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エリスが居る場所  作者: 改革開花
三章 泥の底で光るモノ
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19 エリス大捜索網

 宿の扉を乱暴に開き放ち、中から屈強な男と凛とした女が出て来る。男は剥き出しの巨剣を背負っており、女は腰に剣を鞘に納めて差していた。片手は柄に添えられている――今すぐに抜く気配は無い。だが、相手の出方次第では振り切る覚悟がある。それだけの話であり、それだけの証明だった。

 それに対し、宿から出て来た二人を取り囲むは有象無象。優れた頭脳を持つのだろう。秀でた才覚を秘めているのだろう。だが、それだけだ。男と女が児戯にも等しい殺気を振りまくだけで、彼らの手足は案山子が如きに成り下がっていた。

 当然だ。今ここは、二人が剣に手を掛けている時点で戦場である。彼ら勉学の徒の居場所ではない。彼らには相応しい舞台があり、ここはその舞台ではない――それだけの話だった。

 だがここに、例外が現れる。

 それは男と女を取り囲む集団と同じ側に位置し、間違いなく自らの舞台では無いにも関わらず、ともすれば男と女よりもこの空気に慣れ親しんだ歩みで前に出た。

 それは戦いに生きる者の所作。彼から香るは血の匂い。彼に見るは死の幻影。彼を見た者が抱くのは嫌悪、拒絶、凶兆。負の要素をその足取りに滲ませ、魔術師の長は刃物に似た笑顔を浮かべた。


「おや、おやおや。朝早くに何やら大慌てのご様子。如何なさいましたか」


 たったそれだけの言葉。数秒間の空気の振動を以てして、彼は戦場を会話の場に引きずり込んだ。その変化を敏感に察知した背後の者達は、一様に元の在り方を取り戻す。虎の威を借る狐――些か滑稽な復調であった。それでも自失にあった彼ら魔術師には、自分達の長の一挙手一投足が特効薬足り得たのだ。

 ――しかし、忘れるなかれ。騎士の二人は尚、その手を剣から放してはいない事を。




 

「どうしよっか」

「じゃないですよ、本当にどうするんですか」


 宿前の出入り口を塞ぐ通行人に傍迷惑な修羅場を遠くから眺めながら、ヨハンは項垂れ、重くなった頭を抱えた。隣では照れ笑いの様な表情で頬を掻くヨハンの師――レイ・アルトイェットの姿がある。この期に及んで気楽なものだと、普通の人間ならそう思いそうな緩んだ表情をしているが、「反省と後悔」とは無縁の性格をしているレイが申し訳ないと露わにしている時点で、彼女にしては十分に反省しているのだとヨハンは理解していた。許してはいない。許してはいないが、構造的欠陥をぐちぐちと呪っても何も始まらないだろう。ヨハンは精神的疲労からか、鈍痛響く頭を鬱陶しく思いながら、宿前の光景に目を戻す。

 そこでは二人の騎士団長と、自分達の長であるルーカス・エルドレッドが相対していた。会話の内容は聞こえない。魔術を使えば音を拾う事も可能だが、エルドレッドの前で不用意に魔術を使えば、それは居場所を知らせているのと同義だ。逃亡中の身としては、おいそれと使う訳にはいかない。

 魔術師が魔術を奪われてしまえば、残るのは頭脳だけである。故に、ヨハンは考える。この状況に整合性を持たせ、弁解の余地を作る逃げ道を。隣の有能な馬鹿(レイ)は当てにならない。弟子であるヨハンしか、自分達を救う事は出来ないのだ。


「がんばれヨハン! 師匠は君に期待しているよ!」

「ぶっ殺すぞ」

「ヒドイ!」




 状況は何とも厄介であるらしい。

 曰く、魔術協会の人間が二人失踪した。騎士団側からはエリスが一人。合計で三人の人間がここ、エトッフから消えた事になる。関連性が無いとは、到底考えられない。この三人の失踪は密接に関わりのある、一連の何かと考えるべきだ。

 どうやらエルドレッドも同じ考えであるらしかった。ラルフやミカエラが提案する前に、エルドレッドからその誘いが来た。


「私達も、貴方達も部下を捜している。ならば、ここは協力しましょう」

「……良いのかよ?」


 散々行動を制限しておいての掌返しに、ラルフは訝しげな視線を送る。それを飄々と受けながら、エルドレッドは肩を竦めた。


「今ここは私が権限を持つ封鎖地域。その中で騎士団の人間に何らかの『不幸』があったとなれば、それこそ私の責任ですからねぇ。協力した方が互いに有益である、というだけです」


 投げ槍にも聞こえるその言い振りには、影に確かな強かさが見え隠れする。利用してやる。使い潰してやる。責任を押し付けてやる。弱味を握ってやる。――そう言った汚い情動が、隠しても隠し切れないほどに溢れていた。

 それでも、ラルフ達は頷く他無い。他の道は無い。それが悪魔の手であろうと、外道の罠であろうと。何れ打倒する事だけを誓って、今は力を共にするしかなかった。

 柄を握っていた手を放す。剣気を収め、悪魔へと手を差し出した。


「一時の協力だが」

「えぇ、えぇえぇ。お互い頑張りましょう」


 ここに結ばれたのは友好の証では無く、ただの契約である。

 

 



「先に、何処かに行った騎士団の少年を見つけましょう」


 騎士団の長二人と、魔術協会の長二人が手を結ぶのを見て、ヨハンはそう結論付けた。彼らの目的は行方不明の騎士団の少年――そしてヨハンとレイの捜索であるのは自明の理。ならば、目的をあえて同一の物に設定する。

 筋書きはこうだ。

 宿を抜け出した少年。それに気付いたヨハンとレイは彼を追う。どんどんエトッフから離れる少年。それを追う二人も、エトッフから離れてしまう。遂には少年を見失ってしまう。でも、少年の安否が心配な二人は少年を放ってエトッフに戻れない。二人は意を決し、少年を捜すのだった――。

 この筋書きならば、二人を捜している魔術協会の面々と出会っても一応の方便が立つ上、騎士団からの温情が貰える可能性が高い。また、本当に少年を見つけて連れ帰れたならそれがベストだ。話に信憑性、それと同時に正当性が増す。騎士団からの擁護が大いに期待出来るに違いない。

 人の情に訴えかける打算の塊。自らの保身を掛けて、二人は少年を捜しに草木の陰から離れる。


 こうして。魔術協会と騎士団長の二人は、姿を消したエリス、ヨハンとレイの三人を捜し、ヨハンとレイは自分達の不祥事の挽回としてエリスを捜す。エリスが夜の森に消える子供を追った事から始まった一連の騒動は、エトッフ中の関係者を巻き込んでの大捜索に発展した。



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