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エリスが居る場所  作者: 改革開花
二章 心の置き処
55/117

27 到達


 ヴァレニウスの敷地内で、断続的な爆発が続いて起きる。

 ――堅牢な守りだった筈だ。

 人員の数は問題無し、配置に穴があった様にも思えない。練度は無論疑う余地も無く、士気も目的を思えば自然と高かった――慢心にも近い自負は不意の奇襲に反転し、忽ち混乱へと至った。

 爆発が起こる度に、東部の騎士達が掲げていた騎士としての()に罅が入る。多分に居た人員は理性を失った烏合の衆に成り下がり、配置を維持する能はとうに失われていた。練度は混乱と共に地へと堕ち、士気も行き場を失った恐怖に呑まれて風前の灯へと変わり果てている。

 余りの体たらく。これには幾重もの油断が根底にあった。

 目的達成の当日まで、滞りなく計画を進められた事。また、敵や妨害要素の出現が今日まで無かった事。「王宮医術師」が、敷地内に魔術の発動を感知する魔術を仕掛けていた事。――副団長であるエルヴェへの軽視も、油断の一つに含めて良いだろう。

 故に、東部の騎士達は考えもしなかった。

 軽視していたエルヴェこそが自分達の計画を勘付き、今日という日に限って真実に至り、王都防衛騎士団なる普段なら見下している輩共が、「王宮医術師」の張った魔術の目を掻い潜って奇襲を仕掛けて来ようなど。

 

 幾重もの油断は致命的な動揺に繋がる。それは当然、(エリス達)にとってすれば付け込むに他無い絶好の隙だった。


「……行くよ」


 ミーナが小さく侵入の号令を発する。

 都合、七度の爆発。敷地内を無作為に爆発された東部の騎士達は、目論見通り混乱の中に居る。爆発に近付く者、遠ざかる者、はたまた爆発自体に巻き込まれた者。彼らの行動は各々異なるが、所詮は理性無き烏合の衆。冷静な視点に居るエリス達が慎重に動けば、見つかる道理は無い。もっとも、それは冷静な思考と視点あってのもの。ここで油断しては東部の騎士達と同じである。

 エリス達は忍び、忍びで屋敷へと向かう。

 草木に身を潜ませ、人の気配を感じては迂回し、遠くからの視線に気を配る。そうして精神をガリガリと削られる様な行軍の末、エリス達は屋敷の東側の裏口へと辿り着いた。

 

 ――エリス達よりも先に、まずアウレニアが中に入る。

 東部の騎士達に見つかっても、ヴァレニウス家の侍女であるアウレニアは警戒されまい。それに、謎の爆発が起こっているこの最中、ミカエラが居て騎士も居る屋敷内に向かうのは、傍から見ればそれ程不自然な行動でも無い。そう言った判断で、アウレニアは偵察の命をこの場では負う事となった。


「誰も居ません。今の内に」


 中からの声に、エリス達も中に入る。中は外観からの予想通り、綺麗に整えられていた。エリス達が入った裏口は炊事場への出入り口であったらしい。四角い磨かれた石が床に隙間なく敷かれていて、柱には派手過ぎない掘り(・・)の装飾が為されている。天井からは丸いガラスの玉がぶら下がっていて、中には光る小さな粒が閉じ込められていた。その輝きが室内を照らし、昼間さながらの明るさを齎している。

 あの光る粒は何なのだろうか。エリスは、ガラス玉の中の幻想的な光景に目を奪われた。

 

「あれはリヒトって言って、ルシオルと同じ照明用の魔道具だよ。ガラス玉の中で特定の反応を循環させているの。循環が擦り切れるまではずっと光ってるよ。値段が高いのが玉に瑕だけど、ルシオルより明るいから富裕層には人気だね」


 ぼそりと、耳のすぐ後ろから解説が聞こえて来る。聞き慣れた声はセシリアのものだ。またも、未知の対象に興味を向けていたのを悟られたらしい。エリスは内心恥じ入りながら、セシリアを無言でキッと睨んだ。

 解説は在り難いのだが、その気の遣われ方はエリスの自尊心を摩耗させる。多少の意地を込めた抗議の眼差しだったのだが、セシリアは分かっていると言わんばかりの慈愛の籠った微笑を浮かべるだけだった。

 多分、分かっていない。


「さて、ミカエラの部屋まで最速で行くよ――アウレニア、案内お願い」

「任されました。……こちらです」


 アウレニアの先導で、エリス達は移動を開始した。アウレニアを先頭に置くのは道案内だけが目的では無い。彼女を少し先行させる事で、不意の遭遇をやり過ごせる可能性も高まるのだ――事実、ミカエラの部屋がある三階に至るまでに、幾度かそういった場面に出くわすも事無きを得た。

 そうして精神が枯れ木の様に痩せ細って来たとエリスが感じだした丁度その頃合いで、目的地であるミカエラの部屋がある三階まで辿り着いた。

 辿り着いた、のだが。


「うへぇ……ざっと十は居るか」


 扉の前に陣取る騎士達を見て、エディは堪らず呻いた。

 考えれば当然であり、奇襲――それも敵の姿が見えない上に断続的に続く爆破とくれば、彼らの使命からして、ミカエラの部屋を死守するのは自然な行動である。寧ろ、十人程度しか居ない事にこそ驚いてしまう。ここに居る東部の騎士の数を思えば、半数が錯乱に陥ったとしても、もう半数がミカエラの部屋を死守せねばと動いたなら、その数は十は愚か、二十や三十を優に超す。即ち、セシリアの爆発による陽動兼、撹乱は思いの外巧く働いたらしい。

 それでも、である。十を超える人数による、防御体制。一室の扉に背を向け、周囲へ剣を向けるその在り様は針鼠の背を思わせる。不用意に手を出せば、それだけで怪我をする――怪我で済めば良い方だろう。事実は恐らく、もっと手痛い物に違いない。

 エリス達には時間が無い。ここでミカエラの部屋を見張る彼らを倒せば終わり、では無い。彼らを突破し、中に居る「王宮医術師」の企みを止め、ミカエラを解毒して初めて目的は達成されたと言える。見張りの突破に時間を掛け過ぎる訳にはいかない。また、既に爆発による陽動をしておいて今更だが、出来れば扉の外で長時間騒ぎ立てて、中に居る「王宮医術師」に警戒される事も避けたい。何せゾンビパウダーなどを扱う卑劣漢な魔術師である。どんな外道な防衛手段を講じて来るか分からない。警戒はされないに越した事は無いだろう。

 無事突破しても、その後も時間との勝負だ。解毒までは早ければ早い方が良い――遅れてしまったら、取り返しが付かないのだから。要するに、エリス達には時間が足りず、見張りの突破などという瑣事に時間は掛けたくないという事だ。

 ――故に、一撃で決める。


「――光よ、秩序ある光よ」


 静かに、セシリアが呪文を紡ぐ。手を翳し向けているのは、ミカエラの部屋の前に立つ見張り達の頭上、彼らと廊下を照らす「リヒト」だ。


「光は零れ、溢れる。秩序は失われ、崩壊が後に残る」


 慎重に紡ぐ言の葉と共に、セシリアの手がぼんやりと光る。優しい光だ。光はさわさわと蠢き、手を愛撫するかの様に姿を揺らしている。同時に、見張りの頭上の光がぶれた(・・・)。ガラス玉の中で果てなく続いていた循環が乱され、輪から外れた力が行き場を求めて彷徨う。

 そして、


「光は今、自由を求める――!」

「目を瞑れ!」


 最後に強くセシリアが命じると、光は忽ちに従ってガラス玉から飛び出した。エリスはミーナの命令に従って閉じる。瞼の向こうで、小さな太陽が現れたのを感じた。月が昇る夜の刻。だが、確かに今、その廊下に太陽が堕ちる。


「ぐあぁ……っ」


 見張りの騎士から、異口同音に光に眩んだ呻きが漏れる。ガラス玉という狭い世界から解き放たれ、制御から無秩序へと降り立った小さな光は、人の目をその威光で以てただ潰す。余りに強い光は人から(視界)を奪い、どこまでも続く無明の闇を与えた。

 ――実際にその威光があったのは、一秒にも満たなかっただろう。

 小さな太陽は満足げに消えた。

 解き放たれた自由の代償に、小さな太陽は僅かな時間を謳歌すると、その姿は虚空へと掻き消えた。後に残ったのは、両手に目を当て悶える騎士の姿だけだ。

 完全で、同時に、そして一手で為す敵勢力の無力化。

 その観点から見れば及第点ではあったが、後に残ったのは直視出来ない惨状だった。惨状を招いた張本人であるセシリアは、セルディールの門の時と同じく、居た堪れないとばかりに目を伏せていた。


 その姿を見て、エリスは確信する。

 セシリアは確かに、何か凄まじい力を持っている。治療だけでなく、彼女の及ぶ「魔術」はどこまでを示すのか皆目見当が付かない。だが、それを操るのは飽くまでセシリアであり、ただの少女だ。如何に気高く、固い決意を持とうとも、少女の心なのだ。少女を蝕む罪悪感を、誰が偽善と切り捨てられよう。

 そしてだからこそ、彼女の決意は尊い。その弱い心を奮い立たせる少女の勇気は、何にも勝る宝。そしてその宝に誰よりも魅入られている者こそ、他ならぬエリスなのだ。

 エリスは先達の騎士達に憧憬を抱いている。だが、中でも最も強く憧れているのはきっと、セシリアなのだろう。彼女の強くあらんとする在り様は、エリスの目指す「騎士」その物なのだから。


「セシリア」


 目を抑え蹲っていた騎士達を静かに気絶させ、通路の端に寄せていたミーナがセシリアの名を呼ぶ。それだけで、少女は前を向いた。


「分かってる。この人達はちゃんと、全部終わってから治すから」


 全てが終わった後の未来を見据え、セシリアは双眸に決意の炎を一層強く灯した。その炎は何を以てしても消えまい、彼女が前を向き続ける限り。


「私達は予定通り陽動に徹する。さっきの光を見てこっちに来る奴らも、正気に戻ってミカエラの部屋に向かう奴らも。皆あんた達の所には行かせない。だから――」

「うん、大丈夫。私は私の誇りに賭けて、ミカエラを救ってみせる」


 ただそれだけの言葉で、ミーナ達は背を向けて今来た道を駆けて行った。その背はこちらを激励する様に見えて、エリスは自分の中心から温かい震えが広がるのを感じた。

 ここは、武者震いとしておこう。強がりには違いないが、弱音は騎士に似合わない。

 エリスは震えもそのままに相棒(自己満足)を抜き、静かに扉を開けた。



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