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07

休息や宿を取りながら、行列はゆっくりと進み、

幾日かをかけ、ようやく飛龍の収める白明へと戻ってくる。


白明を一言で表現するならば、長閑な田舎町なのだが、

領主である飛龍が妻を連れ帰ってきた今日ばかりは、

この地で5年程度の時を過ごしている飛龍でさえ驚く程の賑わいを見せていた。


行列を見ようと沿道に集まった人々から次々に投げかけられる婚姻を祝う言葉。


どこの誰かは、よくわからないけれど国民だと認識している集団ではなく、

どこに住んでいる誰か?を判断できる見知った領民達。


そんな彼らが祝ってくれる気持ちが…、

祝いたいと思ってもらえる領主になれていた事が飛龍には嬉しかった。


しかし、馬車の中に一人座っている香雪は

聞こえてくる歓声を聞きながら、不安を感じていた。


飛龍のついでだとしても、

見ず知らずの自分にも『おめでとう』と声をかけてくれる人々は、

馬車の中に居る人物を知らない。


もし、飛龍の妻が自分みたいな駄目な人間だと知ったら、

彼らは落胆してしまうのではないだろうか?


飛龍は自分を妻として選んでくれたけれど、

他の皆、馬車の外に居る民衆や、この行列に参加している人達、

王城にいるであろう飛龍の両親…飛龍の周りにいる沢山の人達が

この結婚を認めてくれた訳ではない。


認めてもらいたい。

良い妻だと思ってもらえれば、それが最良だと思うけれど、

無理だとしても、飛龍の傍に居る事は許して欲しいのだが…

認められる為には、一体どうすれば良いのだろう?


例えば今、

馬車の小窓を開け、集まっている人々に手を振るのが正解なのか?

何もせず、このまま座っている事が正解なのか?


…考えた所で正解は分からず、それならば何もしないでおこうと決める。

現状のままでも人々は熱狂しているのだから、

どういう結果になるのか判断できない行動は慎むべきだろうと…


しばらくすると、屋敷の敷地に入った様で、

大勢の声は聞こえなくなる。


静かな中でいくらかの距離を進んだ後、馬車が動きを止め、

馬車の扉が開かれると、開け放たれた扉の前に飛龍の姿があった。


「香雪、疲れてはいないか?」


「お気遣いありがとうございます。お陰様で大丈夫です」と答える。


全く疲労がない訳ではないけれど、

基本的に馬車に座っていただけなので、わざわざ疲れたと言う程ではない。


「ならば、まずは紹介したい者がいる。行こう。」


飛龍に手を引かれ屋敷の中を歩く。

人とすれ違うと、相手が端により頭を下げてくる。


これは咲安の王城でも普通にあった光景だが、

頭を下げる側だった香雪は、逆の立場になった事が落ち着かない。


「急に環境が変わるんだ。

 直ぐには無理だろうが、少しずつでいいから慣れて欲しい」


「はい。努力致します」


ただ廊下を歩くだけの時でも、

香雪を気にして、言葉をかけてくれた飛龍の為に頑張ろうと思った。


やがて、二人の兵が前に立つ大きな扉が見えてきて、

飛龍達の姿を確認した兵達がその扉を開く。


「ご苦労。」


とても短い労いの言葉を口にした飛龍が

香雪の手を引いたまま部屋に入ると扉は閉じられた。


部屋の中にいたのは、男性一人と女性二人の三人だ。

いつからそうしていたのかは分からないが、

椅子があるにも関わらず座る事はなく、立ったまま深く頭を下げる。


「飛龍様、お帰りなさいませ。

 奥方様は始めまして、遠路はるばる白明にお越し頂き有り難う存じます」


「ただいま。早速だが話をしたい。座ってくれ。」


「畏まりました。」


香雪は飛龍と共に上座に、待っていた三人は下座に座る。


「ここで働いている大勢の人間を一度に覚えろというのは酷だろうから、

 とりあえず三人紹介しておく。

 一人目は宇文 翔(うぶん しょう)。俺の右腕だ。一癖有る性格だが頼りにはなる」


胡桃色の髪に空色の瞳を持った優しげな顔立ちの細身の青年は、


「ただ今ご紹介にあずかりました。宇文 翔でございます。

 右腕だなんて紹介されると、少し照れてしまいますが、

 先祖代々、白明の領主様にお仕えしておりますので、

 この地については詳しいつもりです。

 何かございましたら遠慮なく仰って下さい」と人懐っこい笑みを浮かべる。


「えぇ宜しくね。まだ若いのに飛龍殿下の右腕だなんて、凄いのね」

香雪が頭の中で一生懸命に言葉を選びながら挨拶を返すと、

飛龍と翔が顔を見合わせる。


何か間違えただろうか?と内心焦っていると、

「香雪、こいつは若く見えるだけで俺より4つも年上だ」と飛龍に告げられる。


飛龍は21歳だと教えられたから、その4つ上という事は…

「25歳…ですか?本当に??」

17.8に見えていたと言ってしまうのは失礼だろうか??

年齢を聞いた上で、改めて翔を見ても25歳には到底見えない。


「はい、本当です。そんなに驚いていただけると嬉しいですね」


幼く見られる事が嬉しいという感覚に共感は出来なかったけれど、

気を悪くしていない事に香雪は安堵する。


「あとの二人は、右が楊 朱里(よう しゅり)で、左が周 明鈴(しゅう めいりん)

 お前に付けようと思う」


「飛龍様から香雪様の護衛を仰せつかりました朱里です!

 全力でお護り致しますので、ヨロシクお願いします!!」


元気いっぱいに挨拶をしたのは、

鳶色の髪を後頭部で一つにまとめ、尻尾の様に垂らしている朱里だ。


猫の様な瞳で、興味津々といった様子を隠さずに香雪を見つめてくる少女は

護衛らしいのだが、一見すると武装している様子はなく

男の子の様な動きやすい格好をしているだけの女の子にしか見えない。


「奥方様の身の回りのお世話を命じられました。周 明鈴でございます。

 至らぬ身ですが誠心誠意お仕えさせていただきますので、

 何卒よろしくお願い申し上げます」


仕事の邪魔にならない様に纏められた濡羽色の髪に、瑠璃色の瞳を持った

右目の下の泣きボクロが特徴的な女性は、

香雪の目にはしっかりした大人の女性として映る。


「飛龍殿下、私に人が付くのですか??」


「お前なら身の回りの事は一通り自分で出来るだろうが、

 誰もつけないのは対外的に拙くてな。

 友人候補を紹介されたぐらいの感覚でも構わないから、

 傍に置いていてくれると俺が助かる」


友人……知識こそあれど、得た事のない存在だ。

得られるものなら得たいと思うのだけれど…

どうやって友人になればいいのか?が分からないし、

主従というのは友人になって良いものなんだろうか??


「私、香雪様と仲良くなれたら、すっごく嬉しいです♪」


「朱里、言葉に気をつけなさい。

 友人なんて恐れ多いですが、お役に立てる様に精一杯努めますので、

 どうかお傍にお置き下さいませ」


「恐れ多くなんて…二人とも仲良くしてくれれば嬉しいわ。ヨロシクね」


「はい!」

「此方こそ、宜しくお願い申し上げます」


分からない事が増えたけれど…嫌な気持ちではないし、

仲良くできれば嬉しいというのは、香雪の本当の気持ちだ。


「香雪、俺は屋敷を離れていた間に溜まっている仕事があるから、

 後はこの二人に屋敷の案内をしてもらうなり、

 部屋で休むなり好きに過ごしてくれ。夕飯は一緒に取れると思う」


「はい。承知しました。あの…お仕事頑張って下さい」


「あぁ、ありがとう」


飛龍が翔と言葉を交わしながら去っていく。

二人の背が見えなくなると、朱里が香雪の手を握ってくる。


「香雪様。お部屋にご案内します。

 香雪様に快適に過ごしてもらえる様に明鈴と二人で家具や服を選んだんですよ」


そのまま手を引いて、香雪の部屋に案内しようとする朱里を見て、

明鈴が眉根を寄せる。


「朱里…貴方という人は…。

 奥方様、申し訳ございません。

 彼女の事は後ほどしっかりと叱っておきますので、

 なにとぞ御寛恕くださいますよう、お願い申し上げます」


「大丈夫よ。気にしないで。

 その…飛龍殿下が、友人候補にと仰ったでしょう?

 そういう風に接して頂戴」


香雪は考えながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

これで大丈夫だろうか?間違ってないだろうか?

どうしても付き纏う不安をかき消す様に

「やった~!香雪様からお友達になるお許しを頂きましたぁ♪」という

朱里の大きな声が辺りに響いた。

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