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エリスが居る場所  作者: 改革開花
三章 泥の底で光るモノ
73/117

9 代理闘争

 朝の柔らかな日差しがヴァレニウス邸を包み込む。日中より幾分冷たい空気は、肺を通して身体中を駆け巡り、清々しい一日の始まりを演出してくれる。お日柄良好、何をするにも最適な良い天気だ。

 そんな中、爽やかな日の下に出る事も無く、エリスはヴァレニウス邸に幾つかある応接間の一つに来ていた。隣にはラルフ、そして対面にはミカエラが座っている。ミカエラの後ろにはアウレニアが控えており、この部屋の中に居る人間は計四人という事になる。

 彼らの前にある白いテーブルには簡単な朝食――どれも片手間に食べられる事を考慮した、お手軽な品々だ――が並んでいた。そして、テーブルには朝食の他に数枚の書類が置かれていた。


「エトッフ――『サラマンダーの布』で知られる、山間に位置する村か」


 湯気立つ紅茶が入ったティーカップを口元に運びつつ、ミカエラは片手に取った書類の一枚に目を通す。紅茶片手に情報を整理するその姿は随分と堂に入っており、領地や組織の運営をしている()側の人間なのだと、些細な動作からひしひしと伝わる。

 一方、同じ上側の人間の筈なのだが、どうにもそういった雰囲気を感じられないラルフは、口一杯に頬張ったサンドイッチをしっかりと胃に落とし、ティーカップの中にあった紅茶で水分を持っていかれた喉を潤し終えてから答えを返した。


「まぁ、実体は辺鄙な所にある農村だよ。サラマンダーの布だって、魔術協会が量産に成功してからは価値が下がったし」

「その辺鄙な村に行きたい――あまつさえ、王国東部防衛騎士団(私の騎士団)から同行人をよこせと?」

「そうだ」


 これがこの部屋にラルフとミカエラの二人が集まった理由だった。

 テーブルの上に広がる書類の内容は、平たく言ってしまえば二つに分類できる。一つはエトッフとその周辺地域での行動及び作戦許可。もう一つは東部の騎士の一時借用。その二つの申請だ。

 前者の書類はエリス達、王都防衛騎士団にとって珍しくとも何とも無い。王都という名前に反して、王国全土各地域に遊軍として向かう王都防衛騎士団からすると、この書類は必須だからだ。王国は本来、東西と中央部の三つの区分に対し、各々の騎士団の管轄となっている。東はミカエラ率いる東部。西は西部。そして、中央部は王城防衛騎士団と近衛騎士団、そして王都防衛騎士団だ。

 しかし如何せん、この配置は偏りが過ぎる。中央が重要なのを踏まえたとしても、単純比較で五騎士団の三つが固まっているのは効率が悪い。そこで、エリスが所属する王都防衛騎士団は王国各地に発生しているものの、手が回らない問題の解決に当たっているという訳だ。

 無論、その根底には他の騎士団の新参者の騎士団に対する排斥的な考えや、無駄に高いプライドが引き起こす差別意識もある。「王国の雑用係」との蔑称が、そのまま彼らの悪感情の証明だ。同時に、彼らは王都防衛騎士団を雑用係としては重宝している。何らかのトラブルが発生しても自分達の所為にはならない。ただ、活動許可を出すだけで問題を解決してくれる集団――体の良い掃除屋のようなものだ。

 その掃除屋が毎度出さなくてはならない書類こそ、前者の書類、行動及び作戦の許可申請になるのだ。

では後者――同行人とは何なのか。話に入れずにちびちびと紅茶を飲んでいるエリスには、騎士を借りる理由が分からなかった。

 

「エトッフはここからすぐ近くだろ? そんで、この近くに居るウチの騎士はご覧の有り様――大半が怪我人状態だ。コイツの居る、第三班は今現在、実質機能してねぇ。だから、東部の騎士を借りたい」


 エリスの頭に手を置きながら、ラルフは堂々と言い放つ。

 もっともらしく言っているが、これがどれ程異常(イレギュラー)かはエリスにしても理解出来た。他の騎士団に人員を借りるなど聞いた事が無い。ましてや、ラルフは何も偶々ここに居て、偶々エトッフに行こうとしている訳ではないのだ。ラルフは王都からその足――馬は使ったが――で来ている。人員が足りないと言うならば、その時に他の班を連れて来るだけで話は済んだ筈だ。

 何か怪しい。

 エリスにすら気付いた事を、目の前の女傑が気付かない訳が無い。ミカエラはティーカップをテーブルに置いて、睨むようにラルフを見た。


「何を隠している。私の部下だ。危険な場所、激しい環境――望む所だろう。だが、不当な場所、不毛な環境へは……団長として行かす訳にはいかん」

「そうだろうな。そう来ると思ったぜ」


 ミカエラの剣幕を受けて、ラルフは肩を竦めて小さく笑う。それから、数枚の紙切れを追加でテーブルに放り投げた。


「俺としても、何も無けりゃあエトッフに行こうなんて思わなかったさ。だがまぁ、支援者(スポンサー)のご意向とあっちゃあ無視も出来ねぇからな」


 机に放り投げられた紙はどれも堅苦しい定型文と、最後に署名が為された物だった。書かれた署名の文字は全て崩れ気味で、エリスには一見してサインから名前を判別出来なかった。だが、対面のミカエラは違ったらしく、その名前の数々を見て息を呑む音が聞こえる。


「これは……」

「『伝統派』の官僚、そんでそれに付く諸侯による、今回の作戦行動の『支援署名書』だ。法的には大して効果を持たねえし、正直外への影響力は知れてる。だが内側――騎士団の面々へは絶大だ。俺も動かざるを得ねえ」


 ――王国は国王が最高権力を持つ王政だ。だが、何も国王だけで全ての(まつりごと)を行っている訳では勿論無い。国王の下には、官僚という存在が居る。

 官僚とは、国民の中でも極めて有能な人材が拝命する、国王の補佐役の事である。数は歴代最多で三十八、最少で七と、その時々で変わるが大凡十数枠。各々担当が割り当てられ、それに関する管理などを主な仕事とする。

 この官僚は基本的に貴族が、それも有力貴族が拝命する。有能な人材とは言うには易いが、その線引きが難しいからだ。その点、有力貴族は領土の統治などを見れば判断しやすい。また、現官僚が引退する際に、自分と繋がりがある貴族を推薦するのも官僚の貴族傾向に拍車を掛けている。


 今回ラルフが持って来た署名書に名を連ねる伝統派とは、貴族の二大派閥の一つだ。

 ――王国の過去と歴史の継承を重んじ、変革を嫌う伝統派。

 彼らが最も支援している団体は五大騎士団だ。昔より続く歴史ある王国の守護者達。伝統派の理念にこれ程合致する組織はそう在りはしない。

 ――対して、改革派は栄えある王国を目指し、その為には変革を必須としている。

 彼らが最も支援している団体は魔術協会だ。目覚ましい技術革新を続けている魔術協会は、今や王国の生命線の一つだ。その影響力と革新のイメージを考えれば、改革派が魔術協会を支援しているのも当然と言えよう。

 この二つの派閥で官僚、そしてその下に連なる貴族が分かれている。無論、中立派の貴族も居る。例えば、ヴァレニウス家がそうだ。官僚ではなくともそれに近い影響力を持っているが、ヴァレニウス家はどちらの派閥にも属していない。

 とは言え、大半の貴族がどちらかに属しているのが現状だ。大半の貴族は利権の渦に身を投じており、必然、繋がりを求めてどちらかの派閥に属している訳である。

 世情に疎いエリスには詳しい事は分からない。どんな駆け引きが貴族間であるのか、それがどの様に王国や世間に反映されているのか。だが、一つだけ分かる。

 ――今回の一件は彼ら、官僚や貴族同士の争いに利用されている可能性が高い。


「確かに、これは無視出来んな……だが、彼ら(伝統派)は何故これ程までに焦っているのだ?」

「……明日の日没後、エトッフは三十六時間限定封鎖され、とある調査が行われる。名義は魔術協会。勿論、この裏では『改革派』の支援がアリアリだ。俺に下りて来た命令は、この調査を騎士団の下で行い、魔術協会よりも先に解決・報告する事。つまりは対抗してんだな、『改革派』の連中に」


 騎士団と魔術協会。

 伝統派と改革派。

 互いに支援する組織を通して、互いの思惑を阻み合う。これは貴族達の争いを代理として引き受けているに等しい状態だ。エリスとしては、不毛の二文字しか浮かばなかった。


「で、今回この依頼を受けたのは俺達だが、あいつらは依頼受理時に追加で条件を付けて来た。それが――」

「東部の騎士の同行、か」

「あぁ。俺達(王都防衛騎士団)だけじゃ不安なんだろうさ。ケッ、他に振られたからこっちに依頼してんのに……偉そうな口聞きやがって」


 言いながら怒りを思い出したのか、ラルフは手元にあったティーカップを呷って飲み干した。そして、盛大に喉を抑えて苦しむ。

 会話の間に幾分冷えたとは言え、先程まで湯気が立ち昇っていた紅茶である。表面が多少温く感じても、口内に一気に流し込んでは十分に火傷する。寧ろ、勢いがあった所為で被害は拡大していそうだ。

ラルフは喉を抑えて奇妙な呻き声を漏らしながら、アウレニアへと空になったティーカップを差し出した。恐らく、ニュアンスからして水を入れてくれと頼んだのだろうが、アウレニアは満面の笑みを浮かべると、ラルフから受け取ったティーカップの中に、熱々の湯気立つ紅茶を入れて返した。


「……ありがとよ」


 精一杯の皮肉は、火傷で擦れた声の所為でちっとも怖く無かった。





「話は分かった」


 自分の従者の悪事を敢えて見ぬフリをして、ミカエラは話を戻す。唇が若干釣り上がっている様に見えるのは、エリスの気の所為かも知れない。


「結論から言おう。私の騎士は同行させない」


 ばっさりと。ミカエラは言い切る。真正面から、ラルフの要望を断った。――室内に重苦しい空気が流れるよりも先に、ミカエラは「ただし」と続ける。


「私が行く」


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