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エリスが居る場所  作者: 改革開花
二章 心の置き処
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10 山中の砦


「ここが……セルディール」


 目の前の存在、その頑強、強大さに圧倒され、エリスは息を呑んで立ち尽くした。

 

 セルディールは帝国に程近い山脈、その中に隠れる様に存在する国境近くの町である。面積は狭く、町の規模もそれに伴い大きく無い。ただ、それだけでこの町がただの辺鄙な場所にある町と断ずるのは早計だ。

 セルディール最大の特徴は、町の周囲をぐるりと取り囲む壁だろう。高さは高い所で六メートル程、低い所でも四メートル程ある。山々に囲まれたセルディールは、人と自然の合わさった一種の砦の様になっている。

 それもその筈で――、


「元々はハキーム戦争中に作られた、王国の基地って話だったし」


 道中、仮眠を終え、セルディールの外観が見え始めた頃にフレドリックから受けた知識を、エリスは思い出す。

 セルディールはハキーム戦争中に作られた、王国の前線基地だ。金属の加工技術に秀で、「銃」なる物を扱う帝国は、他国に比べて長距離での戦闘を得意としていた。帝国軍の行軍を止めようにも、かの軍は手の届かない所からこちらを蹂躙して来る。それに対抗する為に、木で視線と射線を遮り、王国の主要戦力の一つである騎士――彼らが得意とする近接戦闘に持ち込む為に、王国は山中に陣を構えたらしい。


「騎士というよりは山賊みたいな戦い方だけど。なりふり構ってられなかったって事なのかな。……そんなに恐れられた銃ってやつが、凄い気になるけど」

「金属で出来た筒みたいなやつに持ち手が付いてて、筒の先から小っさな金属の弾が出て来んだ。飛距離はそうだな……見える範囲全部って所か。威力はどこに当たっても身体に穴が空く位だな」


 エリスが外壁を眺めながらまだ見ぬ銃について思いを馳せていると、後ろから実体験であろう声が降りかかる。振り返ると独眼を細め、昔を思い出すエディの姿があった。


「それって、正直強過ぎないですか?」

「ああ、強い。強過ぎた。しかし、いや、だからこそ、王国はそこに勝機を見たがな」

「――?」


 エディの言葉にエリスが首を捻ると、エディは壁を指差した。その先は壁の中間辺りの高さを指しており、良く良く目を凝らすと小さな穴が空いているのが幾つか見られた。


「帝国兵は銃の強さに酔っていやがった。だから訓練も疎かにしていたし、作戦も大雑把な物ばかりだった。そこでセルディールでは二段構えの罠で帝国軍を倒したんだ」

「二段構えの罠?」

「第一の罠はこの環境(山中)を利用した、突発的に仕掛ける近接戦闘だ。帝国軍は銃の強みを生かせず、次々と面白い位に死んだ。で、逃げ帰らず、でも焦った帝国軍は盲目的に基地占領を敢行しようとした。そこで第二の罠の――」

「――魔術による一斉殲滅。帝国が金属加工技術に優れているみたいに、王国は魔術技術が優れているから。可視範囲に敵を収めて、魔術で一網打尽にした――らしいよ」


 振り返ったエリスの後ろ――つまりセルディール側からやって来たセシリアは、エリスの肩に顎を乗せて、囁く様に言った。耳に吐息が当たり、思わず身震いする。


「あれは覗き穴。魔術師が敵を見る為の穴なんだって」

「……そんな、一網打尽に出来るなら、最初からすれば良かったのに」


 さり気なくセシリアから距離を取り、跳ねる心臓を宥めつつエリスは言った。

 魔術の有用性――それは他ならぬセシリアを通して、酷く痛感している。一時はその技術に嫉妬すらしたエリスだからこそ、魔術をこうも限定的に用いた理由が分からない。

 そんな疑問に耽るエリスに、エディは顎に手を添え、考え込む様にして、


「エリスはどうも、魔術を万能の技術と捉え過ぎてる節があるな」

「どういう事ですか?」

「セシリアっていう一等例外の存在を見ているからこその勘違いだろうが……。魔術は基本的に酷く限定された技術だ」


 エリスの過ぎた判断をエディが窘める。しかし、どうにも言葉の意味を捉えきれていないエリスは専門家――セシリアに視線を投げ掛けると、返って来たのはエディの言葉への首肯だった。


「エディの言う通り。エリスは確かに魔術について勘違いしてるかも」

「勘違い?」

「魔術の発動には、幾つかの条件があるって事」


 セシリアはそう言うと、白く細い指をぴんと立てる。


「まず一つ。原則、魔術は術者の視界の範囲内でしか発動できない。これは魔術を発動するにあたって環境の分析が必須だから」

「環境の分析って、何?」

「分かりやすく言うと、どこに何があって、どこがどういう風かを見るって言う事。それを事細かにして、術者は術範囲の世界情報を収集するの」


 エリスが唇を真一文字に結んだ、無理解の表情を浮かべているのを余所に、セシリアの指がまたも伸びる。


「次に二つ。魔術で大きな効果を生み出すのは簡単じゃない。魔術は魔力を用いて世界に働きかける技術だけど、世界に大きな変化を与えるには凄い量の魔力がいるの。だから、魔力で小さな変化を与えて、その小さな変化が次の変化を起こして、次の変化を――って感じで、起こしたい結果に導くのが魔術な訳。だから原則、魔術で大きな変化を起こすのは、それなりに苦労するの」

「ふーん。魔術ってのも大変なんだね」


 理解を完全に諦め、どこか他人事の風を吹かせるエリスだったが、不意にセシリアの文言に違和感を覚えた。それはセシリアが挙げた二つの条件で、必ず付いて回っていた単語だ。


「気になったんだけど、『原則』ってのはどういう意味? さっきから執拗に原則原則って重ねてるけど」

「うん、さっき言った通り、魔術は『原則』この二つの条件に縛られている。本当はもっとたくさんあるけど、大きくは二つ。でも、原則を打ち破る例外もある――魔術の発動を支える、二つの条件は噛み砕いて言うとこう『自分の周囲が分かっていて、何を起こせばどうなるか分かっている状態』。セルディールはそれを満たす為の土地なの」


 改めてセルディールの外壁を見る。強固な外壁は敵の侵入を許さず、攻撃は通さない。その在り様は守りしか考えておらず、攻撃に打って出る為の機能は殆ど無く、あるのは覗き穴だけだ。

 それは何故か。

 見れさえすれば良かったからだ。


「帝国兵は敵が中に居るから攻撃して来るし、山に囲まれたこの場所じゃあ攻めて来る場所も限られる――そこを狙ったって訳ですね。事前に分析を終えて、入念に準備されたこの場所で」

「まぁ、実際はそうトントン拍子には上手く行かなかったらしいがな。敵兵が来るって事は、少なからず環境が変わりやがる。その事前情報とのズレを修正する時間を稼ぐ為にも、このセルディールは四方を壁で囲んでいるって事だな」


 エディから及第点を貰い、エリスは自分の推論が正しかったのだと確信する。

 セルディールは難攻不落の砦だ。攻める事を考えず、籠る事だけを考えているのだからそれは当然だ。そして、籠って稼いだ時間で常識の外の、奇跡の力で打ち倒す。

 帝国からすれば、天災にでも遭った気分だっただろう。





「入町許可出たよー」


 エリスが帝国の兵たちに同情とも憐情とも言い難い感慨を抱いていると、遠くからフレドリックがエリス達を呼ぶ声がした。彼の言葉に、エリスは自分が入町申請の待ち時間を潰す為に壁を眺めていたのだと思いだす。とすると、エリスの後を追う様にやって来たこの度のガイドは、エリスと同じく暇つぶしにやって来たのかも知れない。

 そんな益体も無い事を考えつつ、エリスはフレドリックの方へ小走りに駆けて行った。


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