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エリスが居る場所  作者: 改革開花
二章 心の置き処
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9 侮蔑の騎士団


「――セルディール。それが今回の目的地ね」


 臀部に振動を受け、鈍い痺れに悶える馬車の中。エリス達第三班の面々は中央に向き合って円を作り、話の先導を取るミーナへと視線を向けていた。

 ――シャーロットから「自己満足」を受け取った二日後、王都防衛騎士団に火急の依頼とやらが舞い込んだ。丁度、他の班は方々に出払っていて当分は帰って来そうに無く、必然として、第三班にその依頼は宛がわれた。急ぎで荷物を積み込み、朝の日が出るまで待つのも惜しんで、エリス達は王都を離れ目的地までの街道を移動しているのが現在である。

 ちなみに、今回はイライアスも荷台の方に居る。御者台には別に雇った馬車の操り手を置いており、道中の情報整理を優先した形だ。


「セルディール、ねぇ……。あそこは『東部』の管轄だった筈じゃなかったか」


 ミーナの言葉を復唱しながら、エディは腑に落ちないとばかりに零す。それにミーナは軽く頷いて、


「そうだけど、あそこは今団長が倒れたから」

「ああ、そっか。『姫神(きしん)ミカエラ』が病に倒れたから……」


 納得を滲ませてフレドリックが顎を引く。そうなって来ると、悲しいかな。記憶喪失によって生じている溝を毎夜必死に埋めんとしているエリスだが、未だ世情に疎い事に変わらない。今回も周辺の理解は余所に、一人無理解に取り残される。


「えーと、『東部』って言うのは『王国東部防衛騎士団』の事ですよね。それはまだ分かるんですけど、『姫神』って何なんですか?」

「――姫神ミカエラ。今から七年前に起きたハキーム戦争で、敗色濃厚な戦地に現れてはその場の兵や騎士を奮い立たせ、己は誰よりも敵を倒して勝利を掴み、あまつさえ敵の怪我人を治療したっていう――まぁ、凄まじく強い上に慈悲深い女性騎士って事で、一部界隈から熱狂的な崇拝を受けている女傑だね」


 置いてけぼりを嫌って理解と無理解の境界線を示すと、フレドリックが大雑把に教えてくれた。エリスはそれに感謝の意を示しつつ、その女傑の存在の偉大さを掴み切れずに居た。


「よく、周りから罰を受けませんでしたね。敵兵を治療するなんて、周りの反感を買いそうな物ですけど」


 窮地に現れ勝利をもたらし、戦いの後には敵兵を癒す。

 その行いは確かに人道的であるだろうし、平時であれば正しいだろう。だが、その当時はハキーム戦争とやらの渦中――つまり戦時中である。敵兵を治療したとは言葉の響きこそ良く聞こえる物の、それは自国への反逆とも取られかねない行いだ。

 そんなエリスの考えを断じたのは、ミカエラの女傑譚に眉を顰めていたエディであった。


「ミカエラは王国でもかなり上位に位置する貴族の生まれでな。女性ながらに騎士になったのもその家の関係らしい。で、エリスの質問の答えだが。ミカエラは何も敵兵を治して帰すとはしなかった。ミカエラは自分の領地内で敵兵を治療の名目で滞在させ、終戦後に国に返したのさ。……普通ならミカエラに対する、王国に対する反感を抱いて自分の国でその怒りをぶちまけそうな物だが、敵兵の誰もが皆ミカエラに感謝を述べたそうだ。中には今もミカエラの家――ヴァレニウス家の領地内に残っている奴らも居る位だからな。詰まる所、ミカエラの行いはヴァレニウス家内の事情で完結していたし、戦時中の王国を支えていたヴァレニウス家に反発されても困るしで、王国側は特に口出しせず、終戦後、敵味方問わず支持を集めたミカエラは、かくして女傑として語り継がれたって訳だ」

「……何か、あんまり好きじゃないみたいですね。ミカエラって人」

「まぁ、な。ハキーム戦争中に何度か顔を合わせたが、俺はどうもあいつが好かん」


 エディはそう言い切ると、視線を切って小さな溜息を吐いた。その溜息には何とも言い表せない感情が詰まっている様に見えて、エリスはそれ以上の言及を切り上げる。


 ――フレドリックとエディの語った姫神ミカエラの逸話。そこから察するに、『東部』の中でのミカエラの存在感たるや相当な物と推測出来る。ましてや、ミーナの言い振りからするとミカエラは騎士団長の地位なのだろうから、その彼女が倒れたとなれば混乱も大きい筈だ。

 ただ、拭い去れない違和が残る。

 出発前から感じていたその違和を、エリスは零す様な口ぶりで問いかけた。


「でも、何で『東部』は僕達に依頼してきたんでしょうか? 僕達を頼るなんて、嫌だと思っているでしょうに」


 王国内にある主要五騎士団は、お世辞にも連携が取れているとは言えない。各騎士団は自分達の使命に忠実であるし、王国の為に動いているのは共通なのだが、それは各騎士団が異様に高い自負と結び付いていた。つまり、自分達の騎士団が王国にもっとも貢献しており、他の騎士団は自分達程立派な働きをしていまいという、言ってしまえば無駄に高いプライドの反動で、他の騎士団を見下し合っているというのが王国の恥ずべき騎士団事情である。

 ただ、そんな自負と自尊心の塊の騎士団の中で、どこからも嫌われ蔑まれ、一等見下されている騎士団がある。エリスが所属する、王都防衛騎士団である。王都防衛騎士団は他の騎士団に比べ格段に歴史が浅く、今年でまだ設立から五年しか経っていない。更には「王国の雑用係」と揶揄される仕事ぶりに、他の騎士団は恥部か汚物でも見るかのような目を向けている。

 それは一カ月と余りの短い期間のエリスにすら感じられる程の、露骨な差別意識だ。もはや迫害と言っても良い。だからこそ、エリスは疑問だった。

 ――何故、侮蔑の目を向けていながら、格下の相手に依頼したのか。


「多分だけど、一番影響が無いからだね」

「影響が、無い?」


 顎に手を当てて考えた末に、ミーナは慎重に言葉を選ぶ様にして言った。


「うん、影響が無い。私達王都防衛騎士団は、あいつらからしたら零に近い存在な訳。つまり、頼んでも頼っても、それは雑用以上の意味を持たない。でも、他の騎士団に頼る分にはそうはいかない」

「それは、どうして?」

「他の騎士団を一番とは思っていなくても、その実績を認めていない訳じゃないからね。他の騎士団は、互いが互いに零とは思っていない――相手の価値を認めている。だからこそ、価値を認めている相手を頼るって事は、自分達の力量不足を露呈させる事に繋がる」

「要するに。僕達を雑用として扱っているからこそ出した依頼って訳だね。他は『騎士団』だからこそ、依頼を出せないのだろうさ」


 ミーナの言葉を継いで、イライアスが締め括る。その内容に、エリスは思わず拳を握り締めていた。そうでもしていないと、行き場の無い怒りがどこかへ行ってしまいそうだった。

 『東部』の主張、それは余りに傲慢でどこまでもエリス達を見下げた物言いだ。

 他の騎士団を頼る事は、自分達の力量不足を示す事になる。それは権力争い、勢力争いなどの観点などから許容出来なかった。だから「騎士団」でも無い、「騎士団」と認めていない王都防衛騎士団を呼び付け、雑用に興じさせる。自分達の評価は地に堕ちず、体の良い雑用を使ったに過ぎない。――そう、言い張るつもりらしい。

 無論、これは飽くまで推論だ。ミーナやエディ、フレドリックが勝手に積み上げた推論だ。ただ、それが恐らくは事実であると、エリスはこれまでの短い期間の経験から感じていた。日々、自分達を見下すあの目を見ていれば鮮明な実感を伴って痛感せざるを得ない。


「エリス……あんまりカッカッしちゃ駄目だよ……」


 不意にエリスを諌めたのは、眠そうな目を擦り、懸命に意識を睡魔に刈られまいとしているセシリアだ。発言が無いと思えば、普段は起きていない時間での覚醒に耐え兼ねてうとうとしていたらしい。

 エリスはセシリアのある種間抜けな姿に、毒気が抜かれたのを感じた。


「――まぁ、ブレポスの時もそうだったけど、予想はどこまで行っても予想。警戒は必須だし、予防は重要だけど、それで雁字搦めになるんじゃあ本末転倒だしね。『あり得るかも』位の気構えで良いでしょう。……セシリアも眠たそうだし、ここらで話は終わり。セルディールまでもう少しあるだろうから、各自仮眠を取っておきましょう」


 ミーナの発言に、途端馬車の空気が和らぐ。エリスは小さく息を吐いて、馬車の壁にもたれ掛かった。振動が直に伝わり、内臓が鈍く揺さぶられる感触に不快感が奔る。

 

「寝れば、関係無い」


 そう一人呟いて、エリスは不快感から逃げる様に目を瞑った。


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