8 不名誉な名前
「ほう。で、これがお前の――」
「はい。シャーロットさんに作って貰った、僕の武器です」
食堂の一角。飯時からは程遠い現時間その一角を取り囲む数人以外には誰も見当たらず、その数人にしても食堂を食事をする場所としては使っていなかった。何せ、彼らが囲む長机の上には、おぼんも食器も無く、代わりに一振りの刃が置かれていた。
柄は黄土色の木製。
刃は影を切り取ったみたいな色をした真っ直ぐに伸びた両刃で、柄よりも気持ち長い。
そして唯一にして最大の奇妙な点――柄と刃の接合部分に柄から出た脈状の物が絡みつき、まるで根か菌糸の様な物が刃を取り込み、蝕んでいる様な見た目になっていた。
「なんつーか、キモイな」
目の前の得物を見下ろして、ラルフがぼそりと本音を告げる。声を潜めたのは彼なりの配慮の表れだったが、そこで本心を最後まで隠さないのが彼の人となりだ。そんな彼の性格を踏まえつつ、そして彼の言葉に同意しつつ、エリスは大きく頷いた。
「まぁ、確かに。こりゃ、シャーロット嬢の作品の中でも、見た目に関しては一等変わりもんだろうなぁ」
「うん、僕の『舞踏会』とは比べ物にならない醜悪さだ……おっと」
エディがラルフの言葉に続いて私見を述べると、調子に乗ったイライアスが無神経な言葉を放り出して、周囲から無言で睨まれる。右に左に視線を通わせ、味方が居ない事を認めると、イライアスは肩を竦めて一歩下がった。
「イライアスの言葉はさておいて。で、エリス。シャーロットの事だから、きっとこいつにも……変な名前が付けられていたりするんじゃない?」
仕方なしと言った感じで、ミーナが会話の舵を取る。そんなミーナの問い掛けに、「やっぱり、これ以外にもあんな感じの名前を付けていたんだ」と、未だに疑っていたシャーロットからの嫌がらせの線が消えて、エリスは心の隅っこで安心の吐息を吐き出した。
「そうですね、変な名前は付けられました。――この武器、この子は『自己満足』との事です」
飽くまで他人事の風を醸し出し、自分は名付けに無関係である事を言外に主張する。もっとも、王国防衛騎士団の全武具をシャーロットは担当しているとの事だったから、それを考えればシャーロットの「名付け癖」も知られているだろうし、この保身的行動は無意味なのかも知れない。
そんな思考の外でふと気が付くと、「自己満足」を取り囲む面々の内、ラルフとイライアスを除く、ミーナ、エディ、フレドリックの三人がエリスへと同情的な視線を浴びせていた。その視線を言語化するなら、「エリス、お前もか」とでもなるのだろうか。
きっとあの三人も、心にぐさりと刺さる名前を付けられたに違いない。
「ま、まぁ、シャーロットさんは別に悪意があってあんな名前を付けてる訳じゃないらしいよ。何でも、『武器と相手を見て、びびっと来た感覚を名前にしてる』らしいから」
「それは、悪意がある悪行と、悪意が無い悪行ってだけの差なんじゃ……」
フレドリックが引きつった笑みでシャーロットのフォローを試みるも、当人も犠牲者だからだろうか、随分と歯切れの悪い弁護に、エリスも思わず突っ込んでしまう。そんな二人の言い分に反論の声が上がる。空気の読めないキザ男、イライアスである。
「ふふ、とは言うけどね。シャーロットの命名は実に優美で優雅で、優秀だ。僕のこの剣に、『舞踏会』と名付ける辺り、彼女の才覚が窺えるという物だろうに。いやしかし、僕の輝きあってこその彼女の才覚だったと考えると、それと同じレベルを求めるのは、ふむ。難しいと、言わざるを得ないだろうね」
犠牲者の会からの鋭い視線に臆せず、イライアスは歌い上げる様に朗々と語る。愛おしげに愛剣を撫で、その場でくるりと回り、止めに両手を天に広げる始末。勝手に一人で踊ってろとは、誰の心の声か。
――ちなみに、シャーロットがイライアスの愛剣に『舞踏会』と名付けたのは、舞踏会に出ている奴らは皆自己陶酔者という、シャーロットの偏見に基づく物である。この残酷で無慈悲な事実を、イライアスは勿論知らない。
憐れイライアスはさておき、ラルフがぱんっと手を打つ。自然、ラルフの方へ全員の視線が集まる。
「――ともあれ、だ。エリスに自分専用の武器が、特に問題無く出来たのは良い事だ。最悪、シャーロットが武器を作る時の『条件』を満たして無かった時の保険も考えてたが、杞憂で済んだしな」
「シャーロットさんが武器を作る時の条件?」
「あいつが武器を作るのは武器を欲しがってる奴が『何か大きな悩み事を抱えてる』時、あいつ風に言うと『駄目人間』だった時だけだ。あいつはあれでお人好しだからな、苦しんでる奴を見ると、助けてやりたくなるのさ」
お人好しにお人好しと言われるシャーロットの気持ちは察するが、しかしラルフの言葉に、エリスはシャーロットから感じていた奇妙な感覚の正体が分かった気がした。
何故、あれ程までに彼女の言葉に心が揺さぶられたのか。
当時も、そしてつい先程までも不思議に思っていたが、その疑問は解消された――つまり、彼女の言葉は一見異常性に満ちた言葉であったが、その実は相手を思いやっての言葉であり、故に彼女の言葉にはつい信用してしまうだけの温かみがあったのだ。
それはエリスの記憶が始まってから何度も触れ合った温度で、ラルフを筆頭とした面々が何度もくれた温度だった。随分と自分の周りには優しい人がたくさん居て、それらの人に守らているのだと、今更ながらにエリスは実感する。
守られてばかりで、何も恩を返せていないと痛感する。
だから――、
「ま、シャーロットの武器は一流だ。それだけは認める。これからはその武器を大いに振るって、俺があっと驚く位の大活躍を見してくれよ?」
「はい!」
ラルフの挑発的な笑みに、エリスは責任と気概を胸に、食堂一杯に響く声で応えた。
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「私だけ仲間外れなんだもんなー」
一方、王都防衛騎士団に所属していながら、唯一シャーロットが作った武具を使っていないセシリアは、エリスの『自己満足』のお披露目から、端的に言って蚊帳の外に居た。