せめて、お怪我の応急手当だけでもさせていただきたく……!」


 どうしようか。バッカス男爵といえば、第二王子派。エルヴァール侯爵は中立だが、現在は第一王子派。その垣根は高い。懇意にしよう者なら、陰で笑われるほどに。

 それをこの娘も知らないわけではないはず。


 別に、その申し出を受ける義理はない。もう少しすれば、フェルがラーラをつれて戻ってくるだろう。ここで座り込んでいるのは淑女として褒められたことではないのだが、婚約者に歩けないほどの怪我をさせた、という事実は第一王子への不信感を生み出す。

 すでに、密かに第一王子を見限った者もいるという。ここでこの娘の申し出を受ければ、婚約者である私、ひいてはデルヴァール侯爵家が第一王子を見限ったということにもなる。


 取り繕うよりは、その方が面白そうだな。

 私がエレノアでないことを知りながら、なぜだか気にかけてくるあの人が許すとは到底思えない。その心理はよく理解できないが、私に何かあったら爵位を返上して国を出て行くとまで言ったくらいだ。真偽のほどはともかく、有言実行する人間だと言うことは知っているので、例に漏れず実行する、というところは確信は持てる。


 仮にその申し出を引けたとして、結局はデルヴァール侯爵は第一王子を、ひいては国を見限ることに変わりはないだろう。

 だったら、周りを巻き込んで遊ぶ方が断然面白い。

 本音を言えば、婚約だろうが派閥だろうがどうでもいいが、私を害した以上、報復はする。そして、報復するからには私が楽しくなければ、つまらない。


「――許す」


 はじかれたように、アーリアが顔を上げた。驚きとそして不安が藍色の瞳に宿る。


「王太子妃は私だ」

「と、おっしゃいますと……?」


 その問いについては返答せず、ドレスの裾を少したくし上げた。

 青黒く腫れ上がった右足に、アリーアは息をのむ。そして真剣な表情で手をかざした。


 左手で水魔法の中でも上位魔法に当たる氷魔法で患部を冷却。その間に右手で治癒魔法を発動。左右で違う魔法を使うことは難しいとされており、できる人は限られている。

王宮に仕えている魔術師、筆頭やその補佐くらいしか知られていない。


 ほかにも思うところはあるが、今はただ、額にじっとりと汗を浮かべながら治療に集中している少女を眺めた。


「っ……、すみません。今の私には、これが限界です……」


 ずきずきと訴えていた痛みは和らいだが、完全に消えるには至らない。足を動かそうとする際の痛みはまだある。だが、動かそうとしなければ痛みは先ほどよりないので、気分的には楽だ。

 息を乱しながら悄然とうなだれるアーリアだが、もとより完治するとは思ってもない。それに遊ぶのであれば、医者の診断が下る前に完治されては困るから、ちょうどいいくらいだ。


「エレノアお嬢様!」


 フェルに導かれて、ライラがようやく到着した。しかも、学園付きの医者もいる。図書館へ向かう廊下と、医務室は反対の方向にある。遠回りする形になったがために、遅かったのだろう。


 これから起こる面白いことに思いをはせながら、笑みをこらえる。








 頭をすり寄せていたフェルは、まったく反応しない主人にそっとため息をつく。

 ここまで無関心となると、悲しみや憤りという感情を通り越して逆にあっぱれだと思う。


 無理矢理主従契約を結んだそのときは殺気立っていたにもかかわらず、自分に害がないとわかったとたん、今までと何も変わらない態度をとるエレノア。基本的にこちらのことなど気にも留めず、必要なときだけ利用する。無関心のくせにちゃっかりしてやがる。

 なぜ名前を知っていたのか、ということについても疑問を抱いたようだったが、なかなか聞いてこないのでこちらから尋ねてみれば、他言しなければどうでもいいとのこと。


 神に呼ばれ、神の寵愛を受けている娘であるのは確かなのだが、ちょっと人生選択を誤った気がする。


 神の愛娘と契約を交わすことは、精霊の中では誉れとされている。神は自分たちを、ひいては世界を生み出し、見守る尊き存在だ。その神が寵愛する娘には神の加護が宿り、加護を通して神の力を使う。いわば現人神のようなもの。その愛娘と契約を交わすことが誉れでないというのなら、何だというのだ。

 故に、過去ほかの属性の精霊、そのなかでも王がこぞって訪れているのだが、彼らはものの見事に無視されている。

 王は王である故に滅多に人の下にはつかない。だから、神が寵愛する娘の中でも、王が集まる彼女は群を抜いて愛されているといえよう。


 それにもかかわらず、完全無視という態度で、契約どころか言葉も交わせない。

 愛娘との契約を結んだということで、はじめは羨望や嫉妬を向けられたが、今となっては不憫な視線を向けられる始末。


 まぁ、彼らと違って自分はそれでもかまわないと思ったから、契約を強引に結んだのだが。

 よもや、ここまで興味を持ってもらえないとは思いもしなかった。

 関心さえ持ってもらえないとは想像もしなかった。


 心という者は非常にやっかいで、そばにいるだけでいいという思いに反して、自分を見てほしいと思う自分もいる。

 そばにいるにはとてつもない根気が必要だとはわかっていて、それでもと思ったけど。


 ――無駄な契約をせずにすんで、せーせーしたぜ。


 今回の愛娘は外れだと、契約をした自分を鼻で笑っていた若い王。あれは確か、火だったか。ほかの属性の精霊たちも似たような反応ばかり。唯一、無下に扱われようとも気にしていないのは闇だけ。むしろ嬉しそうな様子で、こればかりは理解に苦しむ。


 話をもどそう。


 神の愛娘に外れも当たりもない。神の寵愛を受けた者に仕える、それこそが精霊としての誉れ。…だったはずなのだが。ほかの精霊の王は皆、自分より若いのと関係があるのだろうか。仕えたいと思う愛娘がおらず、またこれと言って、ほかの属性の精霊王や人間たちと関わる必要性がなかったので、自分の過ごしやすい空間で悠々自適に過ごしていたのが仇になったか。


(契約が無駄かどうかはともかく、そばにいるにしても、もうちょっと方法を考えるんだったなぁ……)


 どうやったら、関心を持ってもらえるようになるだろうか。

 神が寵愛を与えることには意味がある。その意味は主に世界の存続にかかわるもの。一見関係ないように思えても、どこかでつながっている。この広い世界を寵愛を受けた者が生きていくために、サポートするのが精霊の役目。力を最大限に発揮するには、互いの信頼関係が重要なのだが、現状は信頼以前の問題。


 前途多難な主従関係に遠い目をする、空の精霊王であった。





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