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企画「ひだまり童話館」参加作品

月のうさぎ

作者: 霜月透子

 月のうさぎは一羽ぼっち。

 お餅をついています。

 ついてはこね、こねてはついて。

 ついたお餅はちぎってまるめて夜空へ放り投げます。

 ポーンと暗い夜空に白いお餅が飛んでいきます。

 あるお餅はそのままどこかへ飛んでいって流れ星になります。

 またべつのお餅は自分の居場所を定めて夜空の星になります。

 ほかのお餅たちと並んで星座を描くこともあります。

 うさぎは一羽ぼっちなので大忙し。


 けれどもうさぎがつらいのは餅つきではありません。

 ついてはこね、こねてはつくのもたいへんですが、それよりもっとつらいことがあるのです。


 それは一緒にいたはずのうさぎが今はここにいないこと。

 遠い遠い昔、月のうさぎは二羽でした。

 もう一羽のうさぎがお餅をこねてくれたので、星作りは今よりもっと楽でした。

 けれどもうさぎがつらいのは餅つきを一羽でやることになったからではありません。

 やさしく励ましてくれるうさぎがいないことでした。

 寄り添ってあたため合ったうさぎがいないことでした。




「よし。ぼくの片割れをさがしにいこう」


 うさぎはそう思い立ちました。もう一羽のうさぎがどこかで泣いている気がするのです。広い広い夜空には星がたくさんあるから、ぼくたちの月がわからないのかもしれません。


「帰ってくるのを待っているだけじゃなくて、ぼくが迎えにいけばいいんじゃないか」


 どうしてもっと早く探しにいかなかったのだろう。うさぎは申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。


「かならず見つけるんだ」


 うさぎは長い耳をピンとまっすぐ立てました。

 けれどもうさぎは餅つきをしなければならないので、夜までには帰ってこなければなりません。


「ぼくまで帰り道がわからなくなったらどうしよう」


 すると、青い星からにょきにょきとなにかがこちらに伸びてきます。近づいてくるとそれは長い長い蔦でした。あっという間に月まで届いて、うさぎのおなかにぐるりと巻きつきました。反対側は青い星から切り離されてぷらんぷらん揺れています。うさぎは蔦をたぐりよせて臼に結び付けました。


「よし、これでどこまでいっても月に帰ってこられるぞ」


 うさぎはピョンと元気よく夜空に飛び出しました。




 うさぎは来る日も来る日も星々を渡り歩きました。どの星にもうさぎの片割れはいません。


「ああ、いったいどこにいってしまったのだろう」


 最後にうさぎは遠く燃える星までやってきました。あつくてあつくてとても近づけません。あの星に片割れのうさぎがいるとは思えなかったので、うさぎは引き返すことにしました。あんなにあつい星にいたら、たちまちとろとろになってしまうにちがいないからです。


 けれども、だとしたら、片割れのうさぎはいったいどこにいってしまったのでしょう。

 うさぎはもうすべての星々を巡ってしまったのでした。ですからうさぎはしょんぼりして月に帰るしかありませんでした。




 うさぎはたしかに二羽いたはずなのですが、それはあまりにも昔々のことなので、「もしかしたら、あれはぼくの夢だったんじゃないかしらん」と思ったりもしました。あまりにも淋しかったので、「ほんとうは、ぼくの隣に誰かがいたことなんてなかったんじゃないかしらん」と思ったりしました。


 いたにちがいない。いなかったにちがいない。

 考えるたびにちがうこたえが頭に浮かぶのでした。


 もしもはじめから月のうさぎはぼくだけだったのだとしたら、この半分欠けた気持ちはなんなのだろう。ぼくがずっと一羽ぼっちだったのなら、きっと欠けた部分があるなんて気がつくはずがない。今までそこになにかがあったから、誰かがいたからなくなってしまうとすぅすぅ寒く感じるんだ。

 なのにどうしてだろう。なんだかはっきり思い出せない。

 もしも二羽でいたことがあるのなら、もう一羽のうさぎと並べばはっきり思い出せるのではないかしらん。

 うさぎはそんなことを思いました。


 そうして、うさぎはいなくなったうさぎの代わりをお餅で作ることにしたのです。


 もしかしたら一緒にいたってことは夢だったのかもしれないけれど、片割れのうさぎの姿ははっきりと覚えています。

 うさぎは時々目を閉じてもう一羽のうさぎの姿を思い浮かべては、お餅をこねたり引っ張ったりして、ぷくぷくのお餅でやさしくかわいい顔のうさぎを作りました。

 つきたてのお餅でつくったうさぎに寄り添うと、ほんのりあたたかで、欠けた心がすこしだけ埋まりました。




「お寝坊さん。お寝坊さん。さあさ、もう夜ですよ。今宵もお餅をついて星を作らなくては」


 やわらかな声に目をあけると、かわいいうさぎがやさしい面持ちで覗き込んでいました。


「おや。お餅がうさぎになった。ほんもののうさぎになった」


「あらいやだ。まだ夢を見ているの? わたしはほんもののうさぎでなかったことなどないわ」


 起きたばかりのうさぎは真っ赤な目をごしごしこすりました。

 そんなうさぎをもう一羽のうさぎはほほえみながら見つめています。


「ぼくたち、これまでもずっと一緒にいたのかな?」


「わたしたち、これまでもずっと一緒にいたわね」


「ぼくたち、これからもずっと一緒にいられるのかな?」


「わたしたち、これからもずっと一緒にいられるわね」




 遠い遠い昔、月のうさぎは二羽いました。

 遠い遠い未来がきても二羽いるはずです。


 もしも見上げた月にうさぎが一羽しかいなかったなら、それはうさぎの夢の中。


 さみしい夢は早く覚めますように。目をあければ大切なものが見えますように。

 いつだってほんものはちゃあんと一緒にいるのだから。





      おしまい


挿絵(By みてみん)


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ひだまり童話館 * 開館2周年記念祭
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― 新着の感想 ―
[一言] 子供の頃に見た夢で、さみしい夢はなんとなく記憶に残りますね。しかも、さみしい夢に限ってなかなか覚めないものの様な気がします。 面白いかったです!
[一言]  心がほんわかしました~。素敵なお話。
[良い点] 「いつだってほんものはちゃあんと一緒にいる」 この言葉が胸の奥深くに降りてくるようでした。 [気になる点] うさぎの孤独が、夢の中のことで良かったです。 それと同時に、読み手にも優しく語り…
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