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エリスが居る場所  作者: 改革開花
三章 泥の底で光るモノ
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14 疲労困憊下の重圧

 結局。エリスが荷物持ちという名の重労働から解放されたのは、どっぷりと日も暮れた頃だった。脚と腰と背中と腕と、ついでに首が痛くなっている――有り体に言って、殆ど全身が酷使に苦情を訴えていた。

 宿への道が凄く遠く感じる。部屋に戻ったなら、何よりも優先してベッドに寝転がると密かに決心した。


「うし、これで終わりだな。ご苦労、ご苦労」


 元気な声で軽く労うラルフの声に、エリスは青筋を立てるも寸での所で堪える。後ろにエルドレッド(部外者)が居なければ怒りの限りを撒き散らしていたかもしれない。もっとも、これは外面を気にしたという面と、ラルフ同様全く手伝わなかったエルドレッドへの怒り、そして彼自身に出会ってからずっと抱いている警戒心が合わさった偶然の結果だが。比率で言うならば、二対二対六。半日の時を共に過ごしてなお、エリスにとってかの男の存在は得体の知れない、油断出来ない存在から変化しなかった。


「――あぁ! ルーカス、どこ行ってたんだか。あんたいないと動けない頭でっかちが多いんだから、あんまり離れないでよね!」


 その女性が現れたのは、エリスが熱望するベッドのある宿まで目と鼻の先、エトッフの中心である広場に着いた時であった。

 堂々としているというか、ともすれば不遜とすら取られかねない勝気な笑みを浮かべてこちらを見ている。頭には麦藁帽。それが齎す影と相まってか、彼女の笑みは夕焼けに良く映えている。身体はすらりとした体型で、しかして格段に身長が高い訳では無い。エリスより少し高いか、と言った所だ。女性としては平均的な身長にあたるだろうが、彼女は実際の身長よりも大きく見える。それは偏に、彼女の背がぴんと真っ直ぐに伸びているからだろう。


「おや、おやおや。それは失礼しました」

「まったくよ……。で? そいつらが?」

「えぇ、えぇえぇ。彼らが騎士団の方々、つまりは来客です。失礼な言動は慎むように」

「ハンッ! 失礼な言動、ねぇ」


 女性は鼻を鳴らして腕を組むと、明後日の方を向いてしまう。それから、視線だけをこちらに寄越した。じろ、じろりと。彼女の視線がゆっくりと事細かに、エリス達を頭の先から足の先まで移動する。居心地の悪さにエリスが悶える事数秒、彼女は視線を外すとこちらに向き直った。


「……ま、自己紹介ぐらいはしておかなくちゃね。良い? その出来の悪そうな頭に力ずくでも刻んでおきなさい!」


 エルドレッドの忠告はどこへやら。少女はエリス達への遠慮など欠片も無い言葉をぶつけると、


「――五年に一人の天才魔術師、十年に一人の絶世の美女! 誰もが羨む明晰な頭脳を持ち、男を惑わす魔性の色香を放つ。天はここに二物を与えた! 歩くだけで劣等感を他人に与える罪な女。無色生を一週間で卒業、学徒時代も異例の一カ月、今や火の学会が学師に就く私こそ――」

「レイ・アルトイェットです。彼女の無礼は私が代わって詫びましょう。申し訳ございません」

「ちょっとぉおおお! ルーカス、折角の口上がぁああああああああ!」


 朗々と演劇の台詞かのように歌い上げていたレイは、エルドレッドの――彼女的には無粋な、その他大勢には有難い省略である――横やりに吠えて突っかかった。その隙に、エリスはラルフとミカエラの方に近寄り、こっそり質問を耳打ちする。


「あの、イマイチ分からないんですけど、彼女――レイさんって本人の自画自賛に相応しいくらい凄いんですか?」

「あのウザイ口上が本当なら中々だと思うぜ? 魔術協会は特殊部署以外は入るとまず、無色生っていう立場になる。んでもってそのあと学会に入る。あいつが言ったようにまずは学徒。そこで研究が大いに評価されて学師、学師で更に評価されて学長、最後にエルドレッドの立場の会長になる。……これで合ってたっけ?」

「私も詳しくは無いが、合っていた筈だ。付け加えるなら、無色生の期間が大体数年、平凡な魔術師なら一生学徒止まり、と聞いた事がある。彼女はまだ二十代も前半だろう。その才能は推して知るべしだな」


 丁度、ミカエラが最後まで言い切ったタイミングでレイとエルドレッドの口論、もといレイの一方的な罵倒は終わったらしい。すっと、元々の位置へとエリスは戻る。


「……ま、馬鹿ルーカスが言っちゃったけど、私の名前はレイ・アルトイェット。今回はここにいる無能協会員の『護衛』に来たわ」


 彼女の言葉に、エリス達三人は眉を顰めた。




 魔術師とは基本、学者である。観測出来ぬ魔力の働き。しかして世界に確かに残る痕跡の悉くを集積、分析し、得た情報を洗練させ、形に成す。見えぬモノの法則を暴き、新たな領域に足を踏み出す。それは即ち、学び、覚え、伝える探求者――学者である。

 故に、彼らは荒事に向いているとは言えない。無論、魔術とは本来人の手に及ばぬ奇跡。それを自由自在に扱えるなら、十二分に「力」足り得るだろう。――自由自在に扱えたなら。エリスはセシリアの教えにより、魔術について僅かだが知っている。その知識に基づくと、魔術とはそれ単体ではとことん戦闘に向かない。

 場の観測及び分析。

 事象の連鎖の把握。

 この二つが高度に揃い、初めて魔術は使用の段階に辿り着く。無論、魔術を行使する者に十全な知識と技量がある前提でだ。そして、これが存外難しい。場の観測と分析とは言うが、世界に不変の環境など存在しない。刻一刻、一秒を何分割にした時間でさえ世界は在り様を変えてしまう。つまり、観測出来たとしても、その情報が次の瞬間には正解で無くなっている。観測に誤りがあれば、事象の把握にも支障を来たす。――魔術は不発、もしくは暴発。何も起こらないか、意図せぬ事象に晒されるか。どちらにせよ、これでは戦闘に使えない。敵を切れず、自らを傷付ける武器など戦場においてあり得ないのだから。

 セルディールが魔術による迎撃要塞として機能したのは、入念な準備と騎士との共同戦線が根底にあったからである。情報を長期的に集めることで未来の情報に限りなく近い数値――中央値と平均値、期待値と予測値を取った。騎士を前衛に用いることで敵の注意を騎士に集め、無防備な帝国兵に渾身の一撃を繰り出せた。影の努力があったからこそ、王国の魔術師は如何なく奇跡の一端を振るえた訳だ。

 では、ここエトッフはどうか。彼ら魔術協会がこの地にやって来たのはエリス達より早いとは言え、それは半日の差もあるかどうか。まず間違い無く一日の差は無い。場の情報収集において、これでは余りに不十分だ。魔術的観点の迎撃陣地としては機能など出来る筈も無い。

 しかし、レイ・アルトイェットは自らの役目を護衛と言った。それがどうにも奇妙に映る。エリス達の視線を感じ取ったのか、レイは露骨に嫌そうな顔をすると、自らの体を両腕で抱いて毒吐いた。


「……ナニ? 騎士サマは魔術師如きに護衛など務まる訳が無い、なんて思ってる訳? ああ、嫌だ嫌だ。旧時代的な古臭い、視野狭窄な考えよね。時代は変わるの。魔術師が戦えないなんて誰が決めたの? そもそも、ハキーム戦争の頃でさえ魔術師は前線に居て敵を倒してたのに。あんた達の剣や腕力なんて、所詮は獣の延長戦でしょ? 人間としての自覚が無いわよね。人間ならここ、頭を使って戦いなさいってえの」


 ぶちっと、エリスの横で嫌な音が聞こえた――気がする。そして、その音は他ならぬエリスの内からも。気付けば「自己満足」の柄へと手を伸ばしていた。

 数秒後には彼女の下に剣が殺到していただろう。それを未然に防いだのは、この場において唯一怒りや嫌悪に囚われていなかった男、ルーカス・エルドレッドだった。


「レイ・アルトイェット。私は言いました。『失礼な言動は慎むように』と」


 エルドレッドはゆっくりと、確かめるように言った。たったそれだけで、レイの嫌悪の空気も、エリス達の怒りの衝動も彼方に吹き飛ぶ。代わりに空間に満ちたのは、血よりも更に肌にへばり付く重圧。生々しく、悍ましく、心の隅まで侵される様な恐怖の匂いだった。

 思わず、エリスは自己満足の柄を強く握り締める。エルドレッドに敵意が無い事は分かっている。彼は自分の部下を叱っているだけだ。だが、それでも。エリスは柄から手を離せない。何時でも彼に武器を振るえる。その事実を心の内で強く念じ続ける事でしか、ここからすぐにでも逃げ出したくなる衝動を押さえつけられないのだ。


「……失礼しましたぁ。これで言いわよね」

「皆様」

「チッ、別にキレてねえよ」

「私も大丈夫だ」

「レイ・アルトイェット。今回は彼らの寛容さによって許しますが、次はありません」

「へいへい、精々私の優秀な脳みそに刻んでおきますよ~」


 手をひらひらと振りながら、反省の色無しの足取りで彼女は立ち去った。その後ろ姿を見送って、エリスはレイの存在ではなく、エルドレッドの恐怖が薄まった事に安堵した。



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