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エリスが居る場所  作者: 改革開花
二章 心の置き処
51/117

23 持つ者の義務

 厩舎の外の戦い。

 その戦況はエリスが最後に見た時から大きく変わっていた。


「流石に、辛いねぇ……」


 ミーナ達は互いに背を合わせている。周囲への死角を失くし、少しでも敵側の包囲の利点を損なわせる算段だ。もっとも、それは窮策。少数対多数の構図である以上、少数側は多数故の弱み――例えば同士討ち、乱戦による各個撃破など――を狙うのが上策だ。それが包囲を許した時点で、少数側の不利は否めない。そして、それが分かっているからこそ、東部の騎士は焦る事無く包囲をじわじわと狭める。ここに至っての完全に統率の取れた集団行動に、ミーナ達は追い込まれていた。

 ミーナ達が包囲に追い込まれるまでに倒した敵の数、実に二十。乱戦の中、たったの三人で撃破した数と考えれば上等だが、逆に言うならその辺りが限界だった。そもそも、当初の作戦では外の見張りに就いていた九人を相手取るだけで良かった。それが追手が追い付き、増援が呼ばれ、気付けば相手方は四十人越えの大所帯である。立ち回りでどうこう出来る数では、とうに無くなっていた。


「素直に剣を捨てるなら、命までは取らんが?」


 包囲陣を形成している一人が問い掛ける。言うまでも無く最後通牒。これを蹴れば彼らの意思はミーナ達殺害に固まるだろう。

 かと言って、首を縦に振れる訳も無い。ミーナは精一杯の毒を込めて、口の端をにんまり曲げて言い放った。


「――お前たちこそ、剣を捨てるなら今だけど?」

「そうか、じゃあ死ね」


 東部の騎士達が一斉に踏み込んだ。包囲の円が急激に狭まり、中心のミーナ達に迫り来る。相手は四十人以上、こちらは疲弊の色が隠せない三人。ミーナ達の勝ち筋は絶望的だ。

 だが、ミーナは絶望の中に希望を見る。

 自分達だけだから絶望的なのであって、状況は決して諦める程の物では無い。何故なら――


「遅れました!」


 包囲の外に、頼れる仲間が居るからだ。



****************************************



 エリス達を乗せた馬が、厩舎の中から勢いよく飛び出したその時。御者台からエリスが見た光景は絶体絶命の一歩手前だった。

 数十人に完全包囲されたミーナ達。大きな負傷こそ見えないが、幾分か弱っているように見える。目の力だけが、いつものそれだった。


「くっ――」


 東部の騎士達の人数は正面からの相対をするには多過ぎる。やはり、当初の予定通りセルディールからの脱出を最優先とするが吉だ。だが、それにはミーナ達への行く手を阻む、東部の騎士達が邪魔だ。包囲の円の外からの奇襲に近い突撃――中からよりは打ち破りやすいだろうが、それは飽くまでどちらの方がマシかという話でしか無い。

 エリス達の乗る馬車は飽くまで馬車で、戦車(チャリオット)の類では無い。人の壁相手に突破力が無いのだ。かと言って、馬車から降りてミーナ達の援護に行っては本末転倒。エリス達も包囲されて終わりだ。つまり、何らかの方法で人の壁を越えるか、ミーナ達に包囲から脱して貰うしか手が無い。

 ならば、どうするか。エリスには、ミーナ達を助ける手が無い。そんな事はエリス自身が良く分かっている。今のエリスが助けられる位なら、ミーナ達はとっくに自力で包囲を破っている。

 そう、エリス(・・・)には手が無い。


「セシリア!」


 後方の荷台へと声を張り上げて呼び掛けると、セシリアが御者側との会話口を開き、何事かと目線で訴えかけて来る。それに対し、エリスは前方を指差して、


「ミーナ達の回収と、東部の騎士の妨害って出来る?」


 ――発想の大元は、セシリアとシャーロットへの貢物を王都に買いに繰り出した日の事だ。あの日、エリスが子供とぶつかって荷物をばら撒いてしまった時。セシリアはエリスと子供を土の半球ドームで守り、荷物を土で出来た腕で回収していた。ならば、この場でも同じ事が出来るのではないかと考えたのだ。

 土の壁で東部の騎士を退け、ミーナ達を土の腕で掴んで馬車に乗せる。

 魔術的な問題などは分からない。現実には出来ないのかもしれない。だが、エリスは信頼だけを乗せてセシリアに言った。


「任せて! ――大地よ、越えられぬ高く厚い壁を、彼の者達を掴む確かな腕を!」

 

 そして、信頼は応えられた。

 セシリアの求めに大地が低く唸ったかと思うと、激しい鳴動の後に次々と壁が隆起して生まれる。乱立する土の壁は騎士達の包囲を下から突き上げ、更には、生まれ終えた壁が分断の役目を果たし、騎士達の連携を崩した。

 同時に土の腕が丁度三本、大地から生えて(・・・)来た。生物めいた動きで蠢く三つの腕はぐんとしなったかと思うと、元々の包囲の円の中心に伸びて行く。そうしてミーナ達を些か乱暴に掴み上げてエリス達の乗る馬車まで運んで来る。最後に荷台の中にミーナ達を放り投げて役目を終えると、途端に動きを止めて崩れて行った。


「エリス、今のうち!」

「うん!」


 言われるよりも早く、エリスは馬車を牽引する馬を駆って、セシリアの魔術によって荒れた道を走破する。東部の騎士は壁の登場と分断に混乱している様で、エリス達を止めるまで気が回っていない。

 作戦は結果論ではあるが、何とか上手く行った。

 エリスは御者台で一人、気の抜けた声で安心に耽った。




 包囲の突破から向こう、夜のセルディールを走るエリス達の馬車に追手は差し向けられていない。敵との遭遇と戦闘の連続だった事もあり、御者台に座るエリスの身体は酷使からの解放にささやかな喜びの声を上げていた。直ぐに次なる酷使の場面が来るのは明らかだが、今だけは身体を休めたい。

 緊張は維持している。まだ目的の途上――セルディールからの脱出もまだなのだ。ここで気を抜く程、流石のエリスも愚かでは無い。だが、


「あー、身体が痛重い」


 直接の戦闘は一度きりとは言え、東部の詰め所からの脱出、厩舎までの全力疾走、その途中にあった魔術による奇襲の回避、そして厩舎内での戦闘と、身体に掛けた負担は馬鹿にならない。特に、エリスの性質による「自動反応」が掛けた負担が、他の行動での負担に比べて頭一つ抜きん出ている。

 無論、同等かそれ以上の負担を浴びている仲間がエリスの後ろ(荷台)に居る訳で、彼らを思えば弱音など吐けないのだが、それでもエリスの身体が多少なりとも痛んでいるのは事実だった。


 エリスはこの馬車に乗る面子の中で、最も弱い。

 「自動反応」の性質を考慮しても、いつ発生するかも分からない不確定要素な上に、攻撃に転じる事が出来るかも更に不明瞭な性質など、武力としては話にならない。

 エリスの『自動反応』がまともに攻撃に作用したのは二度だけだ。

 一度目は人狼病感染者との戦闘。崖から落ち、ミーナ達と分断され、人狼病感染者に追い詰められた時に発動した。

 二度目は先程の厩舎内での戦闘。頭の中に不思議な声が響き、その声の通りに動いたら発動した。

 一度目と二度目――状況も要素も何かもが異なる。「自動反応」が攻撃に向く条件は、全くもって分からないままだ。

 防御の方は正直、機能的な面ではあまり問題では無い。何らかの攻撃に晒された時、運良く発動すれば自分の身体を守れる――これが防御の「自動反応」を機能的に捉えた時の、冷静な評価だ。防御の方は心情面を度外視して発動すれば良しの考えで居るなら、嬉しい誤算で済ます事が出来る。

 だが攻撃の「自動反応」は違う。

 エリスの「自動反応」が攻撃に向かう際、そこにエリスの意思は当然ながら存在しない。これは防御も同じだが、違う点は一つ。攻撃には相手の命が絡む事だ。攻撃の「自動反応」は相手をただ殺す事に全てを尽くす。

 防御の「自動反応」は敵の攻撃、自身の脅威に反応するが、攻撃の「自動反応」は敵の存在に反応している様に思える。


「あ、そう言えば東部の騎士に飛び掛かった時……」


 思考の途中で、エリスは連鎖的に思い出した。

 少し普段の感覚とは違ったが、エリスの身体が勝手に攻撃に動いた時がもう一つあった。東部の詰め所の入口、そこで守衛に就いていた騎士に飛び掛かった時だ。あの時は誰かに妨害されて未遂に終わったが、あの時のエリスは平時以上の力を発揮していた。でなければもっと簡単に、呆気無く取り押さえられていた筈――少なくとも、隣に居たフレドリックが不意を突かれたとは言え、反応出来ない速度での一撃だったのだ。そう考えなくてはおかしい。

 となると、あの時の一撃はエリスの性質の影響を受けた物だった事になる。それにしては、体感がさして普段と変わらない一撃だったのが気になるが。


「と、そろそろか……ミーナさん、もうすぐ出入り口の門です」


 会話口を開き、中に話しかける。

エリス達の現在の目的地はヴァレニウス邸である。そこに行く為にはセルディールを出る必要があるのだが、ここに一つ問題が生ずる。

 セルディールは要塞の名残で四方を壁に囲まれた町であり、出入り口は一つしか無い。壁には侵入者対策が施されているらしく、壁を乗り越えての脱出は不可能。そもそも、壁を乗り越えるには馬車を乗り捨てる必要があり、ヴァレニウス邸までの移動手段が馬車に限られる以上、その選択肢は端からありえない。ならば必然脱出は門からになるのだが、平時より関所として構えられている場所である――警備が厳重なのは明らかだ。

 その為、門を突破する策が必要となる。エリスは言われるがままに馬車を動かしているだけで、門を突破する算段をミーナから聞いていない。ここでその確認が出来ればとの考えを込めての、ミーナへの報告だった。


「ん、そっか。――仕方無い。フレドは帰って来なかった。本当ならフレドが適任だったけど……」

「ミーナ。必要な時には私は躊躇わない。私の力はその為にある。何度も言ってるよね」

「分かってる。ここが本当に必要な場面かを悩んでるだけ。あんたの力は、易々と見せるべきではないんだから」


 荷台の中から、開かれた会話口を通して声が聞こえる。珍しく険呑な声色のセシリアと、どこか躊躇いの色を見せるミーナの声だ。


「私は傷付いた人を守る為にこの力を使う。誰かを殺す為じゃない、何かを壊す為じゃない。ただ、私は助けたいからこの力を使う。それを邪魔するのは何であっても私は許さない――ミーナ、私はミカエラを助けるって決めたの」

「それはセシリアがすべき事? ここまで来て何だけど、他の人でも出来るかもしれない。ミカエラの安否を確かめるだけならアウレニアをヴァレニウス邸に送り届けるだけで済む。それなら、セシリアの力も使わず済む」


 セシリアの言い分を認めつつも、しかし何かがそれを是としていない――そんな調子で、ミーナはセシリアに許可の一言を言い渋る。

 それに対し、セシリアは凛とした声で己が意志を貫く。


「それは私がすべき事だよ、ミーナ。私には過ぎた力(・・・・)があって、だからこそ私は助けると決めた人を全員助ける。私にはそれが出来るだけの力があるんだから」


 その言葉に、荷台の中は静かになった。ミーナも、エディも、イライアスも、アウレニアも。誰一人、口を開けない。幼き少女の高尚な、高尚に過ぎて人の身に余る程の理想に、少女が歩む道の厳しさを見た。元より知っていた筈のミーナ達でさえ、改めて少女の理想の重さに唇を噛む。


「分かった、セシリア。許可(・・)、する」


 絞り出す様な声で、ミーナはセシリアの何かを認めた。その言葉がミーナにとって何を意味していたのかは分からない。ただ、彼女の放つ雰囲気は、何かに負けた敗者のそれだった。


「ただ、一つだけ。アウレニア、この件が終わるまでにセシリアが使った魔術に関して、一切の口外をしないで欲しい。出来ないなら、私達はこの件を降りる」

「ミーナ!」

「セシリア、これが最大の譲歩。分かって」


 ミーナの言葉に、セシリアが渋々と下がる。そしてしばしの沈黙を経た後に、


「分かりました。アウレニア・ライツ、今夜に関して一切の沈黙を約束致します」

「ありがとう」


 アウレニアの承認を得た事で、ついにセシリアへ許可が完全に認められる形となった。だが、エリスにはその許可が何を意味する物か分かっていない。故に、エリスはミーナに確認を取る。


「ミーナさん、門までもうすぐです。このまま行きますか? 止まる必要があるなら、一旦止めますけど」


 セシリア頼みの事柄となれば、恐らくは魔術絡みの筈。その発動や準備に時間が掛かるなら、一旦の停車も有りかと考えての進言だった。だが、それは杞憂だったようで、


「いや、このまま行って良いよ」


 他ならぬセシリアから答えが返って来た。それっきり会話は途絶える。セシリアの邪魔をしてはいけないと、誰もが口を閉じる。

 静寂が、嫌に重かった。


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