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エリスが居る場所  作者: 改革開花
三章 泥の底で光るモノ
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13 雑事に興ず

 エリスが塀にもたれて待っていると、後ろで扉が開く音が聞こえた。玄関の方を見ると、老人と一言二言言葉を交わし、最後に頭を下げてラルフが帰って来るのが見える。どこが違うとかは分からないが、何となく、エリスは今のラルフの顔がらしく(・・・)感じた。


「待たせたな。んで、帰って来て早々悪いが、今度は買い物に付き合って貰うぜ」

「はて、はてはて。買い物、ですか」

「あぁ。ここの爺さんに頼まれてな。ちょっと訳ありでここの爺さんには頭上がんねえだわ。雑用でも受けちまうくらいにはな」


 エリスは直感する、嘘だ。この家に住む老人とラルフの間に何かがあり、それが決して明るいだけの関係でない事は老人と顔を合わせる前後の雰囲気から分かるが、それが老人からの雑用と結び付くとは思えない。否、あるのかも知れないが現状を踏まえるに、魔術協会の調査の為にラルフが芝居を打っていると考えた方が幾分自然だ。

 ラルフに視線で確認を取ろうと考えて、止める。エルドレッドがラルフに向けている目が、猜疑の色を孕んでいたからだ。彼は今、唐突なラルフの言葉に僅かとは言え疑い出している。言葉の真意、魔術協会にとっての不都合。それらを精査して、ラルフの言葉を許容するか判断している最中だ。変に視線を送ってエルドレッドにとっての懸案材料を与える位なら、直感に従って動いた方が良いに違いない。

 ここで不用意に話に入るのは危険と判断し、エリスは黙してエルドレッドの次なる言葉に注意を向ける。果たして、エルドレッドは数秒の沈黙の後、極めておどけた拍子でラルフの行動予定を容認した。


「いいでしょう。ただし、分かってはいると思いますが私も同行しますよ?」

「わーってるよ。一々うるせえな。お前はオカンか」


 ぶんぶんと手を振って、ラルフはエルドレッドにさっさと歩けと促す。彼はラルフの乱雑な対応には顔色を変えず、寧ろ歪んだ笑みすら浮かべて来た道を先導する。一度通った道だから、道が分からなくなる心配は無い。エリスは村の中央に戻るまでの短い時間で、家の中で老人とラルフが何を話したのかを想像(妄想)してみた。

 広場に着く頃には何故か、老人とラルフが酒を嗜みつつ踊り狂う絵面が浮かんでいた。多分、違う。




 広場まで戻ると、ラルフは一枚のメモを取り出した。


「小麦粉、塩、砂糖、蜜酒にハーブ。インクに紙が一束、おまけに糸と布をセットで――」


 書いている内容を覗き見るに、備蓄品の買い出しメモといった感じだ。老人の依頼が真であれ偽であれ、これから、メモに書いてある品々を購入する運びになるのだろう。中には嵩張る物、重そうな物もあった。多分、自分が荷物持ちになるのだろうなと、エリスは溜息に諦念を乗せる。

 ――案の定。もしくは予定調和か。一時間後、そこには大量の荷物を抱えてふらつくエリスの姿があった。セシリアと買い物に出かけた時の再来。自分は荷物持ち、しかも「安定感など縁遠いクラスの物量担当」という星の下にでも生まれたのか。もし、そんな星の下に生まれているならば、その星が消える様に流れ星に祈ろう。幼気な少年(エリス)の願い、どうか届いて欲しい。

 ――現実逃避でもやっていないと、この物量はやってられなかった。


「大丈夫か? 本当に無理なら言うのだぞ。割れる物だってあるのだしな」


 ミカエラは心配そうな目で、歩調を合わせてまでしてエリスの横を歩いている。それに対し、エリスはせめてもの笑顔を浮かべて頷き返す。言葉にして返す余裕は無かった。

 最初こそ、ミカエラは荷物持ちを手伝ってくれていたのだ。だが、ラルフがふとミカエラに一言。


「あれも修行のうちだ。ウチの新人は荷物持ちを通して体幹を鍛え、平衡感覚を養っているのさ」


 ラルフの言葉――間違いなく出まかせ――にミカエラは感銘を受けてしまい、あなたの為にと持っていた荷物を全てエリスに預けてしまった。その時の笑顔が余りにも眩し過ぎて、つい張り切ってしまったのが運の尽きだ。そこから見る間に荷物は増え、気付けば視界が塞がる荷物の山が両手の中に完成だ。些か自業自得の面があるとは言え、エリスは内心でラルフに恨み言をひたすらに飛ばす。現状、エリスを支えている最大の動力源だ。

 ちなみに、エルドレッドは勿論手伝ってくれない。知らぬ存ぜぬの面で、粛々と買い出しに同行するだけ。先導すら必要が無くなった今となっては完全に、後ろから付いて来るだけの第三者でしか無くなっていた。


「ふぃー……」


 気の抜けた声と共に、エリスは疲れた身体を目一杯休ませる。やっと先の老人の家まで辿り着き、荷物を玄関に置き終えた。これで労苦から解放される――と思ったのが間違いだった。


「次は村外れにある工房だと。修理を頼んでた椅子を受け取りに行って欲しいってさ」


 ラルフの手元を見ると、二枚目のメモがあった。エリスは悟る。どうせ、三枚目四枚目もあるんだろうな、と。彼の予想は当たりであり、外れでもある。メモは十枚目まであったからだ。

 今のエリスは、そんな未来などまだ知らない。


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