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夜景列車①

 懐かしい顔が十人近く並んでいる。

 私は久しぶりの高校のクラス会で内心ドキドキしていた。高校卒業後、大学デビューしたときも開催されたが、そのときはみんな茶髪になったりお洒落してたりと変化は多様だったが、離れた期間が短かったため、さほど緊張しなかった。

 それから四年後、大学を卒業して就職したのを機に、三年時に後期学級委員を務めていた岩瀨勉くんが今回のクラス会を企画してくれた。博学だった彼は私立の有名大学に進学し、現在は大学院の修士課程に進んだらしい。専攻は経済学。それ以上は知らない。きっちりジェルで七三に固められた頭に角ばった黒縁眼鏡はいかにも岩瀨くんをインテリに見せつける。ただの秀才というわけでなく、クラスを盛り上げるムードメーカー的存在でもあった彼は女子にも人気があって、そんな特性があるからこそこういうことを率先してできるわけだ。私には絶対にできない。自らなんてとんでもない。到底真似できない。

 私は高校三年間ずっと仲の良かった中嶋朱美と相澤葉菜子の二人と一緒に開催場所の居酒屋に入っていった。大学に入った途端に朱美は茶髪で葉菜子は金髪に染め、耳もすぐに穴を開けてすぐに彼氏を作るという完全な大学デビュー派だった。社会人となったいまでは二人とも鮮やかな黒髪だ。朱美はITのエンジニア、いわゆるSEになり、葉菜子は建設会社の秘書として働いている。一方で私は髪も染めず、ピアスはつけていたが耳に穴は開けず、四年間彼氏もいなかった。朱美にも葉菜子にも「時子なら引く手あまたじゃん、どうして彼氏作らないの?」なんてよくいわれていたが、「別にモテないから」といっていつも嘘つき呼ばわりされていた。二人の言う通りで、それは嘘だった。

 私はあまり社交的ではない。はっきりいって人見知りで、心から打ち解けあえる人は少ない。朱美と葉菜子はその少ないうちの二人だ。吹奏楽部で三年間同じ楽器を担当していたことが最たる理由だが、二人とは高校卒業後も、二人に彼氏ができても変わらない関係を続けてこれた。私は二人に感謝している。こういう場にも二人が来なかったら来ていなかったと思う。そんな愛想の悪い私だが、顔はまあまあ、寡黙なところが何だか魅力的?だったか知らないが、高校二年のときから男子からよく声をかけられるようになり、メールアドレスの交換を要求され、ありがたいことにこんな私にお付き合いを申し出てくれた男子も何人かいた。中には女子に結構人気のある男子もいたらしく、どういう経路で私が告白されたことを知ったのかは定かではないが、朱美と葉菜子も含め何人の女生徒から非難されたこともいまではいい思い出である。

「好きな人でもいるの?」

「ううん、いないよ」

「どんな人ならいいの?」

「わからない。いまはいらない」

「時子は美人だから、作る気になればいつでも作れるって思ってるんでしょ!」

 そんな会話ばかりで周りの女の子はみんな呆れた目で私を見ていた。もちろん、この会話も嘘だったのだが。

 私は自分で自分を美人と思ったことがない。目は母親似でたしかに若い男子が好きそうなぱっちりお目目なのだが、性格が影響しているのか、どこか色がないというか、翳がさしているというか、自分でいうのもなんだか近寄り難い風情というか。

 大学生になっても一緒だった。しがないサークルに入って男友達が何人かでき、その子達全員から告白された経験もある。だが全員お断りした。タイプじゃなかった。バイトの喫茶店で一見良さそうな男性にアプローチされたこともあるが、私は一歩も前に踏み込まなかった。

「ねえ、時子って処女なの?」

「うん」

「ちょっとー、それやばめだよ。超やばいよ」

「別に私は気にしないよ」

「ねえ、時子ってもしかして、もしかしてよ。・・・・・・こっちだったりするの」

「レズってこと?」

「ちょっとストレートにいわないでよ!」

「ホモセクシャルっていえばよかった?」

「どっちも一緒よ!」

「よくわかんないけど、残念、違うわ。アイムノーマル」

 そう、大学生になると朱美や葉菜子、他の女の子といても誰と寝たとかやっと処女を卒業したとか、そんな感想の共有ばかりで退屈だと思うことがしばしばあった。社会人になってからもそれは変わらないが。私は普通の女だが、普通の女の子、女性がやりたいことにどうしてだか興味が湧かなかった。中学生、いや、高校一年生までは、そんなこともなかったのだが。

 最終的に十二人ほどが出揃って乾杯となった。何人か盛り上げ役がいて、久しぶりの再会でもみなすぐに昔の関係に戻ってワイワイガヤガヤし始めた。そんな中、端っこに座っていた私の二人右隣の髙橋というヤンチャボーズ――――高校のころから茶髪にタバコにピアスの三拍子だった男だ――――が、いまではやはりジェルいっぱいの七三で、まだ一口アルコールを含ませただけだというのに、騒がしい声で逆サイドの端っこで飲み物係をしている学級委員長に聞いた。

「勉、他にあと誰がくんだっけ?」

 大体十五人くらい来るとは聞いていたが、具体的に参加するメンバーは聞いていなかった。私は少し緊張気味になり、梅酒ソーダをちびちび飲みながら岩瀨くんの発言に耳を傾けた。なぜなら、今回この会があると聞いたときから、ずっとそのことが気になっていたからだ。

「えっとね、あと林とね――――タケルだ」

 含んでいた梅酒ソーダが口から出そうになった。が飲み込んだ。少し心臓が身を縮めてかしこまった。決していい気分ではない。

「天谷くん来るんだ!」と何人かの女子から黄色い声が上がった。

「へえ、天谷くん来るんだね。いま何の仕事してるんだろ」

 私の目の前に座っていた葉菜子がそういうと、「そりゃ大手で給料がワタシらの倍もらってるとこじゃない?だって国立出てあのルックスで、超努力してて、超苦労人じゃん」と朱美がにやにやし出した。

「まじで?もう彼女とかいるのかな?」

「どうなんだろうね。大学のときも彼女作る暇がないくらい勉強とバイトで大変だったって風の噂聞いたことあるけど」

 私は素知らぬ顔で二人の会話に聞き入っていた。私には関係ないしまったく興味もない。だけどそれは嘘。本当は物凄く聞きたい。私はずるい女だ。ただ気になって仕方がなかった。

 始まって三十分経過すると林くんという男子が来た。料理もどんどん運ばれてきて、アルコールがみんなをいいように仕上げて盛り上げていく。私も一杯目を呑み終え、二杯目のオレンジサワーを呑み始めていた。

 およそ一時間が経過したときだった。

 岩瀨くんの背後にある入口のドアが開いた。茶髪でも金髪でもジェルの七三でもない、背丈のある鮮やかな黒髪の下に懐かしい顔が見えた。スマートな顔の形に、控えめな優しい二重瞼。眉毛は昔のアイドルのような濃さで剃った跡などない。彼はリクルートスーツのような黒いスーツを着ていた。

「ごめん、遅れて」

 最後の一人ということもあるだろうし、天谷尊というブランドもあるだろう、さきほどの林くんには申し訳ないが、その場は大いに盛り上がった。私の心臓は鼓動を階乗に増やしながら、端に座っててよかったと思う自分がいた。

 天谷くんは真ん中の席に座り、ビールを頼んで、三度目の乾杯。

 私は決して真ん中の席の方を見なかった。本当は見たいけど、見れなかった。

 三十分後にはドリンクのラストオーダーが来ると思っていたら、二時間コースでなく三時間コースの飲み会であることをいまさら知った。

 まだ時間に余裕があるということで、何人かが席を交換し始めた。

 その流れに乗って、「ちょっと私たちも」といって葉菜子が真ん中の方に席を移動したがった。その顔からして天谷くんと話したい欲が見え見えだった。私はこの場所でいいと頑なにいったが、朱美と葉菜子の押しは強く、私たちは立ち上がって横にいる子達と席を変えた。

 ちょっと待ってよ――――  

 私はそう心の中で叫んでいた。心の準備ができていない。一生かけてもできそうにない、心の準備が。

 私はすぐに座れなかった。横に天谷くんが座っていたから。

 彼はジョッキを片手に持ちながら私の方を振り返った。

「あ!柴崎さん、久しぶり!」

「  久しぶり」

 私は恐る恐る彼の横に座った。元々口下手だし話さないほうでよかった。恥ずかしい話だが、心臓の鼓動は終わりまでずっと止まらなかった。

 そして気づいた。私はいまだに彼の事が好きなのだと。


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