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無関心少女の生存計画  作者: 彩霞
1/3

前編


 人は、死んだら三途の川を渡るという。そして輪廻にはいり、時が来たら転生する。記憶を何もかも忘れて、まっさらな状態でもう一度生を歩むのだと。

 しかし、ごく希に、前世の記憶を持つ人がいる。


 ならば、今のこの状況を考えると、私は死んだと言うことなのだろうか。

 そして、ゼロにも等しいほど低い確率を手にしたというのか。


 エレノア=アン=デルヴァール。


 それが“今の私”の名前。

 デルヴァール侯爵家息女。銀色の髪に碧色の瞳をもつ5歳の少女。もとい幼女。

 儚げな風貌をしながら、その中身は意地が悪い、典型的な悪女。もっとも、意地が悪いと言っても、ただの子どもの試し行為でしかないのだが。


 ずっと臥せっていたのか、体には一日中寝ていたときのような倦怠感がある。手足は痩せ細っており、日光にも当たっていないのか肌は白い。

 ベッドから降りようと床に足をつけるが、力を入れてみて、これはまずいと思った。


「立ったら、ころぶし」


 それは、“私”の記念すべき第一声。なんて現実的。

 現実的と言えば、事実は小説よりも奇なり、と言うが、まさしくその通りである。

 転生もそうだが、この世界そのものが、科学が発展した世界――地球で生きてきた私にとっては、何よりも奇異である。


 例えば、魔法があることだ。四大元素である火、水、風、土と、光と闇、そして空の合わせて七属性が魔属性として存在している。

 ほかにも、種族として、人間以外に、魔族や獣人など、ファンタジーに出てくるな種族が多く存在している。

 そういうものが好きな人にとっては夢のような世界だろう。


 なぜ私はそんなところへ、“私”として存在しているのか。

 それは私が死んだから。


 前世の私は、沢江良という、引きこもり予備軍だった。

 外面の良さは親譲りなので、比較的安定している看護師の資格をとり就職、それなりに職員や患者とも良好な関係を築けていたと思う。表面上は。

 裏でなに思ってようが表面に出さなければいいだけのこと。私を産んで育てた人間ゆずりの所があるので、そこだけは感謝している。


 閑話休題。

 表面上は問題なく生きていたが、こうなった原因は思い込みの激しい彼と出会ったせいだろう。誰に対しても同じように接しているのだが、それを自分は特別だからだと勘違いをし、あまつさえ私が彼に惚れているからなどとうぬぼれる。

 やんわりと遠回しに否定したら、わかってるよ俺がなんとかしてみせるからと、私以外の人間に攻撃的になった。やめてほしいとかばって見せたら、ほかにいい人がいるのかと不安になったようで、あれこれと私のことを調べ始め、最終的にはストーカー化した。

 そして、自分のものになってくれない私に業を煮やしたのか、おまえが悪いんだと言って刺殺。

 これ、確実に私は悪くないよね。まぁ、おかげで沢江良という人間の人生を終えることができたのは僥倖だが、転生してしまっては意味がないじゃないか。


 かといって、自死できるほど、死を渇望しているわけでもない。仕方ないなぁ。不幸にも生かされたのだから、死ぬまでは生きてやろう。

 前世はいろいろ取り繕って疲れたから、今世は好きなようにしよう。


 ……とは言ったものの、この体、私のものにしていいのか? ……ま、いいよね、エレノアの自我は感じられないし。見事に追い詰められて消えたね、この子。なんて善良な子。

 所詮、無垢な子ども。大人の悪意に耐えられなくともおかしなことではない。


 さて、生きてやろうと決めたからには、現状を打破しなければならない。が、いかんせん5歳児がもっている知識など高が知れている。ということは、周囲の大人を巻き込む必要があると言うこと。あぁ、なんて面倒くさい。生きるのやめようか。おとなしく殺されてやろうか。

 そうは思ったものの、よくよく考えてみれば癪だな。どういうわけか知らないが、自分を殺す人間に屈するわけだろう。つまりは、前世のあれに屈するのと同義。それは非常に不快だ。よし、抗ってやろうじゃないか。


 考えにちょうど一区切りが着いたところで、部屋の扉が叩かれた。そして、返答を待たずに失礼しますと声があり、扉が開いた。

 音のした方に視線を向けるのは人としての無意識の行動だ。それ故に、室内に入ろうとした人物とエレノアの視線が交わる。


 目を見開いて口を半開きにしてたたずんでいる女性を、私は無表情のまま眺めた。

 メイド服。お店のお客受けを狙ったものではない、歴とした作業服。髪は邪魔にならないよう丸めている。髪を切らないのは、女のステータスだそうで、仕事上邪魔でも結うことで対処しているよう。

 そこの価値観のずれは面倒くさいな。手入れしてるから長い髪でもきれいなのはわかるが、そこまでしてほしいものじゃないから、切れるものなら切りたいものだ。


「………………お……あ……、だん…………っ」


 しばらく呆然としていたその侍女は、我に返ったのか顔を引き締める。

 カートを引き入れて扉を閉め、まっすぐにこちらに寄ってくる。膝をおって視線を同じ高さに合わせ、その侍女――エレノアによく振り回されていたラーラは伺うように、そっと訪ねてきた。


「お目覚めになったのですね、お嬢様。お加減はいかがですか?」

「………………」

「お嬢様?」

「……、…………、………………だれ……?」


 違わないけど違う、そう言おうと思ったが、まずは協力を得ることが先決。ここで暴露してしまったら、協力を得られない可能性もあるため、ばらすのは現状を打破してからでも遅くはない。

 それに、エレノアを殺そうとしている人がいる以上、私にとっては全員が容疑者。殺そうとする害虫を駆除するために、ふるいにかけなければいけない。


「っ………! お、おじょう、さま……? なにをおっしゃっているのですか?」


 激しく土曜を見せるラーラに、私は小首をかしげて見せた。

 それに、ラーラの顔から血の気が引いていく。


「……は、あはは、やだなぁ、お嬢様。また、いつもの冗談ですよね? そうですよね?」

「なに……いってるの……?」

「っ―――!」


 ラーラの体がよろめく。倒れまいとなんとか踏ん張ったようだが、顔色はもう真っ青で、この一瞬で憔悴したようだ。

 ラーラと呼ばれる侍女は、わがまま令嬢と呼ばれており、屋敷の使用人からは敬遠されていた私の付き人にするために、父であるエルガルドがどこからか連れてきた娘だ。噂では孤児とのこと。

 そこからいろいろ想像できることはあるが、結局のところ想像でしかないし、たとえ違ったとしても、自分に仇なすようなことをしなければ、誰であろうとどうでもいい。


 生きようと決めたが、生きるには一人では生きていけないことを知っている。いつかどこかで誰かの手を借りなければいけないのだ。だからといって、以前のように自我を押し込めるつもりもさらさらない。無差別に殺人したいとか、倫理的にぶっ壊れてる思考回路はあいにくと持ち合わせていないから、まぁ、嫌われるだけで住むだろう。恨まれもするだろうが、殺されないよう、ある程度の力をつけなければならない。


 そのために、利用できるものは利用させてもらう。

 彼らの知るエレノアはもういない。ここにいるのは、エレノアの皮を被った、愚か者。化け物でもいい。実際に言われたことではあるし、極端に情に薄いのも自覚しているから、否定する気にもならない。なにより、なんと呼ばれようがどうでもいい。

 彼らにとって、私が些末な存在であるように、私にとって彼らは些末な存在なのだから。唯一ちがうとすれば、そこに情があるかないか。彼らは私に恐れや憐憫などの情を抱く。対して私は、なにも感じない。それが、沢村良が他者を敬遠している一つの理由。


 ともにいれば、思いやりを持てと言われる。

 ともにいれば、周りを見ろと言われる。

 ともにいれば、人としてだめだと言われる。


 くだらない。本当にくだらない。この世に善良なんてあるとは思っちゃいない。あるのは自分のエゴのみ。口でなんと言おうが、その根底にあるのは、どうにかしたい、どうにかしてあげたいという、自分本位な考え。それは自分とて同じ。

 あぁ、なんて、愚かしい存在なのか、人間というものは。


「申し訳、ありません、お嬢様。旦那様をお呼びするので、こちらでお待ちください」


 思っていたよりもしっかりした声だったが、表情や動作をみると、虚勢であるとわかる。メイクなしに演技のみで青ざめる顔を実演できるなら、それは人のくくりから外れている。生理的現象を意図的に起こせる人がいたら、確実に私は一線を越える。

 人間嫌いだの不信だのいいながら、時々顔色うかがっている時点で、まだ完全に諦めきれていないのだろう。だからといって、改善しようとする気もさらさらないが。


 さて、あのラーラというか言う侍女。そのときのショックは本物だとしても、内心どうなのか。侯爵令嬢が記憶喪失は貴婦人にとって格好のネタ。一見すると記憶を失って大人しくなったことをどう認識しているのか、どう行動するのか見物だ。それはラーラに限らず、ほかの大人にもいえること。


 知らずのうちに口角がつり上がる。


 人の無様な醜い姿をみること。それが生きていて二番目に楽しいこと。

 さぁ、騙しあって欺きあって、ともに醜い姿をさらしましょう?




◇◇◇




 私は、楽しくて楽しくてたまらないという表情を浮かべながら、見事に罠にかかってくれた、侍女の一人であるミシェルに歩み寄る。

 父であるエルガルドや執事のクロウスなどから、制止の声がかかるが、無視する。

 ミシェルがにたりと笑うけれど、それを鼻で笑ってやった。


「無駄な抵抗ご苦労様」

「なっ!?」


 破れかかっていた拘束の魔法が持ち直し、ミシェルの顔が驚愕に彩られた。


「な、なにが……っ、まさか、おまえが……!?」

「ご名答。ずっと、このときを待っていた。エレノアを殺そうとする害虫が、無様に捕らえられる、この時を」

「えれ、のあ……?」


 エレノアの名を呼んだのは誰だったか。けれども私は

 ミシェルの顔が、恐怖に彩られた。けれども、向こうとて侯爵家を貶めようとしたつわものだ。すぐに私をにらみつけてくる。


「猫を被っていた訳ね。しかも記憶喪失と偽ってとは、たいした演技だわ」

「記憶喪失はある意味、嘘じゃない。だって、“私”は、あなたたちを知らないから」


 何をばかなことを、と嘲る顔に、私は嗤う。それはミシェルだけではなく、そこにいる大人にも向けた。

 呆然とするエレノアの父と、執事をはじめとした使用人たちが息をのむ。どうしてそんな顔で嗤っているのだろうと言った様子。


 あぁ、なんて楽しい。


「ミシェル=アルバート。私が目覚めたあのときすでに、あんたの企みの半分は成就していたの」

「……は?」

「夫婦仲を裂いて、後妻に誰か、そう例えばおまえの本当の主であるエリザベス元王女をすえようとしたのでしょう? そのために、エレノアの母であるミュリエル侯爵夫人とその息子で、エレノアの双子の兄でもあるアドルファスを事故に見せかけ殺害。残った娘であるエレノアも、今度は病死に見せかけ殺害を計画。ふたりの殺害計画は無事に遂行された。エレノアも弱毒と呪術をもって死ぬはずだった。――けれども、エレノアが想定外にも生き延びた」


 蕩々と語っているうちに、ミシェルの顔色が悪くなっていく。なぜ、そこまで知っているのかと言った顔だ。

 ふふふふふ。本当に、憐れなほど愚かで助かる。


「それは、おまえの想定外だった。記憶喪失だったけれど、エレノアが邪魔なことに変わりはない。だから、暗殺者を差し向けた。――にもかかわらず、それもことごとく失敗。見物だったわ。企みが次々と失敗して、苦しむおまえは」


 それはもう本当に。

 ラーラの前で笑うのをこらえるのが大変なくらい、面白いほど踊ってくれた。


「こ、この……っ、悪魔……!」

「あぁ、悪魔。いい響き。私の非情さが簡潔に言い表せる素敵な一言ね」


 手を伸ばせば、来るな、と振り乱して叫ぶ。

 悪魔は恐れられている。この国で、この世界で忌み嫌われている存在。聞いた話によれば悪魔に通じる色、すなわち黒は禁忌とされているよう。黒目黒髪の生粋の日本人だった私は、この世界の人からしたら悪魔の色を身にまとう、忌避の対象。

 あぁ、笑いが止まらない。


 ミシェルの頬に手を添えた。

 そして浮かべていた笑みを消して、目に涙を浮かべながら舌足らずに問いかける。


「シェル。やくそく、したのに……。シェルと、ラーと、みんなでおにわではなかざりつくろうねって、やくそくしたのに……。ずーっといっしょだよって、やくそくしたのに、どうして? どうしてエレを……? エレ、シェルも、ラーも、おかあさまも、おとうさまも、アルフも、だいすきだったのに。ぜんぶ、せーんぶ、うそだったの……?」


 ひくりと、ミシェルが息をのんだ。

 嘘だ、そんなはずはない。顔はそう言っている。けれど、花飾り作ろうと約束したことをミシェルも覚えているのか、完全に否定できないでいる。

 エレノアの心を殺したのはミシェルなのだから、そんなことあるはずないのにねぇ。私はエレノアではないから、知らない。だけど、エレノアの記憶はないとは言っていない。あぁ、なんて甘美な愚かさなのだろう。


「あ……、ああぁぁぁぁぁっ! おじょ、さま…っ、お嬢様っ、エレノアお嬢様!」


 胸の奥に押し込めていた罪悪感に耐えきれなかったのか、ミシェルが涙を流す。

 終わったな。

 エレノアを演じるその裏側で、私は冷静にそう判断した。


「もうしわけ…っ、あり、ません……!」

「無駄な謝罪は聞き飽きた」


 冷ややかな声に、ミシェルがはじかれたように顔を上げる。

 そして、先ほどまでのエレノアの陰を見いだせなかったのか、顔に絶望が広がる。


「おまえ――いいや、おまえだけじゃない。誰がエレノアに謝ろうとも、二度とエレノアには届かない。心を閉じ込めたとか、封じたとか、そんなんじゃなく、エレノアの心はもう死んでいる」


 ミシェルの目が見開かれる。唇をわなわなとふるわせ、その場に崩れ落ちた。


「ここにいるのは、エレノアじゃない。――エレノアの皮を被った、私さ」


 ミシェルの慟哭。そして、一部始終を見ていたものの声にならない嘆き。

 くすくすと、笑いを浮かべながら、後ろを振り返ることなく自室へと戻る。


 扉を閉め、ベッドに腰掛けると、そのまま後ろに倒れ込んだ。

 終わった。ようやく。私を仇なす存在は消した。

 目覚めた頃から感じていた、体の奥にあった呪の気配はもうない。


「主よ」


 少し離れたところに出現した気配に、体を起こす。

 黒い髪に黒い目をしたもの――悪魔ではなく、自称・精霊が静かな目で私を見ていた。


 彼は私を主と呼ぶが、その実、契約を交わしたわけではない。

 交わそうと持ちかけられたが、私が一蹴した。

 信用するつもりはないと。普通であれば憤って二度と関わりたいとも思わない所だと思うのだが、なぜかいろいろとひっついてくる変わり者。

 もっとも、彼のおかげでミシェルの主は誰か、ということまでたどり着くことができたのだけれど。


「私はおまえの主になった覚えはない」

「――『フェルノタストハオス』」

「――――は?」


 いつものごとく、契約をと迫りに来るのかと思ったが、訳のわからないことを言う。何を企んでやがるこいつ。


「いかなる時も、汝、『沢江良』の剣となり盾となることを誓う」

「っ、なん……、…………!?」


 胸に激痛が走る。いや、胸というよりは、体の奥の奥。肉体そのものではなく、まるで魂をひきさかれるような、感覚。

 エレノアの体を抱きしめ、ベッドに倒れ込む。体を襲う痛みに顔をゆがめ、呻くなか、懸命に片目をひらき、自称・精霊をにらみつける。

 男の顔も苦悶にゆがんでおり、私と彼の間には魔方陣が浮かんでいる。くるくると回っていたそれはやがて複写され二つになり、互いの体に吸い込まれていく。


「――っ、はぁっ」


 痛みから解放されたものの、一瞬で体力を根こそぎ奪われたようだ。指一本動かすのも億劫で、意識も朦朧とする。そのまま何かに誘われるように落ちていく意識。


「んの…っ、おき、たら……っ」


 殺す。

 その言葉を発する前に、私は気を失った。







短編を書こうとした結果。解せん。

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