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エリスが居る場所  作者: 改革開花
二章 心の置き処
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24 セルディール脱出

 ――騎士を騙る者達を、決して門の外に出すな。それが門の警備に当たる騎士達に与えられた、唯一にして最大の命令だった。

 彼らを包む夜の静寂の中に、時折異質な音が混じる。それは破壊音であったり、摩擦音であったり、金属音であったり――戦闘を思わせる、聞き慣れた音だった。その音の数々はしばらく続いては途絶え、その後に各所での戦闘の報告を受ける。今宵、相手取っている者達を騎士を騙る無礼者と思い込んでいた東部の騎士達は、その報告の一つ一つに息を呑み、そして最後の報告――馬車が強奪されたとの報を聞くに至って、彼らはやっとの事で相手が油断ならぬ、警戒する必要のある確固たる戦力であると認めた。

 故に、警備に就いた当初ならまだしも、今の門の守りは完璧に近いと自負していた。如何に相手が猛者であろうと、仮に奇策を用いて来ようとも、守り通せるだけの自信が彼らにはあった。


 ――あの光を見るまでは。


 その光はこの世の全ての色を内包していた。赤であり、青であり、黄であり――視覚が全くの同時に、異なる色の数々を脳に送り込む。光は色を移り変えているのではない。ただ、同じ場所に、同じ時間にそこに全ての色があるだけだ。故に、脳は混乱すれど矛盾としては処理しない。


「な、何なのだ。あれは……」


 誰かが呟いた。

 光は眩く辺りを照らす。その強さは太陽を思わせる程で、光に眼が焼ける。だが、何故か誰も目を逸らせない。それは偏に、光の持つ神々しさがそうさせた。

 ――光が揺れた。

 そこで初めて、見惚れていた騎士達は光が球体であったと悟る。これでは益々、地上に降り立った太陽では無いか。光は一度目の揺れから、断続的にその姿を揺らしていく。その光景はまるで、天女の舞が如く優艶(ゆうえん)であった。


「美しい……この世の何よりも美しい」

「そうだ、俺はこれを見る為に生きていたのか」

「あぁ……生きていて、良かった」


 言葉に滲み出たのは生への喜び。無上の美を見れた事感激が、そこに至らせた自身の生への感激に変わっていく。

 騎士達の手に、剣は無かった。

 生への感謝を抱いた今となっては、その尊い生を奪う物など汚らわしいとしか思えない。出来るなら、過去の業を自身の死でもって償いたい程だ。だが、それもまた生への冒涜。

生に感謝するからこそ、騎士達に自殺の二文字はあり得ない。

 光は騎士達を優しく包む。

 業と罪に嘆き、苦しむ騎士達――それでも彼らは生きている限り幸せだった。



****************************************




「うわぁ……」


 馬車は何の妨害も無く門まで辿り着いた。それもその筈、妨害をする相手が一人残らず生きながらにして亡者になっていたのだ。

 彼らは膝をつき、天を仰いで何かを呟いている。視線は皆一様に同じ方向を向き、しかしその先には何も無い。虚空を見つめる瞳には夜の暗闇だけが映り込んでいて、瞬きすら惜しんでその暗闇を眼に焼き付けている。

 否、彼らには何かが見えているのかもしれない。それがエリス達には見えないだけで。そうでなくては、半身とも言える剣を地に投げ棄てている彼らの姿を、どう捉えたら良いのか。


「エディ、イライアス、門を開けて来て」


 ミーナの指示に従い、二人が馬車を降り門へと向かう。途中、すれ違う時にイライアスが「こりゃ、酷いね」と漏らした。その言葉が聞こえたのか、荷台の方からセシリアの罪悪感に呻いた声が聞こえた。

 ――やはり分かっていた事だが、この惨状はセシリアが引き起こしたらしい。

 

「この惨状……大禁呪『ハーメルン』に似通っていますね」


 セシリアの呻きに返す様に、アウレニアは一歩踏み込んだ。ハーメルン――大禁呪と称されるそれが何かをエリスは知らないが、それが良く無い響きである事は分かる。そして、その良くないモノを使ったとするのは、事実がどうであれ悪評の類に違いない。

 アウレニアの言葉は詰問の色を含んでいた。


「……アウレニア? 分かってると思うけど」

「詮索は無しだと。えぇ、承知しております。私が問いたいのはセシリア様の行いでは無く、その行いを支える技量。『ハーメルン』を扱える程ならば、ある意味魔術師としての腕が保障される様な物ですから」


 ミーナの釘刺しにアウレニアは飄々とした様子で、しかし追求を止めない。流石に場の空気が不穏な物に変わり出す。アウレニアの意図が見えず、先の約束を反故するつもりかとすら思えたその時。アウレニアが僅かな笑みと共に、緊張を解いた。


「失礼しました。不安のばかり不遜な物言いになってしまい、申し訳ございません。私はただ、こう訊ねたかったのです。セシリア様が東部の詰め所で、あの騎士に訊ねた事柄の真意は何だったのか、と」


 その言葉にエリスは、そしてミーナもアウレニアの疑問を共有した。ここまでの逃走劇の発端は、セシリアの「ミカエラを助けに行く」との発言が大元にある。その場では彼女の気迫に押され、その後は立て続けに現れた障害の排除に気を取られ、結局今に至るまでミカエラにどんな危機が迫っているのかの具体的な所を聞いていない。冷静に振り返れば滑稽だが、エリス達は理由も良く分からないままに東部の騎士達と争い、逃げていたのだ。

 それをセシリアへの信頼故と言う事は可能だろうが、信頼と妄信は違う。近い様で限り無く遠い。これはセシリアの魔術に関する秘匿とは異なり彼女個人を中心とした問題では無く、寧ろ全体で共有すべき問題だ。その点では東部の追手が途絶え、ヴァレニウス邸に向かう前のこのタイミングは、セシリアに詳しい話を落ち着いて聞ける、唯一のタイミングだったと言えよう。アウレニアに救われた形になる。


「うん、説明はするよ。でもその前にここを離れよう。話はヴァレニウス邸への道中でも出来るし。ここに長時間滞在するのは不味いから、エディとイライアスが戻って来たらすぐ出発して、それから説明で」

「不味いってどういう意味?」

「東部の人達と同じになっちゃうって事」


 気楽に訊ねて結果の衝撃の答えに、エリスは危うく御者台から落ちかけた。虚空を眺め、何かに囚われている東部の騎士達――あれと同じになるなど、正直言って御免被る。彼らの現状に同情はするが、今はやるべき事があるのだ。彼らの仲間になる訳にはいかない。

 

 木と土が盛大に擦れる音がして、セルディールの門は開かれた。大きく開かれた門の向こうには、行きに見た道が続いている。生い茂る木々が月明かりを遮り、視界は悪い。日中は優しい木漏れ日だったのだが、夜となると恐怖の暗闇だった。足元には一層の注意が必要だ。

 上手く走らせられるだろうか、そんな心配にエリスが押し潰されそうになっていると、イライアスが荷台に戻らず、颯爽と御者台に乗り込んで来た。一人用の席が圧迫され、イライアスが乗り込んで来た逆側から押し出されて、あわや地面にキスしそうになる。恨み十割の思いの丈で睨みつけると、イライアスは夜風に髪を靡かせて、


「ここからは僕が御者を務めよう。エリスは荷台に下がってくれよ? 君の腕では街中は走れても、夜の山中は走れないだろうからね」


 端麗な顔を笑みにして、妙に苛立たせる言い方で言って来た。月光が絶妙に彼の姿を照らし、下から仰ぎ見ている事も相まって()になっている事が尚更腹立たしい。

 普段ミーナにべったりな彼は、エリスに余り話しかけて来ない。エリスもまた、イライアスが嫌いではないが苦手なので、質問の必要があれば彼以外に聞き、二人っきりになっても静かに距離を取っていた。要するにイライアスに対する免疫が無い。だからか、久しぶりに――否、もしかしたら初めてまともに喰らった彼のウザい言葉に、エリスは内心行き場の無い悶々とした物を抱えていた。

 だが、彼の言う事はご尤もなのだ。この感情をイライアスにぶつけるのは簡単だが、それはすべき事で無いし、そもそもエリスに多少整備されているとは言え、夜の森を馬車で走るだけの技量は無い。イライアスの言い分は正しく、それが腹の底で燻ぶる熱い何かを加速させるのだが。

 

「イライアスさん、お願いしますね」


 エリスは怒りに程似た憤懣を精一杯込めつつ、体裁を取り繕った最低限の言葉だけを残して荷台へと向かった。荷台を塞ぐ幌を手で避け、くぐる様に中に入る。

 荷台の中ではエディが既に戻っており、彼を含めて全員が苦い笑みを浮かべていた。


「どうしたんですか?」


 自分に向けられた物だとは分かるが、変に居丈高に振舞う人間が善意の行動を精一杯行ったが、しかし相手に上手く伝わらなかったのを見てしまったみたいな顔を向けられる意味が分からない。

 

「いや、苦労してるなと」


 妙に優しい声で、エディが静かに呟く。

 同時に御者台の方から咳込む声が聞こえて、それを隠す様に馬が嘶き馬車が走り出した。


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