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エリスが居る場所  作者: 改革開花
二章 心の置き処
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33 すれ違う攻防

 剣戟の音が響く。

 淀み無い、一つの曲の様に続く金属音。一つ、また一つと音は途絶えない。音は木々を縫い、空を抜け、大地に広がる。高らかに自己の存在を主張するか如く、剣戟の音は止まない。

 ――止まらない。




 一体何度目の防御か。回数は分からない。ただ、肉体が悲鳴を上げているのは確かだ。


「どうした、休憩(・・)が欲しいか?」


 その言葉が出て来たのは偶然だっただろう。エリスにしても、普段ならそんな言葉で心を荒立てない。だが、今だけは違う。

 その言葉は、セシリアが倒れた時を思い出す。


 無言で駆け出す。

 手には自己満足。足は身体中の力を不足なく伝え、しかし年並以上の速力は生み出せない。これはあの時、ゾンビパウダーに侵されていたミカエラと戦った時の再現だ。違うのは、ミカエラが正常な状態である事、そして彼女の手に剣が握られている事だ。

 走った勢いそのままに、エリスは自己満足を振り上げる。狙いは特に付けない。反撃(カウンター)こそが狙いである以上、この一撃目に大した意味は無い――ミカエラはそれを難なく見抜いた上で、敢えて目一杯応えた。エリスの振り上げる剣筋に合わせて、ミカエラは剣を振り下ろす。風を裂き、空を裂く一閃。未熟な一撃は、真正面から訪れた圧倒的存在に呆気無く潰され、エリスは身体ごと地面へと吹き飛ぶ。相棒(自己満足)は手中から衝撃に弾かれ、身体は無防備極まりない。ここ窮地に至ってやっと、遅すぎる位だがエリスの身体のスイッチが入れ替わった。

 自動反応――エリスの身体はミカエラの繰り出した一撃の余波に逆らわず、寧ろ身体をその方向へと回転させる。身体が地面と平行から垂直に変わる頃合いで、今度は斜めの回転を加えて身体の軸を地面へと向ける。最後には両足での着地に成功した。猫の様な、空中での回転による姿勢制御。ミカエラによって、通常よりも更に加速している刹那の間においては、人の身で行うには余りにも猶予が無い。最適化された自動反応だったからこそ取れた、奇跡の受け身である。

 ――着地を成し遂げ、顔を上げたエリスだったが、その鼻先には凶刃が迫っていた。攻撃が単発とは限らない。否、相手が体を崩している以上、連撃を畳み掛けるのは当然だ。故に、この剣閃は来るべくして来た物。そして、これを避ける事はエリスに課せられた急務だ。

 エリスは重心を足元に落とし、地に這う勢いで身体を寝かせる事で刃を避けて――下から掬い上げる様な下段蹴りに、地面から引き剥がされた。間一髪、蹴りと顔の間に腕を挟み込み、更には全身を極限まで脱力する事で肉体に生じるダメージは減らしたが、その代償として身体が空へと勢い良く舞う。五体の何処もが地面に接触していないこの現状、エリスは行動の余地を大きく制限された。如何に最適化された自動反応と言えど、この状況でミカエラの剣に耐える事は不可能。エリスは直に来る衝撃に、覚悟を決める――が、予想に反してミカエラは追撃して来ない。程無くしてエリスの身体は着地を終え、肉体の支配権が戻って来る。自動反応が終わった証拠だ。自動反応を行っている何かもまた、今のミカエラに追撃の意思が無いと判断したらしい。


「やはり、貴方の技はどうもチグハグだな」


 ミカエラはエリスをじっと睨みながら、静かに言う。手には剣こそ握られているが、先程まで大気を染め上げていた剣気は形を潜めていた。


「一つ前の防御と、次の回避が同一人物の物とは思えん。確かに、大した技だ。肉体を十全に扱いこなすその技、王国でも上位に入る物だろう。だが、技の色が違うのはどう言った事だろうな? 到底、一人の人間が研鑽の果てに積み上げた技とは見えん」


 ミカエラの言葉がエリスに刺さる。胸の中に剣を突き立てられたみたいな気分を味わう。技の違いは知らなかったが、エリスが自身の力で戦っていないのは事実だ。ミカエラとの剣戟も飽くまで自動反応による物。紛い物、借り物の力だ。


「――興味が湧いた。もう少し、本気を出すとしよう。何、極限になればこそ見える物もあるだろう」


 ミカエラはそう言って剣を構え、地を蹴った。エリスへの飛び込み、ただそれだけの行動で、蹴り抜かれた大地が巨岩でも飛来したかの様に陥没し、濛々と土煙を上げている。

 ――人である事を疑いたくなる光景だ。


「ほう、その武器。欠損した箇所を勝手に修復するのか。その見た目、その性質。シャーロットの手掛けた物か? 良い剣だ――っ」


 自己満足を品評しながら放たれる斬撃の数々は、先程までのそれよりも更に熾烈極まる。本人の言葉通り、先程までよりも少しだけ本気になった証だろう。真の本気が如何な物か、考えるだけで恐ろしい。

 既にエリスの自動反応による防御は破綻を控えている。単純に防御が、回避が間に合わないのだ。一撃毎に強まる圧力、速まる銀閃。最早、最適化されようが覆せない、物理的に防御不可能の域に至ろうとしている。

 

「そら、防御一辺倒では勝てん――ぞ!」


 ――それは数ある連撃の中で、一際大きい死の予感だった。

 ミカエラの剣閃は受ければ致命級だ。それでも、その死を回避しているからこその今であり、ミカエラが自分を殺す事は無いだろうと半ば油断していた。だが、それは明らかに他と違った。

濃密なまでの死の匂い。それが脳に警鐘を打ち鳴らす。ミカエラの人格だとか、自動反応の防御だとか関係無い。あれはエリスの身体を難なく両断し、生命を終わらせる。脳裏を過ぎる死の幻影に、エリスは本能的な恐怖に泣き叫んだ。

 ――その悲鳴に、エリスの肉体は更なる力でもって応える。

 その斬撃を許せば死ぬのなら、その斬撃を放つ者を消せば良い。防ぐだけでは死ぬのなら、殺される前に殺せば良い。恐怖は無機質な殺意に変化し、エリスの身体は彼の精神から乖離したままに次なる段階へと進む。

 自動反応は攻撃に転じた。


「ほう……! 良い反撃だ!」


 最適化された反応は、最適を越え、最高の反応へ。肉体は限界を越えて駆動し、ただ対象の殺害だけに向けた、無機質な殺人兵器へと変貌する。

 必殺の一撃に最高の一撃が返され、必殺はただの渾身に成り下がる。それでも十分致命的な物だが、今のエリスには届かない。肌を擦り合わせる様に、エリスは渾身の一撃を皮一枚で躱し、返す太刀でミカエラの喉を斬り裂かんと腕を振るう。そこにあるのは明確な死の匂い。ミカエラの必殺の一撃と同じく、エリスが放った一撃もまた、相手を意思に関わらず殺し得る物だった。

 そう、エリスの意思は、精神は関係無い。自動反応はエリスに制御出来ず、故にエリスは自分の視界の中で繰り広げられる、濃縮された死の光景を見届けるしかない。


 剣を振るう、弾かれる。振るう、躱される。

 剣が振るわれる、弾く。振るわれる、躱す。

 幾度と入れ替わる攻防。秒を幾重にも刻んだ時間の中で、高速の斬り合いは加速する。エリスの自動反応による戦闘に攻撃が足された事で、戦況は袋小路に向かっていた。戦闘の多様性は逆に失われ、ただ互いを切り刻む事だけを為そうとする。

 

「どうした? 太刀筋がぶれて来たぞ?」


 ――だがその袋小路は、次第にジリ貧へと言葉を変えようとしていた。

 停滞を破らんとしているのは、エリスの肉体に起きている異変だ。長時間の自動反応の維持、しかも攻撃まで加えた限界を越えての駆動。エリスの肉体は既に軋み、壊れようとしていた。一太刀毎に筋肉が千切れる。他人事の様な痛覚から、只事では無い激痛が流れ込んで来た。

 遠からず、自分の肉体は自壊する。

 その確信が、身体から弾かれた精神だけのエリスに宿る。

 

 遂に終幕が訪れた。エリスが放った甘い剣撃がミカエラの剣に空へと弾かれ、無防備を晒したエリスへと次なる追撃が襲い来る。攻撃手段が失われた今、エリスの肉体は自己防衛に走ろうとし――肉体の限界がそのタイミングで訪れた。両足から力が失せ、膝から落ちる様に崩れる。

 防御も回避も叶わないと確定したからだろうか。エリスの精神が身体へと戻った。それは同時に、自動反応が無くなった事を意味する。つまり、今迫り来る剣は如何し様も無い。呆気無く、抵抗無く、エリスの身体を断ち切る。

 エリスは目を閉じて、直後に来る死を待った。


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