01
花の国の異名を持つ咲安を収める彩王家には、三人の姫がいる。
咲安一の名花と称えられる程の美貌の持ち主である一の姫 春蘭。
宮中で恋をして有力貴族の妻となった、色白で器量よしの二の姫 白蓮。
宮中のごく一部の者しか姫だと知らぬ三の姫 香雪。
国王が気まぐれに侍女をつまみ食いした結果、生まれた娘であるが故に、
香雪は公に姫としては扱われず、姉である春蘭の侍女として暮らしていた。
春蘭が社交界にお披露目されたその日から、
彼女を妻にと望む者は数え切れない程いたのだが、
誰一人として春蘭の眼鏡に適う事はないまま6年の月日が経っていた。
14歳の瑞々しい花だった春蘭も今や20歳。
一般的には、行き遅れに片足を突っ込んでいると判断される年齢なのだが、
春蘭は瑞々しさを保ったまま艶やかさに磨きをかけ、
今なお花の盛りで、縁談話は引く手数多だ。
「春蘭様、本日も贈り物が沢山届いております」
王宮に送られてくる春蘭への贈り物を彼女の部屋に届けるのは、香雪の仕事だ。
香雪が火の王子様と出会った日から6年。
ほんの子供だった彼女は、姉が社交界にお披露目されたのと同じ14歳になり、
侍女の仕事も板についてきた。
腰まで届く真っ直ぐで艶やかな白銀の髪と、
まるで磁器の様に白くてきめの細かい肌。
紅梅色をした二重の丸い瞳が愛らしい可憐な顔立ちに、清楚な佇まい
二人の姉とは趣が異なるが、彼女も紛れもなく美しい花へと成長しており、
城内には彼女を妻にしたいと密かに望む者が少なからずいたのだが、
長い年月をかけて、香雪に深く刻み込まれた価値観が、
美しさを自覚する事も、思いを寄せる者の存在に気づかせる事も邪魔していた。
「適当な場所に置いて頂戴」春蘭は興味なさげに告げて
「貴方も贈り物を頂いても良い年齢になった筈なのに…
母親譲りの卑しさが滲み出ているのが良くないのかしら?」と、香雪を嘲笑う。
「春蘭様の仰る通りかと…
私などが殿方の目に留まろうと考える事自体が、おこがましいのです」
言葉の刃に何度も刺され続けてきた香雪の心は、
もう軽く刺された程度では、痛みを感じなくなっていた。
時を同じくして、咲安の王宮の一室には、
王と数名の家臣が難しい顔をして集まっていた。
咲安では女性が政治に関わる事はなく、
王妃や姫という立場であっても、国の情勢について知らされる事は基本的にない。
何も知らない春蘭が優雅に暮らしている陰で、咲安は重大な選択を迫られていた。
問題となっているのは、隣国である鳳焔の事だ。
大陸の南方にある小国でしかなかった鳳焔は、
10年ほど前に王が代替わりしてから、
武力行使による積極的な領土の拡大を始めた。
かつて咲安と鳳焔の間に存在した幾つかの小国は鳳焔に飲み込まれ、
今や咲安の隣にまで迫ってきている。
鳳焔と接している国は咲安だけではない為、
次に攻め込まれるのが必ずしも咲安だと言う訳ではないが、危機感は募る。
勿論、隣接して初めて危機感を持った訳ではなく、
鳳焔が進行を始めたのを知って以来、警戒をし、
様々な手は打ってきたのだが…現状は芳しくない。
「私と致しましては…やはり天暁との同盟が良策かと存じます」
「ですが…この条件は一体?何か裏があるのではないでしょうか?」
大陸一の大国である、天暁との同盟案を推す者は多い。
いや、むしろこの場に居る全員が、それが正解だと分かっているのだが、
話が纏まらないのは、天暁から出された同盟の条件故だ。
天暁の王が同盟にあたって言ってきたのは、
天暁の東端にある白明の地を収める王子、煌 飛龍の元に、
咲安の姫を嫁がせる事。
有事の際の対処や、それに関わる経済的な負担の割合等の
詳細の交渉は飛龍が担当するという事だ。
ここまでは全く問題はない。
飛龍が収める白明は咲安と接している場所であり、
飛龍は戦上手で名高い王子なのだから…
問題は、それならば…と飛龍と詳細を詰めようとした際に起こった。
咲安側が提示した『春蘭を飛龍の妻として嫁がせる』という条件を
飛龍が蹴ったのだ。
代わりに彼が提示したのは『香雪を妻として娶りたい』という物。
香雪を嫁に出す事自体は不可能ではない。
ただ、公に出してない姫の存在と名を知っていた事や、
引く手数多の春蘭を袖にして、
姫としての教育すら受けていない香雪を指名する不可解さが、
咲安側を混乱させていた。
姫として未熟な香雪を娶り、
後から難癖をつけてくるつもりではないか?と警戒する者もいたが、
天暁がその気になれば咲安を飲み込む事は容易く、
そんな小賢しい手を使う必要はない。
「確かに、この一点は不自然ですが、他の条件は悪くない様に感じます」
「あぁ、妥当な所だな」
「現状を考えれば、むしろ好条件かと…」
「香雪を此処に…」
同じ様な話が繰り返され、一向に進まぬ話し合いに一石を投じたのは、
名指しされている当人を呼ぶ様に告げた国王の一言だった。