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エリスが居る場所  作者: 改革開花
三章 泥の底で光るモノ
79/117

15 騙し出し抜き、見張り見破り

 エトッフにも夜の帳が落ち、月が優しく休息の時間を照らしている。エリス達もまた、作業を一時休止とし、宿に入って来た魔術協会員による喧噪を背に、静かに夕食を取っていた。


「はぁー、こりゃうめぇ。アイツが自慢する訳だ……」


 ラルフは独り、エトッフ近隣の山の幸フルコースの評価を呟いては口に運び入れ、


「……」


 ミカエラは上品な手付きで淡々と食事を進める。時折、ラルフの方へとじとりとした視線を送っているが、恐らくラルフの独り言未満の呟きが気になっているだけだろう。短い期間とは言え、エリスはミカエラの性格――特にラルフと一緒にいる時のパターンはある程度理解したつもりだ。そのエリスの分析によると、あれは気になってはいるものの、然して不快とは思っていない時である。本当に不快に思っているなら、ミカエラは口に出すのを躊躇わない。それがラルフ相手なら尚更だ。ミカエラ自身が食事のマナーを身に着けている故に気になってはいるが、ミカエラ自身は食事の場での振る舞いに関して寛容であるらしい。

 実は密かに、貴族と食事を共にするとあって緊張していたエリスは、ほんの少しだけ肩から力を抜く。


「ごちそうさん……ふぃー、うまかったうまかった」


 食事以外に口を使っていた割に、最初に食べ終わったのはラルフだった。次いでエリスとミカエラが殆ど同じく食べ終える。程なくして、宿の従業員が食器の類を下げに来た。手際よくトレイに食器がまとめられ、一礼の後に従業員は部屋を出る。

 食事も終わり、部外者が部屋に入って来る可能性は激減した。ならば、今日の総括を始める――となっても良さそうなものだが、ラルフは腕を組んで瞑目していた。


「あの……」

「待ってろ、直に来る(・・)からよ」


 何が、とエリスが問う前に、部屋にノックの音が響く。入室を促すと、廊下から従業員が入って来た。既に食器は下げられている。では、何用か。従業員は果実が積まれたガラスの器を、トレイに乗せている。だが、そんな物は頼んでいないし、そんなサービスは聞いていない。

 エリスが警戒を露わにしていると、従業員が訊ねた。


「『デザートは如何ですか?』」

「『お気遣いありがとうございます。有難く頂戴致します』」


 従業員は音を立てずにガラスの器をテーブルに置くと、恭しく頭を下げて部屋から出た。残ったのは、果実が盛られた謎の器が一つである。


「あ、あの……」

「エリス、食後のデザートだ。ほら、これとかどうだ?」


 訊ねるよりも先に、ラルフから果実を手渡される。エリスの手にあるのはぱっくりと綺麗に割れたあけびで、リヒトの光を受けて果肉を輝かせていた。とりあえず、流されるままに食べてみる。優しい甘さが口の中に広がる。美味しいのが何だか悔しい。無意識に次の果物へと手が伸びる。

 ちらりと、ミカエラの方を見ると、ミカエラも果物を黙々と食べていた。迷いや戸惑いはそこに無い。ふと、エリスの視線に気付いたミカエラと視線が交わった。ミカエラは無言で、エリスに続きを促している。美味しいから文句は無いのだが、意味がある行いには思えない。ふつふつと湧き上がる疑問を押し殺しながら、とにかくと新たな果物を求めて手を伸ばすと――かさりと、果物らしからぬ感触があった。


「あれ……?」


 それは、小さく折り畳まれた紙片だった。丁寧に広げると、内側にはびっしりと小さな文字が書き込まれている。目を通してみると、そこに書かれていたのは詳細なまでの魔術協会に関する情報だ。形態としては各人――エトッフの住民の知っている情報を次から次へと書き足す方式を取っている様で、時系列が前後したり、情報が重複したりしている。だが、そこにあるのはエトッフの住民から見た、魔術協会の全てだ。

 書かれている内容を頭に叩き込む傍ら、エリスは新たな事実に気付いた。情報毎の特徴によって、どの立場、どの視点からの情報かは凡そ予想出来る。そうして予想される情報提供者は、今日、エリスが日中酷使された中で赴いた店や家の人だった。あの労働も、今目の前にある果実盛りも、無意味のように見えて無意味では無いらしい。


「おい、エリス。その『果物』、嫌いなら俺が貰うぜ?」


 恐らくは一連の主謀者であるラルフの言葉に、エリスは手元の『果物』を素直に渡す。そして、紙片は次にミカエラへ。順に三人へと紙片は渡り、最後にラルフが紙片を果物と一緒に呑み込んだ。

 これで、全ての情報と証拠は三人の頭の中だけになった。警戒し過ぎだろうか――否、そんな事は無い。――現に今も進行形で、エリス達は魔術協会に形無き目と耳で監視されているのだから。


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