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エリスが居る場所  作者: 改革開花
三章 泥の底で光るモノ
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16 魔術師の夜


「はぁ……。本当にやる意味あるのかな……」


 まるで人生に疲れた中年の様な声色で、御年十六歳の少年、ヨハン・フルッペンは薄暗いテントの中で独り毒づいた。

 彼の目の前には各頂点が様々な色に輝く、半透明な直方体が浮かんでいる。直方体に触る事は出来ない。飽くまで空間に映されているだけで、その存在は砂漠の蜃気楼よりも儚く脆いからだ。唯一、人が触れられるのは直方体に八つある頂点のみ。そこに目を移して、ヨハンは胸の内に淀む物が一層どろりとしたのを感じた。


「こんなのに金を使うくらいなら、もう少しこっちに金を融通してくれてもいいのに」


 ヨハンがこんな辺鄙な村、エトッフくんだりまでやって来たのは、半ば強引に自らの師であるレイ・アルトイェットに連行されたからであり、その彼女を招集したのは自らが所属する魔術協会のトップである会長こと、ルーカス・エルドレッドである。一介の学徒にしか過ぎないヨハンに拒否権は無かった。本人の自由意志など、実験廃棄物処理所の底の方に追いやられているのだ。

 無論、組織に所属する以上、上の人間の言う事には従う。ましてや師と、その上の人間の言葉。逆らえる筈が無い。故に、作業自体に退屈は覚えても、不満や憤りは感じない。ヨハンが真にやるせなく思っているのは、今、目の前で展開されている魔術一式がそれだけで、自分の所属する「火の学会」の半期分の予算に匹敵するからである。加えて、そんな莫大な資金が高々三人(・・)の監視と盗聴の為だけに投じられていると来れば、日頃食事すら削って研究費に充てている一学徒からすると、もはや僻みだか妬みだか分からない感情が湧き出るのも致し方無しだろう。

 

「あーあ、暇だ。……ほんと、暇だ」


 眼前に浮かぶ直方体は、高額を費やした監視用の魔術式。その効果は、範囲内の物体の動きや音を拾い集め、収集し記録するもの。半透明の直方体は魔術の効果範囲の模型の様な物であり、今回で言うならば、範囲はそのままエトッフ唯一の宿全体を覆うそれとなる。監視対象が百戦錬磨の強者だとの事で、部屋の外、建物の外から魔術を敷いたらしい。

 ――ヨハンとしてはそれが腑に落ちない。確かに騎士団の人間――小間使いに見える少年は除くとして――団長が二人である。警戒は必要かもしれない。ただ、だからと言って。これ程までの、金と手間を掛ける必要性がヨハンには理解し難かった。何せ、宿全体から部屋一室まで範囲を狭めるだけで掛かる手間は十分の一、費用は二十分の一になる。無駄な出費にしか思えなかったのだ。

 手間に関してはヨハンは余り文句は無い。と言うより、言える立場に無い。ヨハンは平凡な学徒に過ぎず、今回の調査にやって来た他の優秀な学徒が魔術式の構築の殆どを行っていたし、仕上げは師であるレイが担っていた。ヨハンの出る幕は無かった。故に、ヨハンはこれでもかと見せつけられた己の無力、その痛みの捌け口として――更には明日の朝まで続く無為な監視役のへのどうしても溜まる鬱憤の解消を兼ねて――無駄に豪勢な魔術式の出費について毒づく。幸いと言うべきか、不幸にもと言うべきか。この仕事はヨハン一人での担当であり、テント内には他に誰もいない。忌憚無き愚痴を零すには絶好の環境と言える。

 手始めに彼は自らの師、レイ・アルトイェットについて、日頃溜まっているものをぶちまけた。


「大体、師匠も師匠なんだよな。こっちだって大事な実験の最中だったのに、いきなりやって来て拉致、連行だもんな。お陰で実験はご破算。昼飯抜いてまで用意した上等な実験動物だったのになぁ……。この前だってそうだ。僕が書き上げた論文を勝手に持ち出して、あまつさえ廊下に貼っちゃうんだもんな。お陰でお笑いものだよ……。その前だってそうだ。僕が休みの日に街を歩いてたら、後ろから急に抱き着いてきたんだよな。そんなの驚くしドキドキするに決まってるじゃないか。……師匠はもうちょっと、自分が可愛いって自覚を持って欲しいや――」


 出るわ出るわ、不平不満。最後は少し男として役得だったかと、ヨハンは思い返したが、その後街中で大声で揶揄われたのを思い出して、やはりあれは悲劇の一幕だったと思い直す。

 と、ヨハンが自らの言葉に自らで言い訳をしていたその時。テントの入り口が広がり、外から月の光が入り込んで来た。来訪者は、入り口の幕を手で払いながら、


「私だってエトッフ行きが決まったのは寸前だったんですケド? それに、失敗が確定(・・)してた実験なんかより、私に着いて来た方がタメになるってのは当然よね。後、論文を張り出したのはあんたにしては出来が良かったから。――ま、そんな些細な事より。私が、何だって?」

「げ」


 ずいずいっと独り言の対象であったレイは、ヨハンの方に近づいて来る。ヨハンはと言うと、ただただ目線を逸らして耐え忍ぶ構えである。今までの付き合いでヨハンは知っていた。レイは褒められたり、おだてられると調子に際限なく乗る、うざい性格をしているのだと。

 

「私が、私が? か? か? かわ? かわい?」

「何の事ですかね? さっぱりすっぱり、分かりませんけど」

「あれ、あれぇ~。そんな事言う? 言っちゃう? あーあ、自分の口から言えば許してあげたのになー」


 ぞわりと、ヨハンの背に冷や汗が噴き出る。レイの笑みに、心拍数が跳ね上がる。そして――


『師匠はもうちょっと、自分が可愛いって自覚を持って欲しいや』

「な!?」


 先ほどまで見ていた監視用の魔術から、聞き覚えのある言葉が、普段聞いている声と少し違う形で聞こえて来た。


「その術式は動きと音、その情報を記録するもの。なら、範囲さえ変更しちゃえば、今この場所の音声も記録できるって訳。記録があるなら再現も出来る。理解できたかしら、ヨハン君?」

「まさか……」

「愛弟子がサボらずに仕事してるか見に来たら面白そうな事呟いてたから、こっそり範囲をこっちに書き換えちゃいましたっ」


 何たる才能の無駄遣い。そして、何たる自己中心的な悦楽主義。ヨハンは師の良い笑顔に、この後に来るであろう生き地獄を先に見た。



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