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エリスが居る場所  作者: 改革開花
三章 泥の底で光るモノ
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幕間 ぼくのゆめは

 少年には、とある男に拾われる以前の記憶が無かった。

 即ち、少年には経験が無く、未知と遭遇した際の比較材料を持っておらず、自らの足跡の貴賎すら知る事が出来なかった。

 

 少年は最初、周囲の人間に警戒を重ねた。

 見知らぬ誰かに、馴染みの無い自分。少年は自分にすら疑いの目を向けて、それでも自分を守る為に用心に用心を重ねた。それらは騎士の彼らとの関わりの中で、自分を示す名と共に、唯一の味方との繋がりへと反転する。


 少年が拾われたのは騎士の集いだった。

 騎士、騎士、騎士。見渡す限り騎士とその関係者に囲まれて、少年は失われた記憶の続きを紡ぎだした。雑用に奔走し、ほんの少しずつ自分の居場所を見つける毎日。少年は不安定な自分がここに留まれるだけの、強固な楔を求めていた。


 少年は騎士になった。

 現実には見習いと言うべきだろうが、それでも肩書きに、所属に騎士と名が付く様になった。それは恩人の彼らに認められた様であり、少年の内に小さな誇りと喜びが灯る。――だが同時に、少年はその言葉に囚われる様になった。


 少年は騎士になろうとした。

 見習いでは無く、本物の騎士へと。少年は自らの内に宿る業に苦しみつつ、それでも懸命に騎士となるべく修練の日々を送る。


 少年は自らの秘密を打ち明けた。

 一切の足跡を知らぬ過去からの業、それを少女へと打ち明けた。秘密を共有し、少女と記憶喪失の悩みで共感し、少年は少し、背負っていた重荷を減らす事が出来た。


 少年はますます騎士になろうとした。

 悲観と恐怖に震える日々から脱却した少年は、より強く一人前の騎士になろうと励んだ。そんな時の中で自らの剣も手に入れ、愛剣に見合うだけの騎士にならんと少年の気合は膨れ上がり続ける。


 少年は過ちと騙りに気付いた。

 自分が都合の良い色眼鏡で仲間を見ている事に少年は気付いた。同時に、少年の胸の内に宿る炎が、嫉妬と虚栄に彩られている事にも気付く。少年は苦悩するものの、ある女性の騎士の言葉を受け、自分の出発点を再発見する。


 少年は一歩ずつ、騎士になろうとした。

 結果に逸るのでは無く、成果に焦るのでは無く、等身大の自分と止まらずに成長する事を自らに命じた。容易く嫉妬や焦燥に変わりそうな心の燻りを少年は律し、確かな心の強さへと変えていった。


 少年は死んだ。

 騎士としての信念。恩人への報恩。それらを原動力に、少年は愛剣で自害した。そこに死への恐怖は無く、少年の行いに一切の澱みは無かった。

 

 最初から最後まで、少年は騎士足らんとしたのだ。





「で、ここで問題。彼の言う『騎士』とは何ぞや?」


 遠い遠い、木陰の下で。魔法使いは小さく笑う。


「特定の国家や思想の下に形成・設立される、威信や思想反映、武力行使の為に用いられる階級や名誉的称号の――なんて、そんな事を言ってる訳じゃない。私が言いたいのは、彼にとって『騎士』とは何を指し示したものなのか、って話だ」


 語り部の様に朗々と言葉を紡ぐ魔法使いだが、その周りには誰もいない。世界に聞かせる様に、魔法使いは話を続ける。


「彼は騎士を目指した、目指している。それは間違い無い。――そして、そこに具体性が無いのもまた事実だ。彼が騎士を目指したのは、言うなれば身近な大人に憧れた子供みたいなものだ。微笑ましい、健気な努力だ。……でも、子供では何処まで行っても『ごっこ』から抜けられない様に、彼の騎士への道も実態や中身を伴わない空っぽな修練の積み重ねだと言えるだろう。残念な事に、そして当たり前な事に。真剣極まりない『ごっこ遊び』の最中である彼には、その残酷な真実を自覚出来ないのだがね」


 お伽噺の勇者を目指して、子供が剣を振る。毎日、毎日剣を振る。最初よりは上達して、想像の中では竜なんかの化け物を倒せるようになって――それでも、その子供は勇者では無い。そして恐らく、現実を知らずに妄想に耽り続けている内は、何時まで経っても勇者に成れないだろう。これはどんな仕事でも、どんな技術でも、どんな役職でも、どんな立場でも生じる通過儀礼だ。子供の夢は壊れる為にあり、壊れた後に立ち上がれる者にこそ、夢へと挑戦する資格が発生する。その点で言えば、少年は未だ夢の中に居ると言えた。つまり、少年は懸命に必死に真剣に――『騎士ごっこ』をしているのだ。


「彼は何故、憧れの騎士の皆が騎士という道を選んだのかを知らない。その過程の苦悩を知らず、失敗や後悔に苛まれている事も知らず、高潔な理想の裏に溢れんばかりの罪悪感や贖罪の精神がある事を見ようともしていない。彼が度々躓くのはその所為だと言えるかな。彼は輝かしい結果や成果だけを見てそこを目指している。まぁつまり、上ばかり見ているから足元の段差が見えていないという訳だ。良くある話さ――これだけならね」


 風が吹いた。木の枝葉が風に揺らされ、葉が擦れあって音を奏でる。寂し気な音に聞こえたのは、魔法使いの心の捉え方如何か。


「彼は死んだ。そして、生き返った。代償に、対価に、精神の一部を削って、ね。彼の精神から欠け落ちたのは『愛』だった。誰かを愛する心、自然を愛する心、世の営みを愛する心、文化を愛する心、過去現在未来に続くまでの悠久の時を愛する心――自分を愛する心。彼は愛を失った……なんて言うと詩的に聞こえるが、これは人としては拙い損傷だ。致命傷と言っていい。何も愛せない人なんて、それは獣でしかない。つまりはヒトだ。にも関わらず、彼は人……の様に見える。それは、彼は愛こそ喪えど、理想として掲げていた『騎士』を失わなかったからだ」


 道具を扱え、意思疎通の手段を幾つも揃え、火を恐れず、直立二足歩行を行い、文化を育もうとも。そこに愛が無くては人とは言えない。少なくとも、愛無きヒトは人間にはなれない。だから、今の少年もまた、人間とは言えない。


「彼にとって『騎士』への道は、それが如何に『ごっこ』であっても真剣そのものだった。だからか、彼は愛が欠け落ちた後、愛の代わりに『騎士』としての在り方を埋め込んだ。曖昧でも、空っぽでも、その熱意は本物だ――違うかな。愛が無くなり、熱を覚えなくなったからこそ、唯一残っていた熱の残滓に縋っている、というのが正解だろうか。自覚は例の如く無いだろうがね。……さて、最初の問い掛けに戻ろう。彼にとって――君にとって、『騎士』とは何ぞや? 愛を失った君が縋る、その在り方とは如何様なモノか?」


 魔法使いが嗤う。歪に、明らかに、世界全てに祝福と怨嗟をぶつける様な笑みで少年に問う。


「さぁ、そろそろ目覚めの時間だよ。夢見る時間はお終いだ。夢を選んで狂うか、夢を捨てて壊れるか――好きな方を選びたまえ」


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