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エリスが居る場所  作者: 改革開花
二章 心の置き処
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31 解決

 ヴァレニウス邸の庭、その中央にある大噴水。ミーナ達はそれを背にしながら、見渡す限りを東部の騎士に囲まれていた。

 ――身体はもう、満足に動かない。ミーナ達の身体は精神でどうこうなるレベルをとうに超えており、今やその見た目は、幽鬼を思わせる程に凄惨で生気の無い物になっている。それでも剣を落とさないのは最後の矜持だ。もっとも、この場に置いてその矜持がどれ程役に立つのかは、甚だ疑問であるが。

 

「良くもまぁ、これ程に暴れてくれたものだ」


 ミーナ達を取り囲む騎士の一人が、ある種感心するかの様に呟く。――都合、丁度三十。それが、ミーナ達が陽動の最中に無力化した東部の騎士の数である。

 確かに、東部の騎士は謎の襲撃によってうろたえ、取り乱していた。そんな混乱の兵は格好の的であり、勿論ミーナ達が無力化した半分程はそう言った輩だ。だが、残りの半数は違う。東部の騎士達が混乱したのは、偶々積み重なった慢心と、襲撃者の姿が見えなかったからである。故に、態々自分達から姿を現すミーナ達は、東部の騎士達に攻撃目標を与えたに等しかった。そうして混乱から立ち直った者達こそが、今ミーナ達を追い詰めている者達である――まんまと陽動に掛かった馬鹿とも言えるが。

 つまり、陽動は上手くいっている。ただ、死が間近にあるだけだ。


「お望みなら、まだ暴れるけど?」


 ミーナが唇の端を吊り上げ、挑発的な笑みを浮かべる。

 戦闘は愚か、ただ剣を持ち上げるだけも不可能であると、他ならぬミーナが一番分かっている。だが、それでも言わなくてはならない。別働隊の目的達成まで時間を稼ぎ終えて初めて、陽動は成功したと言える。東部の騎士の目がミーナ達に向いているのは、彼らから思考能力を削ぎ、分かり易い目標を与えているからに過ぎない。彼らがミーナ達から目を外し、冷静な思考を取り戻せば、おのずと本当にすべき事柄に思い当たってしまう。

 それは、防がなくてはならない。

 故に、挑発する。まだここにお前達の敵は居るぞと、その首を落とさなくてはお前達の安寧は無いぞと。自分の生命すら最大限に利用して、陽動の完遂を目指す。


「そうだね、まだ踊り足りない」

「あぁ、ハキーム戦争の時に打ちたてた記録まであと少しなんだよ。もうちょっと暴れるのも、良いかもなァ」


 ミーナの挑発に乗って、イライアスとエディも騎士達に誘惑の言葉を投げ掛ける。顔を精一杯笑みに歪め、肩を震わせるその姿――東部の騎士達には今や、畏怖の存在でしか無い。

 ――目の前の幽鬼への恐怖が、心の内で膨れ上がる。

 東部の騎士達、彼らの意思は一つになった。恐怖から逃れるために、怨敵を討ち滅ぼす。ただそれだけの殺人の意思で、彼らの意思は揃った。ミカエラの事は、頭に無い。彼らは高尚な精神も尊敬の念も忘れ、恐怖に怯えるだけの者となった。彼らはもはや、騎士では無い。

 ミーナは自分の剣に目を落とす。最後まで手放さ無かったのは信念だ。相手は手放し、自分は最後まで持ち続けた。


「私の、勝ち」


 ミーナは最後に、騎士としての勝利を実感して眠った。



****************************************




「見事だ。貴方達の信念、確と見た」


 ミーナ達が背にしていた大噴水が、激しい音と水飛沫を伴って爆酸した。土煙と水飛沫が濛々と広がる中、凛然とした声が聞こえる。


「貴方達が見せた信念。それだけを貫くその姿は高潔で高尚であり、何より気高い。――私は貴方達を信じよう。私の信念は、信じる者を守る事。貴方達の信念に届き得るか、そこで静かに見守っていて欲しい」


 一閃。土煙と水飛沫が払われ、中なら一人の人間が現れる。

 その姿を見た東部の騎士達は自然、今の今まで強く握りしめていた己が剣を手放していた。手から力が抜け、剣が地面に落ちる。甲高くも情けない音が辺りに連続して起こり、二度と拾われる事も無い。

 そこに居たのは、姫神だった。


「我が名はミカエラ・ヴァレニウス! 気高き彼女達を穢す事は、誰にも許さん!」


 剣を空に掲げ、ミカエラは天に吼える。剣は昇って来たばかりの太陽に照らされ、神々しく輝く。その輝きの前に、誰も声を出せず、祈る様に地面に膝を付く。

 長い夜は幕を閉じ、月の時間は終わりを告げる。

 ――余りに眩しい、夜明けだった。



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