13 牢中での決意
冷たい石の壁に背を預けながら、エリスは天井を見つめていた。地面には薄っぺらい布――布団として設けられているそれは地面からの温度を僅かばかりしか遮断せず、臀部は冷えていくばかりである。
「はぁ……」
何度目かの溜息を吐く。
冷たさ、不快感への嘆きでは無い。確かに固い石の床に臀部は鈍く痛み、感覚は下がり果てた体温と共に遥か遠くへ。身体に負担が掛かっているのは疑いようも無く事実だ。
だが、エリスが吐いた溜息の行く末は牢の外――エリスは預かり知らぬ事だが、彼の頭上で丁度エリスの事を導入に話合いをしている第三班にである。自分の軽挙な行動が自分だけでなく、皆に迷惑を掛けた事自体はとうに自覚済みだ。それについては猛省、自省の限り。ただ、その後が気になる。自分の所為で第三班が如何なる悪状況に追いやられたのか。被害の規模、程度が分からない。分からないからこそ、想像は際限無く悪い方向へひた走る。
「はぁぁぁ……」
先程よりも重く、長い溜息。
あの場面、あの時。エリス含む第三班の面々は、各々の胸に荒々しい憤怒の炎を携えていた。ミーナは刺々しい物言いで険呑な空気を作り出していたし、他の面々も穏やかさからはかけ離れた表情ではあった。何も完全に敵意や怒気を封殺していた訳では無い。
だが、あの中でかの騎士に刃を向けたのはエリスだけだった。それは誇らしい事――では無い。感情のままに動く稚児である事の動かぬ証明だ。
あの場でエリス以外が何故耐えられたのか。他者に幾ら乏しめられても毅然と輝く誇りであったり、仲間を思っての自制であったり、不利となる未来を予見しての忍耐――詰まる所「騎士」としての自覚だ。自覚があるからこそ、かの騎士の安っぽい挑発には乗らなかったし、逆に自覚が無かったエリスは挑発に乗ってしまった。
自覚の有無。
騎士として見た自他の差異。
あの出来事はエリスと第三班の面々の間に確かに存在する溝の存在を、ありありと示し現したのだ。エリスには自覚が足りず、一月を越えて尚騎士足り得ぬ存在である――それは等記号として、エリスに第三班に所属する資格が無い事を意味する。
王都防衛騎士団、第三班。
如何に周囲から「王国の雑用係」と揶揄されようとも、彼らは騎士に違いない。少なくとも、他ならぬ自分にそうであると誓っている。ならばこそ、そこに所属するのは騎士以外に他無く、騎士に成りきれない紛い物は混じるべきではないのが条理だ。
如何に彼らが優しかろうと、如何にそこが温かろうと。
騎士団に騎士で無い者はいらない。
「だから、だからこそ僕は――」
騎士にならなくてはならない。
敵を打ち破る力を。
何事にも屈さない頑強さを。
そして、揺るぎない自負の火を。
この胸に宿さなくてはならない。
後ろは見ない。覚えて、悔やんで、省みはする。でも未練たらしく振り返りはしない。
下も見ない。辛い現実に膝を折って、心無い言葉に魂を抉られようとも足元は見ない。
ここから先、エリスが見るべきは前と、そして自分の目指すべき遥か空だ。自分の先を行く騎士としての先達。その背中は遠く、そこまでの道のりは陳腐な想像力を以てしても分かる程に険しい。
それでも、エリスはその道を歩まなくてはならない。
騎士団に居たいなら、騎士になる。
居場所を守りたいなら、守れるだけの力を得る。
神に祈るでも、悪魔に頼るでも、ましてや無い物強請りなぞ以ての外。
欲しいなら自分で掴み取る。
エリス――その名を名乗りたいならそうあるべきだ。
かの騎士に刃を向けた時の激情、それ自体を間違いだとは今に至っても思わない。そして思うべきでもないだろう。だが、それ以外は悉く間違いだった。
力も、理性も、知識も、自覚も。何もかも足りなかった。
「強くなる――皆を逆に守れる位、強くなる」
小さく、小さく自分に言い聞かせるように決意する。
その言葉は、いつしかラルフがくれた言葉への随分と遅れた返事だった。