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エリスが居る場所  作者: 改革開花
三章 泥の底で光るモノ
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12 忘れ難き過去

 エリス達が宿から出ると本人が言っていた通り、広場には各テントを行き交うエルドレッドの姿が見えた。エリス達が声を掛けるよりも先に、エルドレッドの方がこちらに気付き、向かって来る。


「さて、さてさて。如何致しますか?」

「さっき部屋で話し合った結果、エトッフでの要件は一人一人順番にやる事に決めたんでな。まずは俺の要件から頼むわ。--ジスラン家。まずはそこに行きたい。場所は分かるか?」


 ラルフの問いに、エルドレッドは顎に手を添えてしばし瞑目する。数秒後、彼は閉じていた目を開いた。


「聞いた事が無い名前ですね。とは言え、ご安心を。私達はこの村の詳細な地図を持っています。それを見ればすぐに分かるでしょう」


 丁度、後ろを通り過ぎようとしていた男をエルドレッドは呼び止めると、地図を取って来るように言い付けた。呼び止められた人物は魔術協会の者なのだろうとエリスは推測する。彼の服装はさして奇抜でも、浮いている訳でもない。だが、右肩に特徴的な紋章の入った、小さめな肩布を付けていた。紋章の中心には鐘、だろうか。その周りを幾本の曲線と、人型の何かが囲んでいる。紋章の意味合いを読み取るのはエリスには難しいが、区別だけなら容易だ。特徴的で、覚えるのに苦労しない。あれが魔術協会の紋章で、彼らが道具や人員にあの紋章を付けているのならば、覚えるだけの価値はある。紋章を忘れさえしなければ彼らの領域(テリトリー)判別出来るのだから。

 エリスの視線には気づかず、呼び止められた男はエルドレッドの命のままにテントに向かい、すぐに一枚の紙きれを握って帰って来た。エルドレッドは男から紙切れを受け取ると、片手を軽く振るって元の仕事に戻らせた。男は一度礼をすると、背中を向けてテント群の中に消えていく。


「なるほど。ジスラン家、場所は分かりましたよ。こちらです」


 地図を片手に、エルドレッドは先導する。この小さな村で道に迷う事などまあ無いが、この先導は道案内というよりかは監視の色合いが強い。断れる訳も、断る気も無く、エリス達はその後ろを付いていく。広場を背に、エルドレッドは歩く。エトッフは広場を中心に、放射状に広がる村だ。中心に向かう程商店など物流の側面が強くなり、外周の殆どは民家で埋められている。ジスラン家は商店などは構えていないのだろう。広場に背を向けている時点で、それは察せられた。


「ここ、ですね」


 大して時間も掛からず、目的の場所に到着する。木製の家屋。二階は無く、控え目な塀と門で簡易的な仕切りを設けている。窓の全ては昼間だというのにカーテンで閉め切られ、塀の外から見える小さな庭には雑草が生い茂っていた。――寂れた家というのが、エリスの正直な感想である。


「エルドレッド、それにエリスとミカエラも。そこで待っててくれ」


 訳を尋ねるよりも早く、ラルフは三人を塀の外に待たせたままで門の内に入っていく。そして、扉の前に立つ。一瞬、躊躇いにも似た逡巡の後、ラルフは扉を数度叩いた。家の中から音がする。留守では無いようで、中の人間も応対する気はあるらしい。玄関に音が近づいて来る。


「なんだね」


 扉が開き、中から人が出て来た。頭に白髪を靡かせる、力無き老人。始め、彼は訪問者の顔を呆けた様に眺めていた。それから、やっと目の前の男を認識したとばかりに、途端に表情に思考が宿った。


「ラルフさんか。はは……何年ぶりかね」

「六年ぶりです。本当はもっと早く来るつもりでしたが、遅くなってしまいました」


 塀の外に居る三人には分からない、奇妙な空気が流れていた。




 

「どうだね。最近の調子は」

「そうですね。やる事が多過ぎて目が回っています。優秀な部下が居なかったら、裸足で逃げているでしょう。……今も昔も、部下に救われてばかりです」


 家の中に招かれ、この部屋に通された。色々な物が所狭しと置かれた、お世辞にも整頓が出来ているとは言えない部屋。だが、ラルフはそれを不快に思わない。この部屋にある全ての物々は、いつまで経っても帰って来ない、そして二度と帰って来る事の無い持ち主の帰りを、ただずっと待っているのだと知っているからだ。この部屋までの廊下でも、やはり奇妙な散らかり方をしていた。きっと、老人は一つ一つを「邪魔な物」だと思いたくないのだろう。それが感傷に過ぎず、過去に囚われている行為だと自覚していても。

 ラルフも、その気持ちは痛い程良く分かる。彼の所為で、否、彼のお陰で食事に楽しみを見出し、今では間食の度に彼を思い出すラルフとしては、老人の行為を停滞と言う事など出来やしない。する権利が無い。


「グリニーも鼻が高いでしょう。あの憧れのラルフさんにそこまで褒めて貰えて」


 老人は自分と客人、二人分の茶を入れると、少しの茶請けと共に席に着いた。二本の湯気が静かに立ち昇る。


「グリニーは頼りになる男でした。……いや、頼ってしまった私が弱かった」

「そんな事は無い。ラルフさんは今も昔も、尊い理想の為に走り続けている。そんなあなたが弱い筈が――」

「弱かったのです。私が弱かったから、グリニーは死んだ」


 重い沈黙が室内を満たす。仮にこの場にエリスが居て今のラルフを見たなら、彼はさぞ絶句し驚いただろう。低姿勢で、弱気な言葉の数々。俯き、過去を悔いる表情。そして何より、誰もが言葉にせずとも憧れ、その背に眩しい明日を見た男の背中は、今はどんな人間よりも小さくなっていた。

 そんな男に、老人は茶を啜り喉を潤すと、静かに厳しく言い放った。


「そうですか。私の息子が信じた男は、そんなにも弱かったのですか」

「――」

「私の息子が死んでも守りたかった理想は、夢は。そんな弱い男に託されたのですか。あぁ、ならば。私の息子は確かに不幸だ。あなたのその、しみったれた暗い表情も頷ける。私の息子は、意味の無い数ある死者の一人に過ぎなかったのでしょうね」


 老人の言葉の一つ一つが、ラルフに突き刺さる。だが、最も突き刺さり、悲鳴を上げているのはラルフの中にいる死者の尊厳だ。例え彼の親であろうと、勇敢に戦った男を貶める事は許されない。ラルフは死者の尊厳の為に、老人を強く睨んだ。


「そんな事は――」

「無いと言うなら。あなたは『弱い』などという逃避に走ってはならないでしょう」


 老人の言葉に、睨みつけようとした瞳から力が消える。ラルフはその瞳で、嫌になる程鮮明な視界の中で、老人の一言一句を聞いた。


「後悔は自由だ。反省はするべきでしょう。失敗はどうしてもあるでしょうし、破綻する事だってある。でも……弱さを言い訳にはしないで欲しい。グリニーはあなたの背中に、真っ直ぐに突き進む背中に憧れたのだから。どうか、グリニーは幸せに死んでいったのだと、夢に殉じたのだと私に思わせて欲しい」


 沈黙。老人の言葉をゆっくりと、深く記憶に刻み付ける。そして、ラルフはその全てを呑み込んで前を向いた。それから、小さく笑う。いつもより力の無い、でもラルフらしい笑みを浮かべて彼は言った。


「グランさん。あんた、やっぱりグリニーの親だわ」

「当然でしょうに」


 老人の笑みに、ラルフはかつての戦友を見た。だからこそ、老人に頼んだ。


「じゃあ、グランさん。これからここで色々するつもりなんだけど、ちょいと共犯者になってくれねぇか?」


 老人はラルフの言葉に、小さく笑って答える。


「もちろんとも。好きに暴れな」


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