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エリスが居る場所  作者: 改革開花
三章 泥の底で光るモノ
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2 意地悪な女達


「よし、今日はここまでにしよっか」


 セシリアの終わりの合図に、エリスは凝り固まり始めていた肩を回しながら窓の外を見た。セシリアによる講義が始まる前はまだ太陽も高い所にあった筈なのだが、今見ている景色の中では、太陽がヴァレニウス邸を取り巻く山々に隠れようとしている。程無くして、空も紅に染まり始めるだろう。


「……ごめん、病み上がりなのに長い時間付き合わせちゃった」

「ん? 良いよ、良いよ。別にどこか怪我してるって訳じゃないし。それに、エリスに教えるの楽しいしね」


 申し訳無さに謝罪を告げると、セシリアは楽しげな笑みを浮かべる。楽しそうなのは良いのだが、その笑みに悪戯心が見え隠れするのは落ち着かない。深くは考えない様にして、エリスは今日の授業の証であり、日々の積み重ねの象徴であるノートを手に取り、席を立つ。


「あれ、もう行くの?」


 セシリアの笑みが陰り、少しばかり寂しげになる。

 ――セシリアは彼女自身が言う様に、直接の怪我をしている訳ではない。だがしかし、身体が好調かと言えばその間逆、不調も不調なのだ。セシリアは現在、魔力不足に陥っている。魔力、それは換言すると生命力だ。セシリアの「箱庭」は超弩級の、無茶を無理矢理押し通す様な魔術とはフレドリックの談。その為、無茶を無理矢理押し通した結果、代償に莫大な魔力を持って行かれたらしい。

 細かい所はエリスには分からないが、ここ数日の知識、そして一般の教養レベルでも分かる事がある。魔術を扱うには魔力が不可欠であり、世界に大きな影響を与える魔術程、消費する魔力量も増加するという事だ。

 セシリアは今回の一件で何回も魔術を使った。しかも、その一つ一つが超弩級。極めつけは「箱庭」なんて言う、奇跡の体現みたいな代物まで飛び出す始末だ。彼女がたった一晩で消費した魔力は、常人の数十倍なんて尺度ですら収まらないだろう。その行使に耐え得た彼女の資質や技量は凄まじい物だが、とは言え失った物はすぐには戻らない。特に、魔力の回復は原則、自然回復しか手が無い。外部から手を加えられぬ以上、セシリアの今の仕事はベッドに横たわる事しか無いのである。

 詰まる所、セシリアは人恋しいのだ。


「いや、新しい果物を取って来ようとしただけだよ。何か希望はある?」

「別に、まかせるよ」


 そこまで思考が行き着いてしまえば、エリスは離れられなくなる。花の咲いた様な笑顔を見れば尚更だ。

 エリスはしばらくの間、セシリアの話し相手になる事に決めた。




 

「あ、もう終わっちゃいましたか」

「ええ、後は並べるだけです」


 結局、あれから一時間は優に話し相手をしてから、エリスは次なる目的地に辿り着いた。磨かれた正方形の石が敷かれた床に、動きやすい様に配置を工夫された調理台。そして、二つだけ残ったワゴンの上には湯気が立ち昇る、出来たての温かい料理の数々。ここは調理場、エリスは夕食の手伝いに来たのだ。もっとも、出遅れてしまった様だ。途中でワゴンを押している従者に出会った為、薄々感づいては居たのだが。

 調理場には今、アウレニアが一人だけだ。このヴァレニウス邸は、敷地面積の割に働き手が少ない。ここ数日の経験から察するに、料理が出来上がり次第、他の者にワゴンを運ばせているのだろう。そして、アウレニアもまた、ワゴンに乗った料理を運ぼうとしている所だ。


「じゃあ、運ぶのだけでも、手伝いますよ」

「いえ、結構です。何度も言っていますように、エリス様は客人でございます。客人に手伝わせるなど、侍女として失格ですから」


 入口から一歩踏み出し、ワゴンまで向かおうとしたエリスに、アウレニアは流れる様な動作で道を塞ぎ、その場から先には行かせないようにする。右に避ければ、アウレニアも右に。左に避けても、アウレニアも左に。フェイントの応酬を行いつつ、彼女との会話もこなす。もう何度目か数えるの馬鹿らしい問答は、いつも通りの定型文で繰り返される。故に、ここから続く言葉もいつもと同じだ。


「したいからしてるんですよ。僕、騎士団でも料理の下準備とか手伝うの楽しいですし」

「それとこれとは話が別です。如何にエリス様が雑事に喜びを見出そうと、飽くまでエリス様は客人。お手を煩わせる訳にはいきません」

「じゃあ、言い方を変えます。僕の娯楽を奪わないで下さい。僕は客人の要望として、そのワゴンを運びたいんです」

「……お好きにどうぞ」


 呆れ返った様な溜息と共に、ワゴンまでの道のりを開けるアウレニア。これで三十二勝、五敗だ。この定型(パターン)を見つけてからと言う物の、勝利数は留まる所を知らない。――純粋に、アウレニアが諦めつつあるだけかも知れないが。

 二つあるワゴンの内、エリスは乗っている品を見比べる。両方とも、一見するとシチューとその他副菜の構成だが、一部違いがある。エリスはその違いを見取って、片方のワゴンを掴んだ。


「こっちがミーナさん達で良いんですよね?」

「……ええ、東部の方々へのワゴンは他の者に運ばせました。そちらへの料理は積んでおりません。にしても、良く違いが分かりましたね」

「こっちのシチューに入っている葉物は、ここの裏庭で育てられている薬草(ハーブ)ですよね。それに、上に掛かっている黒い粉は、匂いからしてヤイの種だ。どっちも、滋養強壮の効果がありますから」


 残っていた二つのワゴン。それはそれぞれ、ミーナ達への物と、主人であるミカエラの物であった。ミカエラは立場による違いを嫌う。特に、エリス達の立場は療養中の客人だ。もてなすのは当然、食事も貧相な物では断じてない。では何故、見分けが付いたかだが、単純に内容の違いだ。

 片や丹念に作られ、味も上等とは言えただのシチュー。片や、滋養強壮が期待出来る材料が仕込まれた、一手間加えられたシチュー。どう言った人向けに作られた物か、想像に難くない。唯一、東部とミーナ達、怪我人が二つの陣営に分かれている以上、どちらに運ぶかが問題であったが、それは数が教えてくれた。ワゴンに乗っているシチューの取り分け皿は、丁度三。その数は丁度、第三班に割り当てられた部屋に居る負傷者の数だ。セシリアも最初こそ、その部屋にに居たが、意識が回復してからは別室に移った。故に、今は三人。東部の方はエリス達程優遇されておらず、広い部屋に大量の人間を詰めていると聞く。回復次第、次々とセルディールに戻っているらしいが、それでも三人は無い。

 即ち、このワゴンは第三班の療養部屋行きとなる。

 

「失礼を承知で言いますが、エリス様は余り騎士らしくありませんね」


 自身の名推理に惚れ惚れしていると、心を抉る一言が目の前の女性から飛んで来た。無防備の状態に浴びた強烈な一撃に、危うくワゴンを掴んだまま体勢を崩しそうになる。乗せられたシチューを思い出し、懸命に足に力を込めて耐えた。そんなエリスを余所に、アウレニアの口がまたも動く。


「ですが、それでも良いかと。人を斬るだけが、殺すだけが能ではありません。それ以外を知る事も、一見迂遠な道のりに思えますが、前に進んでいる事には違いないでしょう」


 アウレニアの言葉に、先程とは違った意味で力が抜けそうになる。どうやら、エリスという男は、随分と悩みが顔に出やすい男らしい。


「そんなに分かり易いですか?」

「ええ。非常に分かり易い。四六時中、焦るのを必死で我慢(・・)している様な、奇天烈な表情を浮かべていらっしゃいますので」


 アウレニアの評に、エリスは自分の顔が空恐ろしくなり、自分の手で表情筋をこねくり回す。本人は真剣なのだが、それが滑稽に映ったのだろう。アウレニアは口に手を添えて微笑を浮かべる。


「ふふ……。しかし、そうですね。以前よりは好印象かと」

「え?」


 微笑と会話を断ち切り、アウレニアはワゴンを掴んで廊下へ進む。そして振り返らずに、


「シチューが冷めてしまいます。歓談は運び終えた後にでも」


 そう言い残して、アウレニアは廊下に消えて行った。遠くなっていく足音に、エリスもまた、ワゴンを押してミーナ達の下へと向かった。



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