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エリスが居る場所  作者: 改革開花
三章 泥の底で光るモノ
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5 ニア・ナルシスト


 ――自己概念を利用した、自身の強化。

 戦闘時における自己への意識の強まりを利用した、自身の強化魔術。魔術と言いながら、大した知識を必要とせず、ラルフやミカエラが人外染みた力を発揮している秘密の一つ。エリスはこれの習得を望んだ。

 どんな鍛錬も耐える。

 どんな痛みも耐える。

 その覚悟で臨んだ。

 だが――


「エリス! ちゃんと前を向く!」


 羞恥に耐える覚悟は無かった。



****************************************



 

「よし、じゃあまずは服を脱ごっか」


 エリスの即答を受け、セシリアもまた間髪置かずにそんな事を言った。唐突な奇天烈発言に、エリスの頭は真っ白になる。


「な、ナニヲイッテルンデスカ?」


 必死の思いで絞り出したセシリアの真意への問いは、随分とぎこちない発音だったが、それでも意味は伝わったらしい。セシリアはエリスの言葉に頷き、もう一度言う。


「服を脱いでって言ったんだけど?」

「ナンデ!?」


 叫び、無意識の内にセシリアから遠ざかろうと後退りしようとして――それを目敏く察知したセシリアに腕を掴まれた。そして、腕をぐいっと引き込まれ、セシリアの腕の中に引きずり込まれる。


「ええい、面倒臭い! さっさとすっぽんぽんになっちゃえー!」

「き、きゃー!」


 誰も嬉しく無い、少年の悲鳴が屋敷中に響いた。

 



 数分後、そこには上下の服をひん剥かれ、あられもない姿となったエリスの姿があった。下着は何とか死守したが、それ以上に大切な何かを持って行かれた気がする。虚ろな瞳で天井を眺めているエリスの後ろでは、セシリアが部屋の隅から姿見を移動させている。そして、部屋の中心に姿見を設置すると、エリスを呼び付けて目の前に立たせた。

 勿論、鏡の中には下着一枚になったエリスが見える。幾らか生気の無い顔をしているが、それさえ除けばいつも通りのエリスだ。


「じゃ、エリス。深呼吸して」


 背後からセシリアの声が聞こえる。言われるがままに、エリスは肺一杯に空気を吸い込み、それをゆっくりと吐き出す一連の動きを繰り返す。深く吸い、ゆっくりと吐く。繰り返している内に、徐々に先程の一幕による緊張が解れていく。

 ――背中に何かが触れた。この形は、手だ。セシリアが背中に手を当てているらしい。何事かと振り返ろうとして、エリスはセシリアのもう片方の手によって頭を固定された。鏡の中のセシリアと目が合う。


「前を向いてて。今からエリスの体内にある生命力に、ほんのちょびっと私の魔力を流し込む。私の魔力はエリスのものじゃないから、定着しない。すぐに外に出て行こうとするから、その感覚をエリスは追い掛けて」


 セシリアの手から何かが身体に入り込んで来る。熱い様な、冷たい様な、そんな奇妙な感覚を持った実体の無い何か。それはゆっくりと、染み込む様に身体の中心に向かう。そして、身体の中心まで辿り着いたかと思うと、居心地悪そうに悶え、すぐに来た道を引き返し始めた。慌てて、エリスは外を目指し抜けて行くそれに意識を集中する。

 実体が無いからだろうか、どうにも意識が集中し辛い。煙を追い掛けているみたいな、手応えの無さが常に付き纏う。それでも必死に追い縋り、エリスは身体の外に出る寸前のそいつに追い付いた。殆ど考え無しに、意識の手でそいつの尾を掴む。――そのまま、エリスの意識が外に引っ張り出された。


「うん、上手くいったみたい。エリス、今外に出てるその感覚。それが魔力だよ」

「これが……?」


 奇妙な感覚だった。内臓や骨、肉や皮膚。そう言った段階とは異なる、自分の外側に自分の意識がある様な感覚。皮膚の上から新しく作られた別の皮膚を纏っている、とでも言えば良いのだろうか。


「今のエリスの魔力は、私の魔力に引っ張られて無理矢理外に出て来た状態。それを今度は自分の身体に流し込む訳。エリス、鏡を見て」


 言われるがままに鏡を見る。白い肌に、白い髪。年の割には傷と、筋肉が付いた肉体。それが下着一枚だけを残して晒されている。


「まずは、そうだね。耳、聴覚にしよっか。エリス、魔力を耳に集めてみて」


 セシリアがごく当たり前の様に命ずるが、エリスはやり方を知らない。魔力を感じる事しか出来ていないのだ。それ以上の行為――集めるなど、どうすれば良いのか見当もつかない。鏡越しに、セシリアへと助言を求めるが、


「指向性はともかく、今からやるのは志向性――感覚だからね。出来なかったら不正解、出来たらそれが正解」


 としか返って来なかった。仕方が無く、エリスは魔力の移動に自力で取り組む。

 まず、鏡の中の自分、その中でも耳を睨みつける。自分が内側から感じる耳の感覚――聴覚と、外側から取り込んでいる視覚上の耳だけに意識を集中する。そして、その二つへ動けと、自らの魔力にがむしゃらに念じた。

 その瞬間、見えない魔力が耳に潜り込んだ感覚と共に、世界の音が増えた。

 木の葉の擦れる音、廊下を歩く足音、階下から聞こえる何かの作業音、自身の鼓動や脈拍、果ては隣に居るセシリアの呼吸音まで。今まで拾い損ねていた音が、エリスの耳に殺到する。


「へぇ、一発成功だなんてびっくり。何回か失敗すると思ったのになぁ……。面白くない」


 最後に小さく付け加えられた声すら、今のエリスには鮮明に聞こえる。エリスはその証明として、恨めしい気持ちを視線に乗せる。セシリアはそれからわざとらしく目を逸らし、話を続けた。


「でも、本当にびっくり。魔力の通り道が出来ていない人は、大抵苦労するのに……。あぁ、あの剣のお陰かな?」

「剣?」

「エリスが使ってる変な剣だよ。あの剣って持ち主の魔力を吸い上げるんでしょ? だから、エリスは魔力の操作に苦戦しなかったんだね。通り道はもう出来てたんだから」


 変な剣と言われた事にエリスは内心酷く傷ついていたが、それとは別に、エリスは「自己満足」の思いもよらぬ副次効果に驚いていた。確かに、エリスの愛剣「自己満足」は刀身の自動修復という奇妙な性質の代償に、持ち主の魔力を微量ながらに吸い取る。つまり、エリスは自発的には魔力を作れず、操れなかったが、その前から魔力自体はエリスの身体で幾度となく生まれ、移動していたという訳だ。

 愛し子(自己満足)と出会えて良かったと、エリスは巡り合わせに感謝した。王都に戻ったら、シャーロットに感謝の品でも送るべきか――そんな事を考えつつ、自分の衣服を取りに行こうとして、エリスはセシリアに行く手を遮られる。


「あの、セシリア? いつまでも下着一枚はどうかと思うんだけど?」

「何言ってるの、エリス? ここからが本番だよ? ほら、鏡の前に戻って」


 衣服への道に立った番人は、両手でエリスを鏡の前に押し戻す。されるがままに、エリスはまたしても鏡に下着一枚の自分を映していた。少年の心には、同年代の少女の前で裸体――下着があるとは言えだ――を晒し続けるのは羞恥が過ぎる。そろそろ、エリスの精神は限界に達そうとしていた。


「今から、エリスには鏡に映る自分を観察して貰います。目を瞑っても、自分の身体を事細かに想像出来る様になったら終了ね」

「ちょ、ちょっと!?」


 だと言うのに、セシリアが告げたのは更なる羞恥への道だった。その響きは死刑宣告に近い。

 女の子の前で、鏡の中の自分へ熱視線を送る男。そんな自分大好き人間(ナルシスト)みたいな真似、出来る訳が無い。マグマもかくやとばかりに、身体が火照っているのが良く分かる。

 そんなエリスに、セシリアは諭す様に言う。


「エリス? 考えてみて。エリスは戦う時、一々鏡を持って戦うの? 自分を強化する時に一々鏡で映すの?」


 正論だった。

 ぐうの音も出ない、ド正論だった。


「自分の中に、自分の姿を強く焼き付ける。その姿を想起し、繋げ、魔力を運ぶ。これは魔力操作の基本だからね。サボる訳にはいかないんだから」


 セシリアの柔らかい微笑みを背に受け、エリスは観念して鏡に向き合う。

 ――少年はこの日、大事な何かをかなぐり捨てながら、成長か衰退か分からない変化を遂げた。




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