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エリスが居る場所  作者: 改革開花
二章 心の置き処
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21 邪魔する者たち

 銀閃が床を駆る。幾重の斬撃が空間を削り、同じ数の斬撃に落とされる。高速の斬り合い。相手の斬撃を叩き落とし、それ以上の数で相手に攻めかかる。構えを変えたからと言って、一朝一夕で身に付けた技は身体を離れない。エルヴェの剣技は紛れも無くミカエラ・ヴァレニウスの模倣で、しかしその手を離れて半ば自立した独自体系(オリジナル)だ。

 ――エルヴェの斬撃が遂に相手に届いた。数十合の打ち合い、されどそれに費やしたのは物の数秒だ。一瞬を永遠に、刹那を永久に。ミカエラの剣技に男よりも近く、異なっていたエルヴェは、その研鑽の差で持ってして男を打破して見せた。

 接触の刹那、刀身の向きを調整して深く切り込まないようにし、威力を斬るのでは無く押す事で緩和する。結果、エルヴェの斬撃は打撃に変わり、男は壁に吹き飛んで意識を手放した。

 

「――さぁ、次はどいつだ」


 一人一人挑む必要など何処にも無い。

 寧ろ数の有利を活かして乱戦に持ち込み、囲んで総攻撃を仕掛けるべきだ――そう理解しているにも関わらず、男の背後に控えていた騎士達は行動に移れないでいた。それをしてしまっては、自分は東部の騎士で居られなくなる――そんな錯覚にも似た訴えが彼らの心の内に木霊していたからだ。

 

「来ないなら、こちらから行く――っ!」


 エルヴェがまた、床を蹴り抜く。銀閃がまたも、敵を斬る。



****************************************




「痛ぅ……」


 エルヴェが反旗を翻した東部の騎士達に単身突撃し、勇猛果敢に戦っている丁度その頃。エリス達はとうに東部の詰め所を脱し、セルディールの街並みを駆けていた。

 三階に位置する団長室からの脱出。普通に考えれば不可能な奇跡を、エリス達は力技で成し遂げた。詰まる所、窓を割って外に飛び出し、二階の窓の縁に掴まって、それから地面に飛び降りるという、何とも原始的な解決方法を持ってしてである。

 とは言え、打ち合わせ・練習無くそんな奇行――奇行も奇行が出来る訳が無い。そして現に出来たのはエリスとセシリアを除く五人だけである。エリスはエディに、セシリアはアウレニアに抱えられる形で、飛び降り自殺モドキの行いに強制参加させられた。

 そう、セシリアはアウレニアが抱えて飛び降りた。目を疑う光景ではあったが、現実にアウレニアは片手でセシリアを抱き、片手で二人分の体重を支えて二階の窓の縁に掴まり、勢いを殺した後に地面に音も無く着地して見せたのだ。

 ライツ家の血か、エディ程ではないが、女性にしては背が高めのアウレニアだが、しかし筋骨隆々という訳でも無い。にも関わらず、少女一人抱えて見せての曲芸移動。

 エリスの正直な感想として、人間を辞めていると思った。


「とりあえず厩舎まで走るから! それから馬車でヴァレニウス邸に向かう!」


 ミーナが叫びつつ、風を置き去りにする勢いで地を蹴り走り抜ける。エリスは先の痛みを必死に抑えながら、彼女に置いて行かれない様に呼吸すら忘れて全力疾走だ。


「――ミーナ、避けて!」


 エリスが呼吸の辛さに目の前が暗くなり始めた、その時。セシリアが叫んでミーナを呼び止めた。ミーナは声に従い回避に移り――そのまま走っていたなら通ったであろう地点に、大きな窪みが発生するのを見た。窪みはエリスが丸まって寝転がれば、そのまますっぽり入ってしまう程の大きさだ。落とし穴としてみれば、悪戯レベルなら十分だろう。

 が、問題はそこに無く、その穴が今、目の前で見えない何か(・・)に抉られる形で出来た事だった。


「まだ来る! 皆気を付けて!」


 セシリアが叫んで注意を促す。それと殆ど同時に――、


「我が意思の下に理を編む。天を飛び交い地を這う自由の原点よ、今ここに成れ――風編一節」


 詠唱が夜闇に響き、連れて世界に変化が齎される。

 風が吹き荒び、一枚の壁の様になってエリス達の下へ落ちて行く。不可視の風――破壊の意図を宿した奔流が迫り来る。それを本能的に察知し、各人が回避や防御に移る。

 そして、エリスもまた。既知の、しかし慣れない意識の剥奪を経て、もう一つの意識による回避行動を身体が選択する。最適化された移動と体捌きで危機から迅速に脱し、次なる追撃に備えて障害物に身を隠す――そこでエリスの本来の精神へと、身体の操縦権が戻って来た。感謝すべき、都合の良い反応なのだが、それでも気持ち悪いものは気持ち悪い。エリスは不快感をしっかりと覚えながらも、現状の把握の為に視線を四方に凝らした。

 そして見つける。

 直方体の建築物が続く街並み、その一つ。屋上に二つの影が見えた。影は月明かりを背に立っており、その顔まで見えない。だが、彼らがエリス達に奇襲を仕掛けた犯人で間違いないだろう。


「我が意思の下に理を編む。天を仰ぎ地に果てなき――」

「させないよ!」


 影の一人がまたも詠唱に入り、次なる攻撃に身構えようとしたエリスの視界が、影の後ろから見慣れた一人の男が飛び出るのを見た。手には重改造の短剣(カスタムダガー)――峰部分を肉抜きした湾曲する諸刃。彼以外にあの武器を持つ者は居らず、彼以外にあの武器は扱い得ない。

 フレドリックが、二つの影に刃を振るう。





「――っ」


 二つの影が小さく呻き、フレドリックから距離を取らんとする。だが、フレドリックと影が居るのは屋上。距離を開けようにも場所が限られている。そもそも、影の動きは速く無い。フレドリックにしてみれば、瞬きの間に詰める事の出来る距離だった。躊躇い無く、その一歩を踏み出し――、


「フレド、離れて!」


 下から聞こえた叫びに、逆に距離を離す。次の瞬間、影の懐が赤く光り、業火の槍が夜闇を照らし穿った。距離は幸いにも短く、大人の腕程の長さしか無い炎の槍だったが、しかしその存在は十分脅威だ。予備動作――都合二度、確かに聞いた詠唱無しに影は炎の槍を放って見せた。

 近接距離は炎の槍で、中遠距離は魔術で。全間合いを制圧するその戦いぶりは実に厄介だ。だが――フレドリックは小さく笑った。


「確かに君達の魔術は厄介だ。近・中・遠距離を制されるのは戦い辛い。でもね――君達の攻撃は僕に当たらない。だって、余りにも遅いから」


 そう言って、フレドリックは屋上の床を蹴る、蹴る、蹴る。

 反発を推進力に変換し、直線の動きを体重移動で曲線に変え、幾度となく踏まれる蹴り足(ステップ)が翻弄の限りを尽くす。

 月下、その影は荒れ狂う風に流される一枚の花弁の様に、華やかに、されど静かに舞い踊っていた。





「エリス、今の内に」


 耳元に聞こえたセシリアの小声に、エリスは見上げていた視線を元に戻す。戻した視界には、少し先に既に駆け出したミーナ達が居て、エリスとセシリアは遅れ取り残されていた。


「早く、行かなきゃ」

「……うん」


 フレドリックが相対する二つの影――彼らは魔術師であり、その魔術は明確にエリス達へ向けられて放たれた。その意味する所は奇襲による敵戦力の減殺、そして足止め。ここで立ち止まっていては相手の思う壺だ。

 だが、理性的な帰結とは別に仲間を心配する心もある訳で。エリスが返答に詰まったのはその為だ。しかし、これまた同時に思う。この場面の同情など、侮辱でしか無いのだろうと。

 だから、エリスは走る事を選択する。

 その答えを褒める様に、エリスの背で甲高い金属音が鳴った。




 フレドリックと別れ、数分。全力疾走の甲斐あって、エリス達はセルディールの入口に程近い、厩舎を目と鼻の先に捉えるまで来ていた。もっとも、エリス達の姿は路地裏の中にあり、目と鼻の先にまで捉えておきながら厩舎へと向かわない理由は、そのまま眼前の光景にある。


「あちゃー、やっぱり待ち伏せされてるか」


 イライアスが目の前の光景に一言漏らす。イライアスの言う通り、厩舎前には東部の騎士が都合九人、厩舎を守る様に立ち塞がっていた。予めこの事態を予期していたのか、展開がえらく早い。道中の足止めがあったとは言え、エリス達は全力でセルディールを駆けてここまで来たのだ。団長室に来た騎士達はエルヴェに足止めされている事を考えると、エルヴェやエリス達が大人しく従わなかった際の筋書きも考えていたのだろう。

 彼らの周到な準備の良さに、思わず舌打ちしたくなる。


「ヴァレニウス邸まで走っては無理?」

「――ええ、恐らく。徒歩ですと、ヴァレニウス邸に着く頃には日が昇っているかもしれません」


 事態は緊迫している。そんな暇は無い。

 ミーナとアウレニアの問答に、エリス達は無言の内に方針を固めた。即ち、騎士達の守護を打ち破り、馬車を手に入れ逃走する。

 馬車無くして不可能と言うなら、それしか無い。


「これより馬車を奪還、その後馬車を用いて脱出。ヴァレニウス邸を目指す。作戦は――」



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