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00 プロローグ

春蘭(しゅんらん)姉様は、すごく綺麗。

皆が咲安(しょうあん)には美しい花が沢山あるけど、一番綺麗な花は春蘭様だって言うの。

きっと、世界中で一番綺麗なんだと思う。


白蓮(びゃくれん)姉様は、綺麗で優しい。

私みたいなダメな子にも、笑顔で優しい言葉をくれる。

きっと、世界で一番素敵なお姫様なんだと思う。


二人の素敵な姉様の妹なのに私は…、

泥棒猫の娘の私は…綺麗でも、優しくもない、いらない子なの。


今日は、春蘭姉様の社交界へのお披露目の日。

詳しい事はわからないけれど、

お婿さんを探し始めようと思いますって皆に言う日(?)で、

会場には沢山のお婿さん候補の人が集まってるみたい。


春蘭姉様は勿論、白蓮姉様も宴の会場にいるのに、

私は庭の片隅の東屋に独りきり。

私みたいな駄目な子に、

華やかな場所が似合わないのは判っているけれど……でもね。


でも、今日は…ね。


「私のお誕生日なんだけど…な」


紡いだ言葉は、誰にも聞かれる事なく夕闇に溶けて消える…筈だったのに…


「誕生日を祝ってもらえない事に拗ねて、こんな所に来たのか?」


頭の上から降って来た言葉。

不思議に思って見上げてみても、見えたのは東屋の天井だけだった。


「誰?どこにいるの??」


誰だか判らない相手に答えてしまったのは、

その声が優しく聞こえたから…


「悪い。声をかけるなら姿を見せるべきだな。直ぐに降りる」


そう聞こえてきたかと思うと、トンという軽い着地音と共にその人は現れた。



「火の王子様」


赤い髪に赤い瞳、赤い服。

真っ赤なその人は、まるで炎の化身の様に見えた。



「ひ?聞いた事のない国だな。

 俺は、『ひ』とやらではなく…あぁ、いや、今は良いか。

 じきに月が昇る。

 誕生日の祝いとしては不足かもしれないが…お前も一緒に見るか?」


「いいの?」


「駄目なら誘ったりしない。時間がないから直ぐに上に戻るぞ。

 バレると色々面倒だから、騒ぐなよ」


火の王子様の言葉に、私が頷きを返すと、

その人は私を荷物の様に抱え上げ、

トントンと簡単そうに飛んで東屋の屋根の上に連れて行ってくれた。


「わぁぁぁぁ♪」


思わず声を上げてしまった私の唇の前に、

スッと火の王子様の人差し指が立てられる。

静かにしてなくちゃいけない事を思い出した私は、慌てて口を閉じた。


「小さな声なら話しても構わないぞ。近くに人の気配もなさそうだしな」


「うん、わかっ…じゃなくて、はい。承知いたしました」


「今は聞き咎める者もいないんだから、話しやすい言葉でに話せば良い」


「あ…えっと、でも…普段からちゃんとしないと、

 大事な時にも出来なくて叱られちゃうから…」


「そうか。なら、頑張れ」


「はい。えっと…火の王子様…じゃなくて、殿下?」


「あぁ、大体そんな感じで呼ばれてる。そんな事よりほら、あっちだ」


殿下の指差した方向を見ると、

夕方の名残である茜色を少しだけ残した藍色の空に、

まん丸のお月様が上ってきている所だった。


「うわぁ、すっごい綺麗…っと、あ、とても綺麗ですね」


「だな」


ごく短い言葉が返ってきた後は、しばらく無言の時間が続き、

ゆっくりと上る月を、二人並んで、ただただ眺めていた。


「お前の名は?今日で幾つになるんだ?」


「香雪と申します。年は8つです」


月が昇りきった頃に殿下に問われ、私は素直に答えを返した。


「香雪、8歳の誕生日おめでとう。

 この1年が幸せな物である様に祈っている」


殿下は意思が強そうな瞳で真っ直ぐに私を見て、そう言ってくれた。


「あ、ありがとうございます。あの、殿下は…」


本当は名前を聞きたかったのだけれど…

貴い方のお名前を、自分が聞いてしまって良いのか?と迷ってしまい

「殿下は春蘭姉様のお披露目にいらした方ですか?」と誤魔化してしまう。


「あぁ…まぁな。香雪は、春蘭姫の妹なのか?」


「あ、えっと……その……一応…あ、でも違うんです!

 姉様達と私は全然違っていて……

 私は……卑しい泥棒猫の娘で、不出来な出来損ないですから…」


自分で言った言葉が悲しくて、私は俯いてしまう。

殿下と私は、すぐ近くにいるのに、すっごく遠い所にいるみたいな気持ちだった。


「お前の素直さは、長所であり短所だな。

 少なくとも俺は…お前の二人の姉よりも、お前の方に好感が持てるぞ」


「え?」


思わず顔を上げて、殿下を見ると

月明かりに照らされた優しい笑顔が私を見下ろしていた。


「そ、そんな筈は…私は何をやっても駄目な子で…」


「何だ疑うのか?困った奴だな」


「あ、も、申し訳ありません!

 その…好感が持てるなんて言われたのは初めてだったので…」


殿下の機嫌を損ねてしまったに違いない!

私はただただ頭を下げて、謝る事しかできなかった。


「頭を上げろ。お前は何も悪くないのだから謝る必要はない」


「いえ、貴きお方のお言葉を疑った上に、

 口答えをするなんて許される事ではありません」


頭を上げろと言われたのに、上げなかったのが悪かったのだろうか?

何となくだけれど、怒っている様な感じがした。


でも…謝らないといけない事をしたのは間違いなくて

だけど、殿下の言葉に従わないのも、失礼なんじゃ?

そもそも、自分のような者が殿下と話したりしちゃいけなかったんじゃ??


ぐるぐると色んな考えが頭を回って、私は固まったまま動く事が出来なかった。


「…とりあえず、お前にとって俺は貴い人間で、

 俺の言葉を疑ったり、口答えする事は許されていないと思っている

 …という認識で構わないな?」


「はい、勿論です。私で出来る事なら、どの様な償いでも…」


「なら覚えておけ。

 お前が思うほど、お前は駄目な娘ではないし、俺は貴くなどない。

 共に月を眺め、綺麗だと語り合えるんだから、大した違いはないと俺は思う」


何を…殿下は何を仰っているのだろう?

反論など許されない…けれど、大した違いがないなんて、そんな筈は無い。


王妃様は言っていた。

私は母と一緒に殺されて当然の存在だったって、

王様と王妃様が優しいお陰で生きていられるんだから、

恩返しにしっかり働きなさいって…。


春蘭姉様は言っていた。

私のお母さんは汚らわしい人だから、その娘の私も汚いんだって、

ゴミ以下の存在なんだって…


白蓮姉様は言ってくれた。

悪いのは私のお母さんで、私は悪くないって…

だけど、皆がそう思っている訳じゃないから、

私がこのお城で暮らしていきたいなら

どう扱われても文句を言わないで受け入れないといけないんだって…


そんな私が春蘭姉様の旦那様になるかもしれない人と、

違わない筈がないのに…。


口答えはできない、だけどそうですねとも言えない。

どうしたら良いんだろう?って考えてたら、

頭の上から深いため息が一つ落ちてきた。


「…とは言え、ここで生きていく以上は、

 ここで教えられた事に従うのが正解かもしれないな。

 月も昇りきった、お前も俺もそれぞれの日常に戻るとしよう」


どこか寂しそうな声音が心配になって顔を上げると、

殿下は困った様な…泣いちゃいそうな顔で私を見下ろしていた。


上った時と同じ様に荷物の様に抱えられて庭に降りた私は、

静かに宴の会場へと歩いていく殿下の背を見送った。

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