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エリスが居る場所  作者: 改革開花
二章 心の置き処
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17 人間らしさの欠如


「なるほどねぇ……。確かにその五軒はちょっと怪しいか」


 宿にセシリアと一緒に戻ると、部屋にはミーナが既にいた。

 空は藍と紫に覆われ、地平線の彼方に紅が僅かに見える時合。程無くして他の面々も返って来るだろうが、とりあえず先に話を通す運びとなり、エリスとセシリアの報告を聞いたミーナの開口一番が上のそれだった。


「セシリア的にはどう? 魔術方面の知識ってなるとセシリア頼りになるけど」

「うん、エリスにも言ったけど怪しいと思う。それに幾つかそれっぽい候補(・・)は考えてるよ。でも、その候補は飽くまで、『魔術的に実行可能かどうか』で考えてるだけだから、現実的にそれが実行に値するかとかはミーナ達と話そうって思って」


 セシリアは膨大な魔術知識を保有する。

 エリスには底も天井も見えない彼女の知識は、それだけで賞賛に値する一級品の頭脳だ。ただ、その頭脳は良くも悪くも魔術方面への一点特化である。魔術は世界の摂理を解き明かす学問である。故に、彼女の知識は魔術一辺倒にも関わらず幅広く応用が利く。

 だが一方で良く発生する勘違いとして、彼女は決して成熟した大人という訳では無いという事実だ。寧ろ知識を除けば、ただの年頃の少女であるという現実がそこにはある。

 知識は大人顔負け、思考速度は並の学者の追随を許さず、魔術の腕は非凡に次ぐ非凡。ただ、それでもセシリアは少女であり、決して大人では無い。

 要するに、頭が良くても精神は未熟なのだ。

 

 セシリアは己の精神の未熟さを自覚している。それは自嘲では無く、周りに頼れる大人が居るのだという信頼から生じる自覚である。よって、セシリアは自分の領分を間違えない。

 セシリアという一人の少女が戦うべき世界は、彼女の『魔術』で手が届く世界だけなのだ。


「――」


 一方、自分の領分を確立出来ていない人間がこの部屋には一人居る。

 セシリアと同じく記憶喪失であり、ミーナと同じく武器を持つ人間でありながら、しかしどこにも自分だけの役割を見出せていない少年――エリスである。

 エリスがミーナとセシリアの会話に向けている視線は、羨望とも嫉妬とも少しばかり趣が異なる。敢えて言うならその目に宿るのは羞恥の心であった。

 自分の無力――それはとっくに自覚している。その上で、彼、彼女の領域に辿り着くのだと決意を固めたのだ。目の前の存在を聢と目に焼き付け、そこを目指すのだと心に刻み付けるのみ。だから、羨望や嫉妬は無い。

 故にあるのは羞恥。自身の今の無力を恥じ入る羞恥のみだ――そう、エリスは思い込んでいる。


 目標を見据えて、羨望が無い筈が無い。

 羞恥があって、嫉妬が無い筈が無い。

 それらは当然の感情で、決して罪深い物では無い。

 だが、エリスはその感情を徹底して自分の内から排除する。何故なら、エリスの目指す理想像たる騎士は、そんな醜い(・・)感情を持っていないからだ。

 

 エリスの目指す理想像――騎士としてあるべき姿。

 誰にも屈さず、どんな苦難にも折れない。

 弱き者を守り、儚い場所を守り、人の良心を守る。

 強き者を挫き、高い壁を乗り越え、悪しき心を砕く。

 確かに理想像だ――そんな理想だけで塗り固められた人間など、現実には存在しない事を除けば。エリスの掲げる理想は、既に人の域を逸脱している。

 ラルフの仲間を引っ張る先導力に焦がれ。

 ミーナの強く気高くある在り方に惹かれ。

 エディの揺れぬ心の強さを尊敬し。

 フレドリックの人と巧妙に関係を築く弁舌に驚愕し。

 イライアスの飄々と生きる余裕の表れに理解を示し。

 セシリアの誰とも異なる確固たる自分の確立に憧憬を抱いた。

 周囲の人間の輝かしい所だけを取り入れた為に、エリスの理想は既に破綻している。


 そしてエリス最大の過ちは、エリスはその理想から遥か遠い存在である事を、自覚していると言いながら失念している事だ。

 確かに自分の現在位置は把握している。自分は理想から遠いのだと、ただそれだけの事実として把握している。だが、どれ位(・・・)を理解していない。理解していたとしても、実感していない。エリスの理想への向き合い方は、歩き始めたばかりの赤ん坊と同じだ。

 目的地(ゴール)だけを見据えて歩く赤ん坊は、なるほど、歩いている最中においてまだ目的地に辿り着いていないと自覚しているだろう。だが、どれ程距離が離れているかを深く考えてはいないし、自分の足元など端から見ていない。

 だから――転ぶ、怪我をする。


 エリスの未来もまた、遠からずそのあるべき挫折をなぞる。

 それをエリスは愚かにも、全く分かっていないのだ。

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